[FT]概念先行の「デリスキング」

[FT]概念先行の「デリスキング」
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『今年の流行語大賞はもう決定した。地政学的部門の大賞は「デリスキング(リスク低減)」だ。

これまでごく一部でのみ使われていたデリスキングという言葉は、わずか2カ月弱で至るところで聞かれるようになった。フォンデアライエン欧州委員長が3月30日にブリュッセルで中国について講演した際のキーワードだった。

その後、米バイデン政権も「デリスキング」という言葉を熱心に使うようになり、5月21日に広島で閉幕した…

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『その後、米バイデン政権も「デリスキング」という言葉を熱心に使うようになり、5月21日に広島で閉幕した主要7カ国首脳会議(G7サミット)で採択した首脳宣言でもキーワードとして登場した。

「デカップリング(分断)」は極端な表現

西側の首脳らがかくも短期間でこの言葉を使うようになった理由の一つは、聞く人に不必要に過激な印象を与えずにすむという背景がある。中国との関係で西側は「デカップリング(分断)」を進める必要があるというこの表現は、どう考えても不可能かつ極端な考え方だとして厳しく非難されるケースが多かった。

それに比べデリスキングは、もう少し慎重で、非常に的を絞った印象を与える。西側の企業には、安全を期すために一定のルールさえ守れば従来通り中国と貿易を続けてよいというメッセージとして伝わっている。

中国との関係で米国と欧州連合(EU)が懸念しているリスクは大きく2種類ある。第一は西側が中国から受け取るものについて、第二は中国が西側から受け取るものについてだ。
第二の「中国が米国から受け取るもの」で最も懸念されているのが、軍事転用が可能な米国の先端技術だ。日本も先端半導体の製造装置など23品目の輸出には友好国・地域向け以外では個別許可が必要になると発表した。これらもまさに第二のカテゴリーに該当するものとなる。

G7各国は、中国が自分たちの重要な技術にアクセスするのを制限すると同時に、中国に危険なまでに依存する事態からの脱却も図っている。電池の開発や環境負荷削減に向けた取り組みに不可欠なレアアース(希土類)や重要鉱物などは、その最たる例だ。フォンデアライエン氏が冒頭の講演で指摘したように、EUは電池生産の要であるリチウムの97%を中国からの輸入に頼っている。

西側諸国が依存度を減らそうとしているもう一つが、台湾から90%以上を輸入している先端半導体だ。米国で2022年に成立した半導体補助金法は、米国での半導体生産を復活させるべく約520億ドル(約7兆3000億円)の補助金を投じる計画だ。

デリスキングで浮上している3つの難題

デリスキングという考え方の骨格はかなり明白になってきたが、いざこれをどう実行するかとなると、まだはっきりしない部分が極めて多い。

すでに3つの難題が浮上している。

第一は企業と国の関心が相対立する点だ。

第二は中国への依存を軽減する難しさと、これに伴うコスト。

第三はリスクの本質が依然として判然としないことだ。我々が危険視しているのは、中国が他国を自国の思い通りに強引に動かそうとすることなのか、それとも戦争に至るリスクなのかという点だ。

普通なら西側各国政府の重要目標は、自国企業の輸出拡大支援だ。だがデリスキングを追求するとなると必ずしもそうはいかない。

米半導体大手エヌビディアのジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)は先週、米企業が中国への先端半導体の輸出を禁じられれば「非常に大きな打撃」を被ると訴えた。だが米政府は、同社の半導体は人工知能(AI)の開発に不可欠なだけに、輸出規制を見直す姿勢は全くみせていない。

米政府は中国が先端AI技術をあらゆる形で不正利用しかねないと危惧している。生物兵器の開発(中国は強い関心を持っているとされる)や、「ディープフェイク」と呼ばれるAIで生成や編集、制作可能になった画像や動画、音声などのコンテンツを使い政治的操作を図るなどの利用を懸念している。

EUと米国が対中投資規制をさらに強化すれば、エヌビディアと似た制約に直面する企業は増えていくだろう。

だが輸出や基幹技術の規制は、中国側も展開しようと思えば間違いなく展開できるだけに、西側各国は重要分野での中国への依存を早急に減らそうとしている。

中国の強引ぶりへの備えと戦争リスクへの備えは全く違う

これを簡単に実現できるかどうかについては見方が異なる。オランダのスフレイネマーヘル貿易・開発協力相は今週、中国は太陽光発電パネルに加え、電池、およびこれらの製造に必要な重要鉱物の世界最大の生産国であるだけに、中国との貿易なしにEUは環境対応型経済への転換を果たせないと警告した。

ある西側の情報機関当局者は「重要鉱物やレアアースで中国に頼れる体制を築くのに30年を要したのだから、その解体にも同様の時間が必要だろう」と指摘する。

これに対しバイデン政権で技術・国家安全保障を担当し、現在は米シンクタンクのランド研究所を率いるジェイソン・マシーニー氏は楽観的だ。「レアアースはさほど珍しいものではない」とし、むしろ中国の強みはその加工技術であり、加工は環境にも、その仕事に従事する労働者の健康にも負荷がかかるという意味で極めて汚い仕事だと指摘する。もっとも、オーストラリアなど比較的人口密度が低い一部の国は、この仕事を引き受ける用意があるようだ。

西側のデリスキングへの進め方は今、3つの柱に集約されつつある。

中国への依存度の軽減、

技術輸出の制限を図る、

そして西側企業の中国市場との取引を促進するという3つだ。

中国の海外諸国・地域に対する強引な動きへのリスクに備えるというのであれば、それは一つの一貫した政策と言える。だが備えるべきリスクが台湾などを巡る米中間の戦争となると、この対中政策は一気に崩れ始める。

恐ろしいことに、米政府高官の中には米中間で軍事衝突が起きる確率を今や50%以上とみる向きもある。

実際に戦争となれば、西側企業は中国からの即時撤退を余儀なくされるだろう。製品の大半を中国南部で生産している米アップルや利益の半分以上を中国で稼ぐ独フォルクスワーゲンのような企業にとって、これは死を意味するかもしれない。

一方、西側のある国家安全保障担当はこう言う。「もし中国との戦争が起きたら、世界自動車市場への影響など気にする余裕もない小さな問題でしかなくなる」

By Gideon Rachman

(2023年5月29日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

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