「デジタルドル」出遅れ懸念 FRB、実現へ世論喚起
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『米連邦準備理事会(FRB)が「デジタルドル」の実現を見据え、じわりと前進し始めた。20日公表した報告書では想定される利点や課題を示し、一般からの意見公募や討論会を実施する方針を示した。民間デジタル通貨の普及や中国の発行計画が進むなか、米国が法定通貨ドルのデジタル化に出遅れれば世界の基軸通貨としての地位が揺らぎかねないとの焦りがにじむ。
中央銀行が発行するデジタル通貨はCBDCと呼ばれる。スマートフォンなどを使って決済や送金できる点は民間の電子マネーと同じだが、国が発行する通貨のため「いつでも、どこでも、誰でも使える」といった要件を満たす必要がある。
報告書ではデジタルドルが「決済システムの新たな基盤や、異なる決済サービス間の橋渡し役になりうる」と指摘した。民間デジタル通貨は利用できる店などが限られる場合がある。どこでも使えるCBDCが間に入ることで民間のデジタル通貨の利便性も上がり、技術革新を促進できるという発想だ。低所得層の金融サービスの利用機会拡大や国際送金の利便性向上といった利点も挙げた。
一方、報告書では実現に向けた課題やハードルも列挙した。
CBDCの利便性が高ければ銀行預金から資金がシフトする可能性がある。預金を融資などの原資とする銀行にとっては資金調達コストの上昇につながり、金融仲介機能の低下を招きかねない。ほかにも利用者のプライバシー保護や、マネーロンダリング(資金洗浄)など犯罪への利用防止、サイバー攻撃への対処など越えるべき壁はいくつもある。
それでもFRBが検討を進めるのは「通貨」をめぐる国内外の環境が急速に変化しているためだ。顕著なのが、法定通貨などを裏付けに発行することで値動きを安定させた仮想通貨ステーブルコインの市場膨張だ。コインマーケットキャップによれば、市場規模は1年前比約5倍の1600億ドル強になった。
FRBは「ステーブルコインの裏付け資産には価格が毀損しやすいものや流動性が低いものがある」とみて市場を通じた金融システムへの影響を懸念する。保有資産を担保にステーブルコインを借りたり、利回りと引き換えに同コインを貸し出すサービスを金融機関を介さずに提供する「DeFi(分散型金融)」の市場規模は1年前比約3倍の920億ドルを超えるまでに成長している。
金融機関も法人分野を中心にデジタル化を進める。米JPモルガン・チェースは2020年にデジタル通貨「JPMコイン」を実用化した。企業がブロックチェーン上でJPMコインを利用して国際決済・送金をできるようにした。米ウェルズ・ファーゴも同行内の口座間で資金を移動させられる「デジタルキャッシュ」を発行済みだ。
19年に米メタ(旧フェイスブック)が公表したデジタル通貨「リブラ(現ディエム)」の発行計画に対しては、国をまたぐ野放図な拡大を警戒した各国当局による包囲網を敷いた。だが「類似の試みは今後も出てくる」(国際金融筋)との見方が多く、国家が関与しない通貨圏の拡大は現実的な脅威になっている。
中国政府が「デジタル人民元」の開発を進めていることも米国が危機感を強める一因だ。22年の正式発行を目指し、国内での流通だけでなく他国との貿易決済や国際送金などへの展開も視野に入れる。欧州中央銀行(ECB)など他の中銀も準備を本格化させている。
日銀は現時点で具体的な発行計画を出していないが「発行しないことも大きなリスクになってきている」(関係者)として、世論や政府から導入を求める声が強まれば速やかに対応できるよう準備を進めている。
米国は覇権通貨ドルを抱え、世界中でドルが流通することで米国の個人、企業、政府が取引や借り入れにかかるコストを低く抑えられている面がある。敵対国のドル取引を絞るなど金融制裁にもドルの力を使っている。
FRBの報告書では、各国政府がデジタル通貨の開発・検討を進めるなか「これらのCBDCがドルよりも魅力的であれば、世界的にドルの使用が減少する可能性がある」と指摘した。米国もCBDCを発行することで「ドルの国際的な役割を維持するのに役立つかもしれない」としている。
FRB内では執行部メンバーのなかでも温度差があり、これまで慎重に検討する姿勢を貫いてきた。ただ、推進派のブレイナード理事がバイデン大統領から副議長昇格の指名を受け、現在は米上院の承認待ちになっている。ブレイナード氏が軸となり、CBDCの検討に加速感が出てくるかが焦点になる。
報告書では4カ月後の5月20日まで一般から意見を募るとしたが、ほかの具体的なスケジュール感は示さなかった。国民世論の盛り上がりを含め、実現には見極めるべき点もなお多い。(ニューヨーク=斉藤雄太、フィンテックエディター 関口慶太、南毅郎)』