クレディスイス破綻で無価値になったAT1債とは何か?

クレディスイス破綻で無価値になったAT1債とは何か?
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/31106402.html

『通常、企業が破綻しても、資産は残っているのが普通なので、管財人が入って、それを「規則」に沿って回収します。これには、優先順位があって、社債の等の債権は、借金なので最優先で処理されます。株式は、それを買った人が、その企業の業績に対して自由意志で投資しているものなので、回収は一番後回しになります。全額失っても、文句は言えません。投資とは、そういうもので終わる話です。

そして、この社債と株式の中間にあるのが、劣後債と言われるものです。これは、一定の金利が付き、満期になると元本が返済される仕組みになっています。ただし、普通の社債と違うのは、その企業が破綻した時など、一定の条件を満たした場合、元本を回収する優先度が、普通の社債よりも後回しになります。金融商品の性格として、固定金利付きの社債ではあるものの、内容的には株式に近いものです。

リーマンショック後に設定された、バーゼル3という金融規制で、銀行の健全性を高める為に、色々と規制強化をしてきたのですが、新しく設けられた劣後債の一つがAT1債です。

基本的に金融規制は、市場変動に対する強靭性を高める方向で調整(つまり、潰れにくい)していますので、このAT1債というのは、企業にとって返済する義務の無い資金と分類されています。

Additional tier 1という名前の資本分類で、株式もこちらに分類され、債権でありながら、こちらに分類されるのがAT1債権です。ちなみに、AT2という資本分類もあります。

AT1・・・生き延びる為の資本
AT2・・・安全に破綻する為の資本

つまり、何か企業の運営に異常が発生した時に、企業が金の返済義務を負わない事が法的に定められている資本という事になります。

今回、クレディスイスは、UBSに買収されたので、破綻しなかったわけですが、今後健全な状態に再生する為に必要な処置として、返済義務が無い事を、スイス金融市場監督当局が断定しましたので、AT1で買われた債権は、全て無価値になったのです。

実は、本来ならば、劣後債よりも優先順位の落ちる株式では、UBSとの買収が成立した事で、投資資金の一部が回収される事が発表されているので、今回の処置に関しては、かなり不満の声が上がっています。ただし、法律的には、何も違法な事はしていません。

AT1債というのは、そういう事があり得る前提で発行されている社債なので、「そうなるとは思わなかった」は通用しません。

ただ、そうは言っても社債ですから、株式が優遇された上に、無価値になるとは、今回のような実例が飛び出すまで、投資家も予想していなかったと思われます。

これは、想像ですが、そういう扱いにしないと、UBSが引き受けられないほど、クレディスイスの中身が酷かったという事だと思います。預かり知らない返済義務まで引き受けるくらいなら、買収に応じる事などできなかったのでしょう。その為、買収を引き受ける条件として、スイス政府の強権発動で、2.2兆円のAT1債を無価値にしたと思われます。

債権市場は、一般には公開されておらず、機関投資家同士で売買をおこなっている市場なので、ニュースになっていませんが、実は、このニュースが流れた直後は、AT1債権市場が大暴落しています。

自分が持っている債権の潜在的な危険性について、改めて認識した結果ですね。

リーマンショック後に、金融システムは強固に規制されたという認識が広がっていたので、危機に対する感性が鈍っていたという事でしょう。世界各国の政策金利の引き上げで、表面化してきた債権価格の下落という副作用が、急に表面化したので、寝耳に水の反応だったと思います。

欧州全体で、AT1債は、36兆円ほど発行されていて、債権の規定は知っていても、まず起こらないと思っていた債権投資家の間では、動揺が広がっています。一応、前例はあって、2017年にスペインのサンタデール銀行に買収された、中堅銀行のポプラール・エスパニョール銀行が、同じように処理されています。

今回の件で一番問題なのは、クレディスイスは、バーゼル3という強化された金融規制の健全性を示す指標の中で、「問題ない」と評価されていた銀行だった事です。

つまり、市場に対して絶対の安全を確保できる規制は、存在しない事が大きく証明された事になります。

つまり、投資家は何を基準に投資を決定すれば良いのか、一つの判断基準が崩れた事になります。

金融規制当局が、投資家に信じさせたがっていた、市場の健全性に疑問符を持たざるを得ない事が起こったのが、投資家の心理を冷やすという副作用を生じさせています。プロの投資家達でも、何となく信じていた銀行規制安全神話にヒビが入ったのが、最大の事件です。

とはいえ、AT1債は、派生の金融商品を産むようなものではないので、債権を買った投資家が、総額で2.2兆円を損するだけで、それ以外への影響は無いはずです。

そういう意味では、影響は限定的と言えます。もちろん、投資家に対する心理的な影響を考慮せず、システム的にはという事ですが。

象徴的に、リーマンショック後の金融監督体制が揺らいだという意味で、この事件は大きいです。』