映画で知るインド 「お受験」熾烈、英語力で決まる人生
映画でみる 大国インドの素顔(3)インド映画研究家・高倉嘉男
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD14AZE0U3A610C2000000/

『2023年に中国を抜いて人口世界一に躍り出たとされるインドは、単に人口が多いだけでなく、若年層が総人口の半分を占める若い国でもあり、受験戦争も熾烈(しれつ)だ。
さらに、インドには言語が教養人と無学者を分断してきた歴史がある。庶民の言語とは異なる高等言語が政治や文学の場で使われ、その言語にアクセスできない者は無学者扱いされた。古代の教養語はサンスクリット語だったが、中世、イスラーム教の浸透に伴っ…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
『古代の教養語はサンスクリット語だったが、中世、イスラーム教の浸透に伴ってペルシア語がそれに取って代わり、英国植民地になった後の近現代では英語が教養語に躍り出た。
現在、インド人英語話者の数は総人口の1割ほどとされている。この1割がほぼそのまま上位中産階級から上流階級までの社会的上層を形成し、富と権力を手中に収めている。インドの身分制度というとカースト制度が有名だが、カースト制度以上に古代からインド社会を分断してきたのは言語だ。
近現代の都会を舞台にしたインド映画を観(み)ると、台詞(せりふ)には現地語に加えて英語がかなり使われていることに気付く。単に現地語文の中に英語の単語やフレーズを交ぜるだけでなく、現地語文と英文を往(い)き来しながら会話をする。日本人の耳には奇妙に聞こえるのだが、これが教養あるインド人の一般的な話し方であり、インド映画はかなり写実的にそれを再現している。英語を適宜交ぜながら会話をすることで、彼らは自身の教養を証明し、エリート層としての仲間意識を確認し合うのだ。
それだけではない。多言語国家インドには無数の現地語があるため、英語には共通語の役割もある。IT企業など、高収入が期待される多国籍企業が就職先として人気だが、その絶対条件も英語力だ。つまり、インドにおいて英語ができない人は、教養層から排除され、社会的・経済的な地位の向上も難しく、異なる地域から来た人とのコミュニケーションにも困ることになる。
何より英語のできない人は尊敬されない。映画「マダム・イン・ニューヨーク」(12年)の主人公は英語が苦手な主婦で、仕事で英語を使いこなす夫はもとより、学校で英語を習ってきた子供たちからも英語の不出来を理由にばかにされる存在だった。
苦手な英語を学び始める主婦を主人公にした「マダム・イン・ニューヨーク」(C)Capital Pictures/amanaimages
このような国の教育において英語の習得が最優先されるのは当然だ。インドの学校はミディアム(教授言語)の観点からふたつに大別される。英語ミディアム校と現地語ミディアム校である。英語ミディアム校では英語で、現地語ミディアム校では現地語で授業が行われる。現地語ミディアム校にも英語の授業はあるが、ネイティブ並みの英語力が身に付くのは英語ミディアム校の方だ。そして、インド人の親たちは上から下まで、子供を英語ミディアム校に入学させようと必死になる。
映画「ヒンディー・ミディアム」(17年)の主題は英語ミディアム校のお受験だ。ヒンディー語圏にあるデリーが舞台で、現地語はヒンディー語になる。主人公の夫婦はどちらも公立ヒンディー語ミディアム校出身者だったが、経済的に成功しており、見栄(みえ)もあって、5歳の子供を私立の名門英語ミディアム校に入学させようとする。だが、入試の面接では親の英語力が問われ落とされる。藁(わら)をも摑(つか)む思いで相談したお受験コンサルタントからは「お受験は胎児の頃から始まっている」と一蹴される。
「ヒンディー・ミディアム」ではインドの熾烈な受験戦争が赤裸々に、かつ面白おかしく描写されているが、その一方で、インドの教育制度が貧困層の救済にも腐心している様子が見て取れる。インドでは10年に教育を受ける権利(RTE)法が施行され、6歳から14歳までの子供の義務教育が無償化された。この法律は、全ての私立学校の定員に貧困世帯の子供用に25%の枠を設けることも義務づけた。
「ヒンディー・ミディアム」の夫婦が最後の手段として実行した作戦が、この枠の不正利用だった。高級住宅街から低所得者居住区に引っ越し、貧乏人のふりをして試験官の目を欺こうとしたのである。似たような不正は現実世界でも横行しているといわれる。英語の出来不出来が人生を左右するインドでは、親は不正をしてまで子供を英語ミディアム校にねじ込もうとする。
日本は、憲法で国語が規定されていないほど、言語について無頓着な国だ。それだけ日本語が当然のように使われ、語学力を問わず尊厳をもって生活することができる。日本でも英語の大切さが叫ばれるようになって久しいが、インドの受験熱、英語熱と比べると、まだまだ牧歌的だ。
【連載「映画でみる 大国インドの素顔」】
(1)歴史と神話が渾然一体 ヒンドゥー教至上主義で摩擦も
(2)根強い男尊女卑にくさび 女性抑圧を日常から改革 』