サウジ・イラン正常化 なぜ米中の影響力が変化したか

サウジ・イラン正常化 なぜ米中の影響力が変化したか
客員編集委員 脇祐三
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD220WC0S3A320C2000000/

『サウジアラビアとイランの関係正常化は、中東地域の緊張緩和につながる。だが、中国が仲介し、北京で合意文書に署名したことは、米国の影響力低下を如実に示す。中東で米中の影響力のバランスが変化した理由の一つは、両国のサウジに対するアプローチの仕方の違いである。

米国の「二元論」に違和感

ロシアがウクライナ侵攻を始めた後、世界の多極化が進んだ。「グローバルサウス」と総称されるようになった新興国・発展途…。

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『「グローバルサウス」と総称されるようになった新興国・発展途上国の大半は、ロシアに対する制裁に加わらず、中国と対立するのも避ける。サウジ、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプトなど、米国と同盟関係にあるアラブ諸国の動きも、他のグローバルサウスの国と同様だ。それぞれ独自の計算で自国の安全と経済的利益の確保に動いている。

同盟関係といっても、米国とこれらのアラブ諸国は中東地域の安全保障に関する結びつきであり、北大西洋条約機構(NATO)や日米同盟のように民主的な価値観を共有しているわけではない。米国のバイデン政権が、「『民主主義』対『 専制主義』」「われわれの側か、中国・ロシアの側か」といった二元論に、こだわればこだわるほど、米国の影響力が弱まっていく。

2022年7月、バイデン大統領がサウジを訪問したとき、双方の考え方の不一致が露呈した。大統領は現地で中東への関与を続ける考えを強調し、「ロシアや中国が(米国の代わりに)埋めるような空白を、米国が中東に残してはいけない」と記者団に語った。

2022年7月、サウジアラビアのムハンマド皇太子㊨と会談するバイデン米大統領=ロイター
滞在中にサウジをはじめとする湾岸協力会議(GCC)加盟6カ国と、エジプト、イラク、ヨルダンの首脳が参加して開いた「安全保障開発サミット」でも、大統領は「われわれが去って、中国、ロシア、あるいはイランによって埋められる空白を残すことはない」との発言を繰り返した。

21年夏にアフガニスタンから米軍が撤退すると、中東・イスラム圏では「米国がこの地域に深く関与する時代は終わった」との受け止め方が広がった。バイデン発言には、米国が中東から去って力の空白が生まれるという懸念を、打ち消す狙いもあった。

ところが、この発言は、サウジにも他のアラブ諸国にも、まったく受けなかった。大統領が、米国側と中国・ロシア・イラン側という図式で中東を語り、会議に集まったアラブ諸国を米国側とみなしていたからだ。「われわれは中東を、そのようなゼロサムゲームの場とは見ていない」。ファイサル・サウジ外相が事後に語ったコメントが、今のアラブ諸国と米国の認識の隔たりを示す。

米に全面依存のリスクを認識

米国とUAEやサウジの関係の転機は2019年だ。同年6月にUAEから飛び立った米軍のドローンがイランに撃墜され、米国は報復としてイラン国内を攻撃する準備に入った。だが、トランプ米大統領(当時)は直前になって攻撃を中止した。19年9月には、サウジ東部の重要な石油施設が、イランの支援を受けるイエメンの武装勢力フーシー派のミサイルやドローンで攻撃された。

米国はイランも攻撃に関与したと断定したが、米国がイランに反撃することはなかった。米国の力に全面的に頼っても、米国が結果的に動かず、はしごを外された形になる可能性もある。サウジやUAEは、そういうリスクを強く意識するようになり、安全保障で独自の動きを強めていった。

UAEはイランとの政府間の接触を増やし、対立を和らげようとした。当時のガルガーシュ外務担当国務相は「友人にはなれなくても、ふつうの隣人にはなれる」と説明していた。イランに対する強硬な発言が多かったサウジの最高権力者、ムハンマド皇太子の、イランに対する物言いも、かなり慎重になった。

そして20年に、UAEはイスラエルと外交関係を結んだ。米国やイスラエルはこれを、米国が主導するイラン包囲網の拡大と位置付けた。だが、UAEにとって、軍事強国イスラエルとの関係正常化は、米国の中東への関与が弱まっていく中での、安全保障のリスクヘッジ策だ。UAEは経済効果も期待して、ハイテク技術を持つイスラエルとの協力を拡大していったが、その一方で、冷え込んでいたイランとの関係修復を進めたことも見逃すべきではない。

サウジが関係正常化について、イラン側と本格的な協議を始めたのは21年4月だ。イランで近隣のアラブ諸国との関係について大きな発言力を持つのは、革命体制を守る軍隊である「革命防衛隊」だ。

イランで近隣のアラブ諸国との関係に大きな発言力を持つ「革命防衛隊」(テヘランでの軍事パレード)=ロイター

仲介の申し出は昨年12月

サウジはイラクのカディミ首相(当時)の仲介によって、バグダッドで革命防衛隊の幹部らと話し合いを重ね、21年秋には関係正常化の進め方で合意に近づいていた。その後、イラクの総選挙と選挙後の新政権発足の遅れなどが影響して合意に至らなかったが、サウジはイラン側とオマーンなどで接触を続けていた。

中国外務省の説明によると、関係正常化の合意に至った今回の北京での協議は、3月6日から10日にかけての数日間にすぎない。21年以来のイラクやオマーンでの協議の積み重ねがあったからこそ、中国の仲介が実を結んだのだ。中国が一から交渉を仲介していたわけではない。サウジとイランの橋渡しに、中国が乗り出したのはいつか。AFP通信によると、22年12月に中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席がサウジを訪問した際に、仲介の意思を示し、ムハンマド皇太子がこれを受け入れたのだという。

イランのライシ大統領㊧は2月に中国を公式訪問し、習近平国家主席と会談した(2月14日、北京)=新華社・AP

21年8月にイランのライシ大統領が就任した後、世界は核開発に関する合意の立て直しに向けたイランと米国の歩み寄りに注目した。しかし、革命体制の維持が重要なライシ政権は、欧米との妥協が必要な核合意の立て直しに積極的なわけでは必ずしもなく、むしろ近隣アラブ諸国との関係改善を重視した。

イランとの協力関係を拡大してきた中国は、イラン側のサウジとの関係正常化への期待も強いと確認したうえで、仲介に乗り出したとみられる。習主席がサウジを訪問した後、サウジとイランの閣僚級協議が何度か開かれ、正常化合意の地ならしが進んだ。中国の中東の国々への巧みなアプローチが、合意の仕上げという外交の手柄につながったといえる。
米政権の主張は自国向け

一方、バイデン大統領のサウジ訪問には米国内の反対論も多く、大統領は「ロシアの侵略に対抗し、中国との競争に勝つために必要な、影響力のある国への関与」というかなり強引な意味付けをした。バイデン政権の対サウジ外交で重要なのは、米国内で理解されやすいか否かだったともいえる。主要議題の一つである安全保障では、中ロやイランへの対抗という米国の設定した文脈がサウジ側の考えとずれる結果になった。

もう一つの主要議題である石油・エネルギー政策では、増産による原油価格引き下げを求める米国と、高めの価格水準で供給能力を増やす投資を導くことが重要と考えるサウジの間で、話がまったくかみ合わなかった。

米国は人権問題も議題にしたが、これは著名なサウジ人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の殺害事件などについて、大統領が皇太子に苦言を呈したという米国内向けのパフォーマンスに近い。いずれの議題の設定も米国側の政治的な都合が先にあり、サウジのニーズを米国がくみ取ろうという姿勢は、ほとんど感じられない。

これとは対照的に中国は、習近平主席の訪問にあたって、まずサウジを「多極化する世界の中の重要な独立勢力」に位置づけた。経済協力では、ムハンマド皇太子が主導するサウジの経済・社会改革「ビジョン2030」と、中国の「一帯一路」構想を整合させる計画などで両国が合意した。

人口増加が続き、庶民用の住宅が足りないサウジの状況を踏まえて、住宅建設での協力を文書に盛り込んだり、観光産業の振興をめざす皇太子の関心に合わせて「中国からの団体旅行の行き先にサウジを加えよう」と習主席がささやいたりするなど、中国の首脳外交にはサウジ側のニーズに沿って対応するという姿勢がみられた。

資源の大量購入が中国のテコに

そして石油・エネルギーについて習主席は、液化天然ガス(LNG)の有力な生産国であるカタールも含むGCC6カ国の首脳を前にして、「中国はこれからも原油を大量に購入し続け、天然ガスの輸入はさらに増やす」と宣言した。「脱炭素化」を最優先する欧米の政治家には難しい、化石燃料の大量購入をテコにした中東外交である。

ビジネスや通商関係の変化は、外交関係に大きく影響する。シェール革命に伴って国内の原油と天然ガスの生産が増えた米国は、中東の資源への依存度が低下した。これをサウジから見れば、米国が最上位の顧客ではなくなったということだ。

原油以外も含めたサウジの輸出の国別比率を見ると、2000年の時点で20%を超え、最大の輸出先だった米国の比率がどんどん下がり、最近は5%程度で5位か6位の輸出先になっている。日本の比率も低下し、最近はインドや韓国を下回ることもある。一方で、2000年には2%に満たなかった中国の比率はどんどん上がって、2010年代に米国や日本を抜き、最近は2割近くを占める首位だ。

脱炭素化に向けて世界がエネルギーの転換期に入る中で、経済を多角化しなければならないサウジは、多角化の財源を確保するためにも、石油資源を効率的に資金化していく必要がある。石油政策では、石油輸出国機構(OPEC)メンバーではない大産油国のロシアとの連携、OPECプラスの生産調整の枠組みが、サウジにとってきわめて重要だ。

石油輸出国機構(OPEC)プラスの生産調整の枠組みがサウジには極めて重要になる(ウィーンのOPEC本部)=ロイター

中国とは、習近平主席の来訪時に「包括的戦略パートナーシップ協定」を結び、今後は定期的に首脳会談を開く関係になる。そして、イランとの関係修復も進める。これらは、いずれも、世界が多極化する時代のリスクヘッジ外交の一環に位置づけられる。

安保では米との同盟なお有益

イランとの関係修復を進めても、イエメンのフーシー派などへのイランの影響力には限界もあるし、中東の多くの問題が一気に解決に向かうと考えるのは楽観的すぎる。中国の存在感は高まっているが、現段階で中国は、中東とその周辺地域、主要な海上輸送路の安全保障を担う能力も意思もない。だから、安全保障面でなお有益な米国との同盟関係を、サウジ側から打ち切る考えはないだろう。それが、米国と中国、サウジとイランの動きが交差する地域の、おおざっぱな見取り図だ。

今回のサウジとイランの合意で、中東をめぐる国際関係が180度動いたわけではないが、劇的な変化が起きたような印象を受ける。米国の影響力の低下を否定できなくなったからだ。サウジの有力者は異口同音に、「米国も中国も重要なパートナー。われわれは米中の対立に巻き込まれたくない」と言う。そういう声に対して、バイデン政権が「米国の側か、中国・ロシアの側か」という論法を続けている限り、サウジと米国のミゾはさらに広がる。

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植木安弘
上智大学グローバル・スタディーズ研究科 教授
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分析・考察 中東地域における米国の影響力の低下は今に始まったことではない。

2000年代に入り、米国は4つの大きな失態をした。

2003年のブッシュ(子)大統領によるイラク戦争は、結果的にイラクでのイランの影響力が拡大することに繋がった。

2014年オバマ大統領がシリアの化学兵器使用で武力行使を止まったのは、結果的にロシアの地域における台頭を許した。

2018年にはトランプ大統領がイランとの核開発協定(JCPOA)から一方的に離脱し、イランはウラン濃縮活動を再開させ、核兵器開発を促進した。

2021年のバイデン大統領によるアフガニスタンからの撤退は、20年に渡る平和構築を無駄にした。中国はこの間隙を突いた。

2023年3月23日 10:27 』