ペロシ米下院議長の台湾訪問 戦略欠く一手

ペロシ米下院議長の台湾訪問 戦略欠く一手
ワシントン支局長 大越匡洋
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN01CL80R00C22A8000000/

『ペロシ米下院議長が2日夜、台湾を訪問した。南・東シナ海で一方的な現状変更を試みる中国を抑止するためには、米国の力による秩序の維持が欠かせない。だがペロシ氏の台湾訪問はバイデン政権が意図したものとはいえず、対中外交全体のなかでどんな成果を狙う一手に位置づけるのかという戦略を欠く。台湾や日本の備えが追いつかないうちに米中間の危機が現実となる恐れが強まった。

「世界が独裁か民主主義かの選択に直面している今日、台湾の人々と米国の連帯はこれまで以上に重要だ」。ペロシ氏は台湾到着直後に公表した声明で、かねて主張してきた「台湾の民主主義への支持を示す」という意義を改めて訴えた。

民主化を求める学生らを中国共産党が武力で鎮圧した天安門事件の2年後の1991年、ペロシ氏は北京の天安門広場で「中国の民主主義のために亡くなった人々に」と記した旗を掲げた。チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世とも面会している。

民主主義国家の政治家として、法の支配や人権を顧みない中国を厳しく批判すること自体は当たり前だ。米議会は民主党だけでなく、野党の共和党も「反中国」という点で足並みをそろえている。

問題は、米政権が与党内の一政治家の「信念」に基づく行動を持て余していることだ。バイデン大統領はペロシ氏の訪台計画について「米軍は今は良くないと考えている」と記者団に漏らしたものの、三権分立のなかで下院議長の行動を制約することはできず、民主党政権の首脳間の意思疎通の悪さを露呈しただけに終わった。

ペロシ氏は当初4月に日本や台湾を訪問する方向で調整したが、新型コロナウイルス検査で陽性となったため延期した。議会が夏休みに入ったこの時期に改めて訪台を決めた。

11月の中間選挙で民主党は下院の多数派の地位を失うのは確実とされ、ペロシ氏が議長でいられる時間も秒読みに入った。対中戦略の一環というより、米下院議長として四半世紀ぶりとなる訪台を自ら実現したいという政治家個人のエゴが先走った印象は残る。

米国からすれば、中国が台湾を力ずくで統一しようとする動きを先んじて制する戦略の一環だということもできるが、中国からみると、米国が米中関係の基礎である「一つの中国」政策を徐々にないがしろにしていると映る。双方の主張は国内世論もにらんで平行線をたどり、強硬な言説が強硬な行動を招く悪循環に陥ろうとしている。

台湾問題がちょっとしたきっかけで導火線に火がつきかねないアジアの火薬庫であることが改めて明白になった。米中間の誤解を回避しようと7月28日に電話協議に臨んだバイデン大統領と習近平(シー・ジンピン)国家主席のメンツはともに失われた。

バイデン政権は「ペロシ訪台後」のシナリオを描けていない。一方、中国当局者に危機のエスカレーションを止める策をただしても「事態を悪化させているのは米国。米国が矛を収めるべきだ」との趣旨の言葉が返ってくるだけだ。ペロシ氏の訪台直後、中国外務省は「あらゆる必要な措置を必ず講じる」と「報復」を宣言した。

当事者である台湾、日本はいや応なく巻き込まれる。一部の日本企業は台湾有事の危機管理計画の策定を急いでいる。危機の波は繰り返し迫ると考えたほうがいい。

(ワシントン支局長 大越匡洋)

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鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授
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分析・考察

中間選挙後には下院議長ではなくなるペローシが自らのエゴのために訪台するという見立てはその通りだろう。そうした政治家個人のエゴをコントロールできないバイデン政権の弱さというか、米国の危機感の薄さを感じる。政治的な信念を表現することが優先され、世界秩序や米国の威信、その訪問によるインパクトに対する戦略的思考の欠如は、アメリカにおける政治が劣化したということを示唆するという印象。しかし、同時に中国もここである種の判断を迫られ、意図せざる形で米中関係が本質的に変わっていくことになるかもしれない。この先どうなるのか想像も付かないが、中国がここで強く出なければ米国内の対中強硬論が高まる可能性もある。
2022年8月3日 3:04

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菅野幹雄
日本経済新聞社 上級論説委員/編集委員
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ひとこと解説

ペロシ下院議長のアジア歴訪は4月に予定され、その際にも台湾訪問が取り沙汰されました。ところが議長が新型コロナウイルスの検査で陽性となり、先延ばしになった経緯があります。11月の米中間選挙と秋の中国共産党大会というビッグイベントがぐんと近づき、ペロシ氏の訪台を巡って米中とも相手に弱みを見せられない立場となりました。
記事の指摘のように下院の敗北→議長退任がほぼ確実視されるペロシ氏のエゴが見え隠れするとともに、バイデン政権がこの動きに手を焼いている印象が拭えません。バイデン大統領は「米軍は…」と語りますが、軍の最高司令官は大統領本人のはず。どうしてこういう拙い使い分けをするのか、理解に苦しみます。
2022年8月2日 12:55』