「新しい資本主義」に既視感 いいところ取り、刺さらず

「新しい資本主義」に既視感 いいところ取り、刺さらず
編集委員 小平龍四郎
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK173MI0X10C22A5000000/

 ※ 「貯蓄から、投資へ!」…。

 ※ その「標語」、何回聞いた?

 ※ ごく単純な話しをすれば、日本国の一部上場企業(これも、死語になって、今じゃ”プライム”とか、”スタンダード”とか言うそうだが)の「配当の平均」が、「2.4%」くらいの率だ。銀行の定期預金の「金利」がメガバンク勢で「0.002%」くらい、新興勢で「0.02%」くらいのものだ…。

 ※ それで、「貯蓄から、投資へ!」と言うわけだ…。

 ※ しかし、「ちょっと、待て!」…。

 ※ 金融資産を「株」で持つということは、「リーマンショック」みたいな「経済激変」に見舞われた時は、「資産価値が、4分の1」になるという「リスク」をも覚悟する…、ということだぞ…。あの時、日経平均は「8000円台」になった…。

 ※ そういう「覚悟」を持っている人の割合、「何割ある?」…。

『岸田文雄首相が掲げる看板政策「新しい資本主義」を、「新しい」と感じる人は多いのだろうか。岸田首相は金融所得課税見直しに象徴されるアンチ市場の要素を封印し、5日の英金融街の講演では「貯蓄から投資へ」「資産所得倍増」といった投資家好みのフレーズをちりばめた。その後、米国で広がる「パブリック・ベネフィット・コーポレーション」(PBC)の日本版をつくる構想も明らかになった。中身の是非はさておき、米欧事例に範を仰ぎ日本流に調整し輸入するという、キャッチアップの発想と手法には既視感が強い。岸田首相のメッセージが必ずしも市場に刺さらない理由ではないか。

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「貯蓄から投資へ」を加速させる具体的な手立てとして挙げられたのが、少額投資非課税制度(NISA)の「抜本的拡充」だった。2014年に始まったNISAは英国のISAという制度にならって設計された。英ISAに比べ投資対象が制限されているほか、非課税枠の小ささや時限措置であることなどに、日本的な市場改革の漸進主義や換骨奪胎ぶりが表れている。
日本的な制度改革を予想

「抜本的」と言うからには、非課税枠を現行の最大120万円から少なくとも英国並みの300万円強(2万㍀)に一気に引き上げ、入れ替え売買の自由化や制度恒久化を打ち出せばインパクトは出る。しかし、金融界の制度調査畑の声を総合すると「霞が関からそんな威勢の良い話は全く聞こえてこない」。むしろ「海外発でアドバルーンをあげ、市場の反応も見極めながら妥当な落としどころを探る」という日本的な制度改革の着地を予想する向きが多い。

米欧の制度を研究し、国内の利害関係者の声を吸い上げ、摩擦を避けながら少しずつ実施。こと資本市場に関する限り、日本の改革はこんな「小さく産んで大きく育てる」手法をとってきた。本当に大きく育てば良いが、プロセスが細かく刻まれ、独自要素も加えられ、時間がかかる点が問題だ。その間に米欧はどんどん先に進み、新興国は猛烈に追い上げる。

2015年から始まった企業統治(コーポレートガバナンス)改革が典型的だ。ガバナンスコードはすでに2回改定され、さらなる改定を視野に入れた中間点検の会合が16日に開かれた。「細かなルールが増えすぎて(企業経営の背中を押すという)本来の狙いが曖昧になった」「(法律や取引所ルールの強化など)踏み込むべきところは踏み込むべきだ」――。会合参加者からは、漸進主義の弊害を指摘する声も聞かれた。

漸進主義のワナにはまる

日本のガバナンス改革は英国や米国の制度を折衷したもので、キャッチアップの発想が特に強い。しかし、最近では女性管理職の登用などダイバーシティーに関しては、タイなどアジア新興国に見劣りする部分も出てきた。小さな努力を重ねる間に後続への関心が薄れいつの間にか抜かれる、という漸進主義のワナに、日本ははまりつつあるようだ。

新たに浮上した公益重視の日本版PBC構想は、米国の制度を換骨奪胎して取り入れようというものだ。しかし「新しい資本主義」とぶちあげるほど新しさはない。日本でも定款で公益重視をうたう事例はあるからだ。

ユーグレナは完全オンラインで開いた21年の臨時株主総会で、会社の定款をSDGs対応に変えた

例えばエーザイは会社の憲法に当たる定款で会社の使命を「患者様満足の増大」としている。さらに今年の株主総会では、それを「患者様と生活者の皆様の満足の増大」と変更する議案を株主に問う。比較的新しい企業ではユーグレナが21年の臨時株主総会で定款を変え、国連のSDGs(持続可能な開発目標)への貢献を盛り込んだ。

経営者の意思があれば現行の会社法でも公益の追求は十分に可能だし、丁寧に説明すれば株主の理解を得られることもエーザイやユーグレナの事例が示している。公益を市場に問うために企業が投資家向け広報(IR)のすべを磨くというのが、本筋の話ではないか。

「使命を果たす会社」の低迷

米国では21年、貧困支援に取り組むメガネ販売のワービー・パーカーや低環境負荷の素材を使ったスニーカーのオールバーズなど、公益企業が相次いで上場し、直後は「クール」(カッコいい)などともてはやされた。しかし、その後の株価の推移は決してほめられたものではない。フランスの法改正で誕生した「使命を果たす会社」の代表、食品大手ダノンの経営者が株価低迷で解任されたのも記憶に新しいところだ。

「ESG(環境、社会、企業統治)やサステナビリティーを掲げていても、必要な投資はせず、買収戦略が実を結ばず、株価も低迷。そんな会社はダメだ」。経営者への助言に特徴があるみさき投資の中神康議社長は、ESG経営で知られる丸井グループの青井浩社長とかつてダノンについて議論した時、こう指摘した経験を持つ。

公益重視や環境・人権保護などの大切さは言うまでもない。しかし、資本市場の苛烈な現実から目を背ければ、経済を突き動かすアニマルスピリッツ(血気)が減退しかねない。それは新しい・古いを問わず資本主義の危機であり、大企業・スタートアップの別なく企業経営の挫折につながる。

【関連記事】公益重視の新たな会社形態 政府検討、短期利益偏り修正

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竹川美奈子
ファイナンシャル・ジャーナリスト、LIFE MAP,LLC代表
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別の視点

制度の利用を促すには「シンプル」にすることが一番です。

一般NISAに代わり、24年から2階建てとなる新NISAは制度が複雑すぎます。例えば、資産形成を促すのが目的なら、つみたてNISAに1本化して制度を恒久化すればよいのではないでしょうか。年間拠出額の引き上げより、安心して長期投資ができるよう恒久化を優先してほしいです。

制度の拡充は大事ですが、既存制度の利便性を高めることも必要。例えば、iDeCo(個人型確定拠出年金)は申し込みから口座開設まで2カ月程度かかり、変更手続きに「紙」の書類を郵送するものも多く、手間も時間もかかりすぎます。オンライン化を進めていますが、スピード感が必要です。

2022年5月18日 7:33

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鈴木亘
学習院大学経済学部 教授
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分析・考察

世界はコロナを乗り越える決断を行い、ロシアのウクライナ侵攻を機に、戦後を支えた安全保障体制も根底から変わりつつある。

歴史的なエネルギー価格の高騰、インフレの進行。このような歴史的な転換点において、既視感の強い政策と漸進主義の政治手法は、これからの日本をどうするのかという点に関して、何の答えにもなっていない。

骨太方針がまったく国民の心に刺さらない理由はここにある。国民が知りたいのは、コロナ対策やエネルギー政策、財政再建などにどのように大きな決断をするかである。骨太方針よりも、コロナ克服こそが最大の経済対策だ。まずは、マスクを取り、海外の観光客を受け入れ、自粛ムードを振り払う覚悟をきめてはどうか。

2022年5月18日 8:40 (2022年5月18日 8:43更新)

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為末大
元陸上選手/Deportare Partners代表
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別の視点

戦略は様々にあると思うのですが、その前にきちんと現状を認識する必要があると思います。

本当はもう勝ち目がないと皆が薄々察していることでも、誰も言い出せず続けられているということがとても多いと感じます。

国民一人一人が都合の悪い情報が出たとしても政治のせいにせず自分たちのこととして受け止めて、その上で適切な戦略を立て実行できる政治家を応援していくようにならなければ、結局変わらないと感じています。現実を直視した上で諦めず勝ち筋を考える力が一人一人に求められています。

2022年5月18日 8:08 (2022年5月18日 8:09更新)

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田村正之
日本経済新聞社 編集委員
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分析・考察

記事にもあるように英国のISAの発展の大きな理由は、当初は時限措置だったものが恒久化され、上限額も引き上げられたことでした。NISAも早期の恒久化が望まれます。
もう一つ、1980年代は今の日本と株式・投信の保有比率が変わらなかった米国で投資が広がったのは企業型確定拠出年金(401K)の普及です。

米国の拠出限度額は年に約260万円。日本の企業型(確定給付年金がない会社で66万円)はあまりに低すぎます。こちらも枠の拡大に加え、デフォルト(当初設定商品)から預貯金など元本確保ををなくして株式投信に誘導することが重要です。

2022年5月18日 8:02

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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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ひとこと解説

小泉郵政民営化、アベノミクスはどういうレガシーを残してくれたのか。

郵政がサービスだとすれば、そのサービスは向上したとは言い難い。

アベノミクスにより景気がよくなったというよりも、日銀の異次元の金融緩和のおかげ。しかし、これからそのつけを払わないといけない。

今度は新資本主義?貯蓄から投資といわれても、日本にはその土壌ができていない。コツコツと働いて、地味な生活をして、些細な幸せを味わえば、それで十分に満足するのは日本人国民性。歴代総理はそれぞれの思い付きで何かをやろうとしても、真面目に生活している庶民は翻弄されているだけではないか。もう少し真剣に議論したほうがいいのでは

2022年5月18日 7:19 』