アジアの覇権めざす 中国人民元の挑戦(1)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO82528370Z20C15A1I10000/
『2015年2月3日 7:00
台頭する中国はアジアの覇権をめざしている。「海洋強国」の建設は、東シナ海や南シナ海であつれきを招いている。その中国の海洋戦略は通貨戦略と連動する。リーマン・ショックによる世界経済危機を受けて、中国は人民元の国際化やBRICS開発銀行、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立など矢継ぎ早の戦略を打ち出している。野心的ともいえる人民元の挑戦は、米ドルを基軸とする第2次大戦後の国際通貨体制に揺さぶりをかけるものである。
海洋進出と連動
米国の国際政治学者、ジョン・ミアシャイマー・シカゴ大教授はリアリストといわれるだけに、中国をめぐる国際情勢の冷厳な現実を見据えている。「冷戦終結から25年、米国一極の時代と思われたが、中国が米国を凌駕(りょうが)するのではないかという位置に到達している。パワーバランスは時間が経てば経つほど中国有利になっていく。中国はその経済力を軍事力増強に回すだろう」と語る。そのうえで「米国が西半球で覇権を確立しているように、中国は東アジアで覇権国になろうとするだろう」と指摘する。
たしかに、日本を抜いて世界第2の経済大国になった中国の軍事力増強は急ピッチだ。その規模は2014年度で8082億元で、米国に次ぐ2位。米国の4分の1だが、日本の2.27倍だ。この10年間で4倍という急拡大である。中国の国防費は、外国からの兵器調達などが含まれないため、実際の規模はその1.3~2倍になると米国防総省は分析している。
中国は空母の建設に乗り出すなど海洋強国をめざす動きが顕著だが、それだけではない。バラク・オバマ米大統領が打ち上げた「核兵器なき世界」のもとで核保有国は核軍縮に取り組んだが、中国だけは核兵器も増強している。
東シナ海では尖閣諸島をめぐる日中のあつれきは解消できず、南シナ海ではベトナム、フィリピンなど東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国との緊張も深まっている。この海洋進出がアジアで覇権をめざす一環だとすれば、緊張をほぐすのは容易ではない。
米国のシンクタンク、カーネギー平和財団による「2030年の中国の軍事力と日米同盟」に関する報告では、中国は日本の国防力や日米同盟による抑止力を圧倒する軍拡を背景に、日本との紛争を軍事力の行使なしに、有利に決着することになると分析している。
リーマン・ショックが転機
中国はなぜ「覇権主義」に走り出したのか。1978年、政権についた鄧小平は改革開放路線を打ち出し、現代中国の基礎を築いた。当時、鄧小平が唱えたのは「韜光養晦(とうこうようかい)」(才能を隠して内に力を蓄えよ)である。同時に、覇権は追求しない方針を打ち出した。まだ発展段階の始まりにすぎなかった中国にすれば、当然の路線選択だった。
この基本路線を転換させたのは、2008年9月のリーマン・ショックである。震源地、米国をはじめ世界経済が危機に陥り、米国の指導力がしだいに低下するという読みが中国内で強まったからだ。すかさず11月に、胡錦濤政権は4兆元の大規模な景気対策を打ち出す。胡錦濤国家主席は「中国の内需拡大は世界経済への最大の貢献になる」と胸を張った。リーマン・ショック後の大転換時代に、中国が主導的役割を担う姿勢を鮮明にしたのである。
2009年9月の四中全会のコミュニケでは、世界経済の枠組みが変化し世界のパワーバランスが変わるという認識から、国際経済システムの再建に参画する絶好のタイミングととらえていることを示した。
中華思想の復活
大国として中国は、国際社会でどう振る舞うか。胡錦濤が提示したのは4つの力である。第1に政治面でいっそう影響力をもち、第2に経済面でいっそう競争力をもち、第3にイメージ面でいっそう親和力をもち、第4に道義面でいっそう感化力をもつ。ハードパワーとソフトパワーを兼ね備えた国際戦略といえる。
胡錦濤の後を受けた習近平国家主席の主張はもっと直截である。「中華民族の復興」という言葉が繰り返される。
19世紀初頭まで中国は世界最大の経済大国だった。アンガス・マディソン・グローニンゲン大教授の推計によれば、1820年の中国の国内総生産(GDP)は、西欧全体の1.4倍、米国の9倍の規模だった。それが産業革命で流れは変わる。1870年には、中国は首位に立つ西欧の半分の規模に転落する。長い低迷の時代が続くことになる。
「中華民族の復興」とは、国際社会で中国を19世紀初頭以前の地位に戻そうという戦略といえる。それは単なる「中国の台頭」ではない。「16世紀以来の歴史的な再台頭」(ジョセフ・ナイ・ハーバード大教授)なのである。
攻めの金融戦略
リーマン・ショック前、中国の金融戦略は守りの域を出なかった。人民元改革は米国議会の不満や米連邦準備理事会(FRB)の批判に対応した受け身の改革だった。中国当局は人民元切り上げで競争力が落ちるのを恐れた。2005年、人民元は固定制から管理フロートになり、米ドルから通貨バスケットにペッグすることになった。漸進改革の域を出ていない。
しかし、リーマン・ショックで米ドルの信認が揺らいだとみて、攻めの戦略に転じる。人民元を国際的な貿易や投資の決済通貨として普及させる方針を打ち出した。中国企業の為替リスクを避けるとともに、決済通貨としての米ドル依存を抑えるのが狙いだ。
もちろん、人民元は米ドルやユーロ、円、ポンドに比べて不自由な通貨である。しかし、その不自由さを逆手に取って、人民元通貨外交を展開する。中国は本土以外で非居住者が資金をやりとりするオフショア市場での人民元取引を制限している。だから、海外から人民元を中国に送る場合、中国人民銀行が認めた決済銀行を通す必要がある。
この決済銀行は従来、香港、マカオ、台湾、シンガポールという「中華圏」に限られていた。それをこの1年に一挙に韓国、マレーシア、タイ、オーストラリア、カナダというアジア太平洋地域に、さらに独仏英、ルクセンブルクという欧州に、そして中東のカタールに拡大した。
習近平国家主席
習近平政権は人民元の国際化を重要政策に位置付けている。人民元決済は貿易、投資の拡大で需要が高まる。その「特権」を付与することによって、中国の影響力を行使する。まさに「中華思想」の復活である。
それは米ドルにばかり依存しない国際通貨体制を中国主導で構築しようという戦略の第一歩ともいえる。
3大通貨への30年戦略
中国はさらに人民元の国際通貨としての役割を高める長期戦略を構築しようとしている。それは人民元をドル、ユーロとともに世界の3大通貨とするための30年戦略である。
中国人民大学の国際通貨研究所がまとめた「人民元―国際化への挑戦」はこう指摘する。「ドルを中心に、ユーロ、ポンド、円などが国際準備通貨になっている構造から、20~30年後にドル、人民元、ユーロの均衡という新たな構造に転換する」
そのために、人民元の国際化の範囲を拡大する。最初の10年は周辺国で人民元を決済通貨とする貿易を推進する。次の10年はそれをアジア地域に広げ、最後の10年で世界に拡大する。
同時に、人民元の国際通貨としての役割を開拓する。最初の10年は貿易決済機能を、次の10年は支払い機能を、そして最後の10年で準備通貨になるという長期戦略である。
出遅れる日本
こうした人民元国際化の潮流に、日本は出遅れている。日本政府は人民元建ての債券発行、決済銀行の設置、日本の機関投資家による人民元建て投資枠の創設など他のアジアや欧州諸国並みの扱いを中国に求めている。
東京を国際金融センターにするには、人民元の国際化に対応するしかない。日本の出遅れは、尖閣諸島の国有化をきっかけとする日中関係の冷却化が響いているだろう。中国が長期戦略のなかで、ドル、ユーロと並び人民元を3大通貨と位置付け、あえて円をはずしているのも、アジアでの覇権をめざす姿勢といえる。
パワーより信認
もちろん人民元が国際準備通貨になるには、様々な条件がいる。ドル、ユーロ、円、ポンドのような世界の市場で自由に取引できる通貨でなければならない。変動相場制の導入や資本取引の自由化が求められるのはいうまでもない。自国の経済政策が市場のプレッシャーにさらされるのを覚悟しなければならない。
重要なのは、各国通貨当局と市場の信頼である。例えば、人民元の決済銀行の選定にあたって政治的恣意性を優先させるようでは、人民元の国際化にも限界があるだろう。国際通貨は、それが広く受け入れられるかどうかで存立が決まる。パワーより信認なのである。
(敬称略)
岡部直明(おかべ・なおあき)
1969年 早稲田大学政経学部卒、日本経済新聞入社。
編集局産業部、経済部記者を経て、ブリュッセル特派員、ニューヨーク支局長、取締役論説主幹、専務執行役員主幹、コラムニストを歴任。日米欧で幅広く国際通貨を取材。早稲田大学大学院客員教授を経て現在は明治大学国際総合研究所フェロー
主な著書は「主役なき世界―グローバル連鎖危機とさまよう日本」「ベーシック日本経済入門」「応酬―円ドルの政治力学」ほか』