中国のデジタル人民元、現代の「開元通宝」へ難路

中国のデジタル人民元、現代の「開元通宝」へ難路
コメンテーター 西村博之
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD150HX0V10C23A7000000/

『しまった、と思ったが遅かった。到着した北京首都国際空港は強烈な暑さで、喉はからから。だが飲料の自販機はスマホ決済で、売店も見あたらない。何とか天津市行きのバスに乗り「水を」と懇願するが「ない」という。

隣のターミナルで途中停車したバスを飛び出すと日系のコンビニがあった。お茶を買い、アメリカン・エキスプレスのクレジットカードを出すが決済が通らない。最後の望みを託したマスターカードが使えて難を逃れた…

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『最後の望みを託したマスターカードが使えて難を逃れた。

中国は民間のスマホ決済が浸透し、デジタル人民元の普及を妨げる
支付宝(アリペイ)や微信支付(ウィーチャットペイ)は中国の人々が普及を最も誇らしく思う技術のひとつというが、外国からの訪問者には難物だ。

外国人も口座を開けるが、詳細な個人情報やパスポートのデータを送ってから審査に数日かかる。天津で開かれた夏季ダボス会議の参加者も、口々に「手続きが煩雑」「登録が間に合わなかった」と不満を訴えていた。

中国政府も手を焼いている。昨年から試験的に発行しているデジタル人民元の普及を妨げているからだ。

だが政府も諦めたわけでない。例えば社会保障カードをデジタル人民元の電子財布として使う検討を始めた。公務員の給料を全額デジタル人民元で支払う試みも一部地域で始動した。

国が最大株主の中国銀行と中国電信(チャイナテレコム)も、デジタル人民元をオフラインで取引できるSIMカードの試験に着手した。携帯端末を近づければ決済ができる仕組みで、利便性を高めて民間に対抗する狙いだ。

経済圏構想「一帯一路」を視野に入れた動きもある。欧州やアジアの20カ国強をつなぐ鉄道の要、江蘇省徐州市では、貨物の保管・取扱代の決済にデジタル人民元を使えるようにする。周辺国への浸透を狙った一手だ。

だが中国はなぜこうもデジタル人民元にこだわるのか。貿易上の利点、通貨防衛や金融制裁の回避が理由に挙がるが、それだけでない当局の意識を人民銀行傘下の銭幣博物館で垣間見た。

中国・唐の時代に鋳造された代表的な通貨、開元通宝の展示物

中国文明の絶頂、唐の時代の交易ルートを描いた地図は、一帯一路のそれとうり二つ。「寛容で開放的な唐はアジアやアフリカ、欧州と活発に交流した」とあり、当時の通貨の開元通宝について「交易に伴いシルクロード周辺国に広まった」と記している。自国と人民元の理想像を重ねたのだろう。

米コーネル大のプラサド教授は天津の会議で、「人民元がドルの覇権を奪うことはないが、ユーロやポンド、円と2番手の通貨の地位を争う可能性はある」と述べた。一方、監視や強権の道具としての「プログラム可能なデジタル人民元の暗部」に警告を発した。

お上にあらがうと水も買えない。従順でない企業は排除される。寛容、開放的とは遠いそんな通貨では、確かに現代の開元通宝への道のりは険しい。

[日経ヴェリタス2023年7月23日号]』