「ポスト習近平」ありえぬ胡春華氏 首相起用説の虚実
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK100QJ0Q2A011C2000000/
『中国共産党総書記(国家主席)である習近平(シー・ジンピン、69)の3期目入りが焦点の第20回共産党大会が16日、開幕する。北京では重要会議が目白押しで、中央委員会第7回全体会議(7中全会)が開かれた。だが、重要人事は依然としてやぶの中だ。
厳しい情報統制にもかかわらず、中国政官界の一部でひそかに出回っているのが、これまで難しいとされてきた胡春華(フー・チュンホア、59)の首相起用説である。
習近平国家主席(9月16日、ウズベキスタン・サマルカンド)=ロイター
中国経済の先行きには不安が漂い、2022年成長率目標の「5.5%前後」もほぼ達成不可能だ。株式市場は下落傾向で、建国記念日の長期休暇明けだった10日、上海総合指数が節目の3000を割り込んだ。そんな中、もし「胡春華首相」が実現するなら、「改革開放」路線の継続を意味し、中国内外で歓迎されてよいはずだ。
「胡春華首相」なら周りは全て習派に
だが、この「胡春華首相」説の意味は「全く逆」と受け止められている。副首相で共産主義青年団(共青団)のホープ、胡春華が首相になっても、習の独裁的な権力は維持され、経済政策もより保守化しかねない。なぜなら妥協の前提は「(最高指導部7人中)習と胡春華を除く残り5人を習側近で固める人事とセットだから」という。
長く共青団のホープとされてきた胡春華副首相(2012年の共産党大会)
胡春華は、周りが習派ばかりで逃げ場のない「雪隠詰め」の総理大臣になりかねない。湖北省出身の秀才で「どんなに飲んでも平然としている酒豪」(関係者)でも、これでは十分に能力を発揮できない。いまも習が公言する国有企業重視と、それを一歩進めた「計画経済」色の強い経済政策を主張する提言が学会内から公然と出ている。
今回、習は27年の第21回党大会まで最高指導部内で絶対優位の立場を保ちながら、4期目も狙える環境を整えたい。胡春華は7月下旬、習の名前やその思想に繰り返し触れ、「共同富裕」も小見出しにとる文章を人民日報に発表した。距離のある習に対して恭順の意を示した形だ。
それでも政治力学上、胡春華が「ポスト習」候補になるのは困難だ。32年になれば、いまの習と同じ69歳になってしまう。総書記の有力候補はもっと若手に移るだろう。逆に考えれば、習としては、胡春華が後継者候補にならないことさえはっきりさせればどう使ってもよい。そういう理屈になる。
胡春華は習より10歳若い。首相として自分の考えを押し通し、習を説得する力量に欠ける。この点、共青団派として胡春華の兄貴分である現首相、李克強(リー・クォーチャン、67)は度々、自説を披露してきた。07年までは習と同格か、実質的にそれ以上の立場にいた自負もあるからだ。
長老、胡錦濤氏の悩み
習は、優位な政治状況をつくるため5年前から布石を打っていた。トップの地位を全面的に譲り受けた恩があるはずの前国家主席、胡錦濤(フー・ジンタオ、79)の動きを巧みに阻んだのが典型例だ。
胡錦濤は17年の旧正月休暇前、長老として存在感を示そうとしていた。共青団派の子飼いである胡春華がトップだった広東省の広州市に入り、連れ立って花市場を視察したのだ。その写真が偶然を装って中国SNS(交流サイト)上に数多く投稿された。
2017年の旧正月前、広東省広州市内の花市場に現れた胡錦濤・前国家主席(左端)と、当時の広東省トップ、胡春華氏(右端)=中国のSNSなどで出回った写真
その意味は何か。胡錦濤には、胡春華を17年秋の党大会で最高指導部に引き上げ、「ポスト習」候補にしたいという思惑があった。同じ姓であることから「大きな胡=大胡」、「小さな胡=小胡」と呼ばれる2人のつながりは深い。
いまから遡ること33年。天安門事件の3カ月前だった1989年3月、チベット自治区のラサを中心に大規模な抗議デモが発生し、戒厳令が敷かれた。だが、トップとして赴任直後だった若き胡錦濤は、高山病などで身体がままならず、しばしば北京に戻り静養していた。この際、胡錦濤を支えたのが、共青団幹部としてラサにいた胡春華だ。
「小胡」を持ち上げる「大胡」の動きにすぐ反応した習サイドの動きは果断だった。ただ、やり方が回りくどい。まさに共産党内の権力闘争で使われてきた典型的な手法だ。明確な目的を持って、胡春華とセットとみられていた若手人材を陥れたのである。
温家宝前首相
17年夏、標的になったのは当時の重慶市トップ、孫政才(59)だ。汚職名目で失脚し、最後は無期懲役の判決が下った。孫政才は、前首相の温家宝(80)とその妻に見いだされた人材だけに、政治的な最大の後ろ盾は温家宝だった。温家宝は胡錦濤を支えた盟友だが、政治力は既に衰えていた。
習は、22年党大会での3期目入りまで見据えた遠謀から「温家宝・孫政才」連合の弱さをひと突きした。この結果、総書記候補とされた胡春華、同じく首相候補だった孫政才は共に17年党大会で最高指導部入りを果たせなかった。22年党大会での「ポスト習」は習自身であることが事実上、示されたのである。
今回、胡錦濤はどう動くのか。本来なら来春、首相の座から降りる弟分の李克強、そして子飼いの胡春華とも最高指導部に残したい。だが、かなわない場合、選択を迫られる。胡春華を首相に押し込むのを最優先すれば、李克強は諦めざるをえない。
共青団派の側面も持つ全国政治協商会議主席の汪洋(ワン・ヤン、67)も有力な首相候補だ。だが、胡春華抜てきの引き換えに李克強が引退する場合、同じ年齢の汪洋も最高指導部から外れる可能性が高い。
思想イデオロギー・宣伝担当の最高指導部メンバー、王滬寧(ワン・フーニン、67)も李克強、汪洋と同年齢だ。習としては1955年生まれの3人を最高指導部から外せるなら、その位置に側近らを抜てきできる。
陳敏爾、丁薛祥両氏らの名も
一方、習派で最高指導部入りの可能性があるのは、孫政才の失脚後、重慶トップとなった浙江閥の陳敏爾(62)や、日本の官房長官のような役割である党中央弁公庁主任の丁薛祥(60)だ。とりわけ丁薛祥はこの5年、習の権力強化に大きく貢献した。
陳敏爾・重慶市党委員会書記
丁薛祥・党中央弁公庁主任=ロイター
このほか党中央宣伝部長の黄坤明(65)も候補になる。上海トップの李強(63)は、習の最側近として以前から注目されてきた。一方、北京市トップの蔡奇(66)は習の「お気に入り」とされるが、打ち出された社会政策への市民の評判が芳しくなく、内部から批判もある。党内世論を考えれば昇格のハードルは高い。
最高指導部メンバーの総数が7人で変わらない場合、別格の習を除いて退任するのが何人になるのか、が重要である。年齢順なら、まず全国人民代表大会(全人代)常務委員長の栗戦書(リー・ジャンシュー、72)、筆頭副首相の韓正(ハン・ジョン、68)が対象になる。
だが「67歳なら留任か昇格、68歳になれば引退」という共産党の内規は、習時代に入って有名無実化した。韓正は上海での地方経験と副首相としての実績を合わせれば、首相候補としての十分な資格がある。「胡春華首相」説は、習以外の最高指導部メンバーが総入れ替えに近い場合、浮上する選択肢だ。生き残りレースの行方はなお見通せない。(敬称略)
中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。』