中国船「海上民兵」の洗礼を浴びたインド 印中軍事対立は日本にとって対岸の火事ではない

中国船「海上民兵」の洗礼を浴びたインド 印中軍事対立は日本にとって対岸の火事ではない
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 ※ 今日は、こんな所で…。

『FIPICの首脳会談が数年ぶりに開催された理由

「私が前回このステージで見たのはブルース・スプリングスティーン(米ミュージシャン)だったが、モディ首相ほどの歓迎を受けていなかった」

【写真で見る】日本では高評価…中国史上もっとも悪名高い「裏切り者」とは

 5月23日、オーストラリアのシドニーにあるスタジアムで、2万人以上のインド系住民が、9年ぶりに同国を訪問したインド首相のモディ氏に熱狂的な歓声を上げた。その光景を目にした同国のアルバニージー首相は、モディ氏をこのように讃えた。

 モディ氏がオーストラリアを訪問した狙いは、台頭する中国への警戒感を背景に、安全保障と経済の両面で同国との連携を強化することだ。

 モディ氏は5月22日、オーストラリア訪問に先立ち、パプアニューギニアで開催された「インドと太平洋諸島フォーラム(FIPIC)」の3回目の首脳会談にも出席した。14の島嶼国との協力枠組みであるFIPICは、モディ氏が2014年11月、インド系の住民が約4割を占めるフィジーを訪問した際に設立されたものだが、2015年にインドで2回目の会合が開かれて以降、空白期間が続いていた。

 インドが改めてFIPICに注目した理由として、太平洋での海洋進出を進める中国を念頭に、島嶼国への関与を強める狙いが指摘されている。

 太平洋地域ではこのところ、米国と中国が自国の影響力強化にしのぎを削っている。

 バイデン米大統領もパプアニューギニアとオーストラリアを訪問する予定だったが、内政問題を理由に中止を余儀なくされたため、モディ氏の動向に注目が集まった形だ。

インド周囲で圧倒的な存在感を放つ中国海軍

 5月19日から21日にかけて開かれたG7(主要国首脳会議)広島サミットでも話題の中心にいたモディ氏だが、悩みの種は中国との間で高まる軍事的な対立だ。

 インド海軍はASEAN諸国とともに5月7日から2日間、海上演習を実施したが、ベトナムの排他的経済水域(EEZ)で活動していた際に、海上民兵を乗せた中国船が急接近する事案が発生した(5月9日付ロイター)。

 中国政府は海上民兵の存在を否定しているが、「漁船に乗った中国の退役軍人らが当局と連携しながら南シナ海で政治的な活動をしている」というのが一般的な見解だ。

 台湾やフィリピン、ベトナムなどは既に海上民兵の脅威にさらされているが、インドも今回、その洗礼を浴びたのだ。

「アクト・イースト(東方重視)」政策を掲げ、太平洋への関与を強めるインドにも「中国の影」が見え隠れするようになったわけだが、最大の懸案は自国を取り囲むインド洋で中国海軍の存在感が圧倒的になっていることだ(5月17日付ニューズ・ウィーク)。

 2009年以来、中国海軍がインド洋で活動している。そのきっかけは海賊対策だった。当時、インド洋北西部に位置するジブチやソマリアの沖合で身代金目的の海賊行為などが横行していたため、国際社会はその対策に乗り出した。この取り組みに参加した中国は2017年、海軍の補給支援を行う目的でジブチに人民解放軍初の海外基地を2017年に建設した。
 中国はその後も基地の整備・拡大を続けたことから、ジブチでは現在、全長300メートルにわたる係留ドックが整備され、空母や潜水艦、揚陸艦などが入港可能になっている。
 中国は近年、「真珠の首飾り」と呼ばれるインド洋での港湾拠点の確保に動き、インド包囲網を形成してきた。このため、米海軍や日本の海上自衛隊が目を光らせている西太平洋とは異なり、インド洋は中国海軍にとって安心して活動できる海域となっている。

 中国の潜水艦や調査船の行動が、インド沿岸近くで日増しに活発になっていることから、「自国の安全保障が脅かされている」との危機感を募らせるインド政府は対抗措置を講じざるを得なくなっている。』

『インドと中国の対立が海でも発生すると日本にも影響

 ミャンマー西部ラカイン州のシットウェーで5月9日、インド政府が支援する港湾が開港した。ラカイン州で拠点を整備している中国の動きを牽制する目的だが、中国はインドの対抗手段を無力化する企みを準備しているようだ。

 最新の動きとして注目されているのは、中国がインド洋に浮かぶミャンマー領ココ諸島で監視基地の建設を進めていることだ(5月6日付日本経済新聞)。インド軍関係者は「東部での軍事活動が中国側に筒抜けになる」と警戒しており、監視基地の建設によってインドがさらに劣勢に立たされる展開が懸念されている。

 ココ島諸島はインドが複数の軍事施設を展開するアンダマン・ニコバル諸島のすぐ北に位置する。アンダマン・ニコバル諸島は、東アジアと中東、欧州を結ぶシーレーンのチョークポイント(戦略的に重要な海上水路)の1つであり、ここを押さえることはインドの対中国戦略にとって最重要課題となっている。

 だが、中国がココ諸島に戦略的な足場を築けば、インドの戦略は大幅な見直しを余儀なくされる。インドと中国との間で軍拡がエスカレーションするような事態になれば、日本にとっても「生命線」といえるインド洋のシーレーンの安全確保が危うくなってしまう。
 さらにインドと中国は、ヒマラヤ山中の未画定の国境を巡って長年対立している。

 インドのシン国防相は4月27日、中国の李国防相に「協定に違反した中国軍の行為が二国間関係の基盤全体を侵食している」と非難した。対して、中国の秦外相は5月6日、パキスタンのブット外相との結束をアピールしてインドに圧力をかけ、解決に向けての出口が見えない状況が続いている。

 陸での軍事的対立は「対岸の火事」かもしれないが、その対立が海へと飛び火する可能性が排除できなくなっている。日本にとっても一大事になってしまうのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部 』