パソコン生んだ名門研究所、ゼロックス「寄贈」の理由
シリコンバレー支局 奥平和行
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN313S90R30C23A5000000/
※ 「アルト」とか、「GUI」とか、もはや死語になってしまっているな…。
※ 知ってる人も、少なくなったろう…。
※ オレなんかも、歴史の流れに埋もれかけて、「生き証人」になりつつあるな…。
※ と言っても、末端の一ユーザーとして、MS-DOS3.3c~6使ったり、NECのPC-98使ったり、Windows95、98、98SE、2000使ったり、漢字talk7、8使ったり、MAC-OS9使ったりしただけの話しなんだが…。
※ ああ、PMプリンタ(OKIのMICROLINE)とか、SCSIとかも使ったな…。
※ Windows98以降は、もっぱら「自作機(パーツ購入して、組み立て)」だ…。
※ 最初は、Celeron333だったな…。
※ OCしまくって、遊んでた…。
※ せいぜい、「生ける屍(しかばね)」にならないように、頑張ろう…。
『米シリコンバレーのコンピューター歴史博物館が「伝説のアルトと最先端の研究」と題した講演会を催したのは4月26日のことだ。パーソナルコンピューターの生みの親として知られるアラン・ケイ氏らが登壇し、かつて所属したパロアルト研究所の思い出話に花を咲かせた。
パロアルト研は1970年に米ゼロックスがシリコンバレーで設立し、世界初のパソコンと呼ばれたアルトを73年に開発した。米アップルのスティーブ・ジョブ…
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『米アップルのスティーブ・ジョブズ氏がアルトを目にしてマッキントッシュの開発に生かしたという挿話はあまりにも有名だ。
パソコンなどを接続するためのイーサネット、情報機器の直感的な操作を可能にしたグラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI)、自然言語処理……。パロアルト研はIT(情報技術)史を彩る技術を相次いで生み出したが、ゼロックスが有効活用した形跡は乏しい。
講演会の2日前、ゼロックスはパロアルト研を米スタンフォード大学を母体とする研究機関に「寄贈」すると発表している。同社のスティーブ・バンドローザック最高経営責任者(CEO)は「研究開発費を抑え、当社は印刷など(の主力事業)にイノベーションの努力を集中させることができる」と説明した。
なぜ、ゼロックスはパロアルト研のきら星のような研究成果をものにできなかったのか。「複写機の利益率があまりにも高く、新規事業に本腰を入れることができなかった」。こう指摘するのは長年にわたりゼロックスと提携関係にあった富士フイルムの元幹部だ。
ゼロックスの元最高技術責任者(CTO)で、CEOや会長として2010年代にパロアルト研のかじ取りを担ったスティーブ・フーバー氏にも聞いてみた。ゼロックスはパロアルト研が開発したレーザープリンターなどを商用化し、成果が乏しかったとの見方は否定するが、「基礎研究から多くの価値を生み出すことが課題だった」と認める。
課題解決の妨げになっているとみたのが本拠地である東部ニューヨーク州とシリコンバレーの間の距離だ。両拠点は約5000キロメートル離れている。パロアルト研が日常業務に左右されずに中長期の課題に取り組みやすい環境をつくり出す一方、事業化に不可欠な量産や顧客対応などを担う本社部門との結びつきは弱かったという。
ジョブズ氏がアルトに着想を得てマッキントッシュを開発したエピソードには先がある。ゼロックスはアルトを企業向けの製品として実用化することを考えたが、ジョブズ氏は個人に照準を当てた。使い勝手を改善し、価格も抑えた。消費者の視点を持ち込み成功をたぐり寄せたわけだ。
フーバー氏は現在、3次元(3D)プリンターを開発するスタートアップ企業のCEOとして「異なるバックグラウンドの社員が一体となって働く企業文化」の醸成に心を砕く。研究部門に「外部の目」を入れることの重要さが肌身にしみているからだ。イノベーションにより成長力を取り戻すことが急務になっている日本企業にも当てはまる教訓といえる。
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