クレディ・スイスのAT1債、全損扱いが物議
規制当局の判断巡り分かれる意見
https://jp.wsj.com/articles/credit-suisse-write-off-upends-european-bank-capital-bonds-9be5138d
『 By Josh Mitchell and
Anna Hirtenstein
2023 年 3 月 23 日 15:31 JST
スイスの金融大手クレディ・スイス・グループが発行したAT1債170億ドル(約2兆2340億円)を同国当局が無価値化したことを受け、欧州銀行システムの安全性と強靭(きょうじん)性を保つ上で不可欠なAT1債市場に対する投資家の評価が変わりつつある。
クレディ・スイスのAT1債は、同業UBSグループによるクレディ・スイス買収の一環で全損扱いとなった。AT1債はこの10年間、欧州で爆発的な人気を誇っていた。また、問題発生時には銀行を守るバッファーとなり、税金の投入に頼らずに済む方法の一つとみなされていた。
AT1債を全損扱いとしたスイス規制当局の判断を巡っては意見が分かれている。市場関係者の間では、契約条項に基づく妥当な判断との声もあれば、その解釈に激しく異議を唱える声もある。
法的根拠がどうであれ、今回の対応は約2500億ドル規模のAT1債市場の信頼を損ない、欧州やアジアの銀行の資金調達コストを押し上げる恐れがあると、投資家やアナリストは言う。
一部の債券投資家は全損扱いに異議を申し立てる考えだ。訴訟の可能性に備えて投資家グループを結成している法律事務所パラスのマネジングパートナー、ナターシャ・ハリソン氏は「投資において重視されるのはプロセスの確実性と法の支配だ。それがスイスによって一挙に奪われた」と述べた。
April 2022’2360708090100110(単位:額面1ドル当たりセント)2024年?1月31日
2027年?2月12日
JPモルガンのアナリストらは21日の調査リポートで、全損扱いは「業界全体のホールセール資金調達コストに波及する可能性が高い」と指摘。「債券投資家があらゆる分野でより高いリスクプレミアムを要求するようになり、AT1債の発行コストは2桁に上昇するかもしれない」との見方を示した。
銀行はこの1年間、主に1桁半ばから後半の年利でAT1債を発行してきた。
市場価格も当初はAT1債の立場を支持している水準のように見えた。21日にはAT1債の価格が総じて上昇し、世界の銀行株と足並みをそろえたが、その大半はクレディ・スイスが破綻する前の水準を大きく下回ったままだ。
一部の資産運用会社は、債券保有者の扱われ方を理由に、スイスの銀行が発行したAT1債に投資する可能性は低いと述べた。
ミスキャルト・アセット・マネジメントのクレジットポートフォリオマネジャー、アルトー・カロニ氏は「このような条件での賭けに出たいとはあまり思わない。不確実性が高すぎる」と述べた。
銀行は損失に備えて資本を保有している。欧州の規制当局は、2008年~09年の公的資金投入に苦慮し、10年代初頭の欧州ソブリン債問題では金融の安定性を懸念した経緯があったため、普通株やその他の債券を含む資本構成の一環としてAT1債を発行するよう銀行に促した。
ルガーノ大学のフランチェスコ・フランツォーニ教授(スイス金融研究所のシニアチェアー)は「金融危機の後、規制当局は銀行の資本強化を求めていた」と述べた。「AT1債は、銀行の資本を厚くする新たな手段として生み出された」
CoCo債(偶発転換社債)とも呼ばれるAT1債は、各銀行が発行する債券の条件次第で、非常時に元本が削減されたり株式に転換されたりする。低金利が続き、マイナス金利に陥ることもあったこの10年間は、比較的リスクが高いものの利回りも高水準だったAT1債は投資家にとって魅力的な商品だった。
クレディ・スイスのAT1債の無価値化はUBSの幹部らが推し進めたものだ
Photo: Stefan Wermuth/Bloomberg News
フランツォーニ氏は「高いリターンを得られる場合は、その裏に何があるのか注意しなければならない」と話す。「投資家は見る目がなかった、あるいは銀行を信用してしまったのだろう」
欧州の銀行としては、自行の株価が低迷する中で普通株を発行すれば既存株主に打撃が及ぶため、AT1債のような資本形態を好んだ。
米国の規制当局もAT1債の促進について検討したが、銀行が普通株や優先株などをより多く保有する方が望ましいと考え、それを断念した。
AT1債は国ごと、銀行ごとに違いがある。その中には、普通株に転換されたり、元本の一部または全部が毀損したりするものもある。それらの措置は、銀行全体の自己資本比率が一定水準を下回った場合や、規制当局から事業継続は不可能と判断された場合に発動される。
クレディ・スイスのAT1債の無価値化はUBSの幹部らが推し進めたもので、クレディ・スイス買収によって引き継いだ重荷を軽くする狙いがあった。
クレディ・スイスのAT1債が全損扱いとなる一方、同行の普通株は無価値にならずに済んだため、不意打ちを食らう格好となった投資家もいた。UBSは32億ドルの買収代金を株式交換の形で支払う。
これは破綻時の通常の弁済順位とは異なるが、クレディ・スイスのAT1債が実際にそのような動きを文書の中で認めていたのかどうかについては、激しい議論が交わされた。
スイス金融市場監督機構(FINMA)は19日、クレディ・スイスは信頼の危機に見舞われていると指摘。支払い能力を維持していたとしても流動性が失われる恐れがあるとし、同行を存続させるには国家主導での買収が必要だと述べた。スイス政府はUBSに対し、買収に伴う損失について90億ドル超の政府保証を与えた。
さらに、スイス当局は先週、規制当局が高リスク債券を無価値にすることができる法律を急きょ成立させ、AT1債投資家の不安をあおった。
クレディ・スイスが発行したAT1債の一部を保有するアクイラ・アセット・マネジメントのポートフォリオマネジャー、パトリック・カウフマン氏は「全ては信頼性の問題であり、法律や規制があるのならそれに従うべきだ」と述べた。
同氏は、こうした債券保有者が株主よりも多くの損失を吸収することは、土壇場で改正される前の法律の文言と精神に反していると指摘。AT1債保有者に対しては、元本全額とは言わないまでも、その大部分を返還すべきだと述べた。
英国と欧州連合(EU)の規制当局は、管轄区域内の銀行が今後破綻した場合、債券保有者よりも株主が先に損失を被ることになると述べ、AT1債保有者を安心させようとした。
チューリヒに拠点を置き、資本市場と金融サービスを専門とする法律事務所アドベストラのパートナー、ラシード・バハール氏は、クレディ・スイスの高リスク証券を全損扱いとする可能性は契約書に記されていたが、それには政府の支援が必要だったと述べた。
先週行われた法改正により、スイスの規制当局は事実上、「この決定を下す権利とそれを迅速に行う権利を得た。これは単なる契約法の問題ではなく、FINMAの権限だ」と同氏は述べた。
あるAT1債の目論見書には、クレディ・スイスの普通株が発行されたままでも、AT1債の元本が毀損する場合があると記されている。銀行のプレゼンテーションでも、AT1債の弁済順位が普通株より低いことが示されていた。
市場は今後数カ月の間に、別の試練に直面しそうだ。
AT1債は永久債であるため、銀行は償還する必要がない。だが、AT1債には繰り上げ償還日が設定されており、それを過ぎると、固定金利から変動金利に切り替わり、ベンチマークとなる借入金利に連動するのが一般的だ。つまり、その時々の市場金利に応じてAT1債の利率が上下することになる。大抵の場合、銀行は繰り上げ償還日までにAT1債を償還し、債券保有者に元本を払い戻し、それに代わる新しい証券を発行する。
だが、銀行は理論上、債券を発行したままにしておくことも可能だ。それはかつて投資家を不安にさせた動きであり、市場全体の価格が見直されている場合は、特にリスクを伴うものだ。
欧州のAT1債にとって次の重要な日程は5月で、イタリアの大手銀ウニクレディトが発行した債券の繰り上げ償還日を迎える。同行はコメントを控えた。』