インボイスが示す日本の弱点 岸田首相の胆力と解散戦略
風見鶏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA1734J0X10C23A7000000/
『「インボイスが10月1日から始まる。今秋の衆院解散・総選挙は難しいのではないか」。政府・与党内でこんな見方をあちこちで聞くようになった。
インボイスは消費税の納税手続きで新たに使う事業者間の請求書のことだ。小規模事業者が導入に反対しているうえ、実際に始まれば経理の煩雑さから混乱が相次ぐとの懸念がある。それが政治日程と絡む。
「インボイス制度を考えるフリーランスの会」が国会前で開いた反対集会(6月14日)=共同
岸田文雄首相が今秋の衆院選に打って出るなら、投開票日は衆参両院で補欠選挙がある10月22日が有力候補となる。自治体の準備の都合上、9月下旬には解散表明する必要がある。
その直後に導入されるインボイスで内閣支持率が下がっても引き返せない。秋の衆院選は避けてほしいとの訴えが出るゆえんだ。
自民党税制調査会が7月13日に開いた幹部会でもインボイスが議題になり、政府側が各業界への対応を説明した。導入を延期・中止する法改正の時間はもうない。税調幹部は会議後「導入に伴う影響は乗り越えるしかない」と語った。
インボイスを巡る永田町の懸念は主に2つある。1つは小規模事業者からの異議だ。これまで売上高1000万円以下の事業者は免税だった。10月以降は課税対象になるか免税対象のままかの選択を迫られる。
課税事業者になれば税負担が増える。免税事業者のままだと販売先の税負担が増える仕組みのため、契約解除や報酬引き下げを求められるとの不安が大きい。「どちらを選んでも地獄」と訴える反対運動は声優も参加して拡大している。
もう1つは10%と8%の税率別に請求書を仕分けする事務手続きだ。経済産業省は「経理を電子化していない中小企業から悲鳴が上がる」と警戒する。
インボイスはそんなに非合理的な仕組みなのだろうか。主目的は正確な納税額を把握することで、税率が10%と8%の2種類になった日本は必要性が高まった。経済協力開発機構(OECD)で導入していないのは日本と米国だけだ。
むしろ「益税」と呼ばれる問題を解決する面がある。免税事業者はこれまで消費税を上乗せした代金を受け取った場合でも納税していなかった。消費税分が事実上の利益になっていた。
当初3%だった税率は10%に上がり、免税事業者らの懐に入る益税は年間数千億円とされる。税率が上がる可能性を考えれば、税の公平性を保つためにそろそろただす必要がある。
もちろん負担が増える事業者への配慮は要る。それは経理事務の支援や不当な契約解消を防ぐ監視などで対処すべきだろう。これ以上先送りするとインボイスを導入するハードルは高くなる一方だ。
今秋はインボイス以外にも不満が出やすい政策課題が多い。電気代やガソリン代の補助は9月末に期限を迎える。秋の衆院解散がありえると構える与党内には延長論が浮上してきた。相次ぐトラブルを総点検するマイナンバー制度には行政のデジタル化を遅らせるべきだとの意見も出ている。
安倍晋三政権で前の衆院選から2年たたない「小刻み解散」が政治家の脳裏に刻まれた。3年に一度の参院選や4年ごとの統一地方選も含めると政権は恒常的に選挙への影響を考えざるを得ず、胆力が問われる。必要であっても賛否が割れる政策は遅れがちになる。
1988年の消費税法成立に携わった自民党の野田毅元税調会長によると当時からインボイス導入案はあった。先送りした一因は翌年の参院選だった。
ようやく導入にこぎつける今回もインボイスが不要となる時限特例などが盛り込まれて公平性を是正する効果は薄くなった。インボイスを巡る騒ぎが映すのは日本政治の構造的な弱点ともいえる。(永井央紀) 』