FRB、「デジタルドル」で初の報告書 利害を意見公募へ
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN070810X01C21A0000000/

『【ニューヨーク=斉藤雄太】米連邦準備理事会(FRB)は20日、中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する初の報告書を公表した。実現すれば個人や企業に安全な電子決済手段を提供できる半面、金融システムの安定やプライバシーの保護など課題も多いと指摘した。中国などで準備が先行し、民間のデジタル通貨も台頭するなか、基軸通貨を抱える米国も「デジタルドル」の検討を慎重に進める。
FRBは報告書の目的について「CBDCの潜在的な利点とリスクについて幅広く、透明性の高い対話を促進するためのものだ」と説明。「FRBによる発行の妥当性の決定が差し迫っていることを示唆するものではない」とも強調し、検討にはなお時間を要するとの考えも示した。
CBDCの利点やリスクなどに関する20以上の具体的な質問事項も用意し、5月20日までの4カ月間、一般から広く意見を募る。パウエル議長は声明で「一般市民や選ばれた代表者、広範な利害関係者との対話を楽しみにしている」と述べた。
報告書では、米国でCBDCを発行する場合の前提として「家計や企業などの経済主体にとってあらゆるコストやリスクを上回る利益をもたらす」ことを挙げた。現金や民間のデジタル通貨など現状の決済手段に置き換わるものではなく、補完するものになるとも指摘。主要な利害関係者から幅広い支持を得られることも必須とした。
発行した場合に想定される利点では、安全で信頼性の高い中銀発行の通貨がデジタル形式で流通することで、既存・新規の決済サービスの基盤になる可能性を挙げた。誰でも金融サービスにアクセスできる「金融包摂」に役立ちうるとも指摘。米国では約5%の世帯が銀行口座を持たず、その多くは低所得層とみられる。デジタル通貨は銀行口座を持たない人でもスマートフォンなどの機器を通じて電子的にお金をやり取りするため、支払いや送金といった金融サービスを利用できる人の裾野が広がる。
国際送金をより早く、低コストで実現するなど国境を越えた決済の利便性向上につながりうる点も指摘した。さらに覇権通貨ドルの地位を保つ重要性にも触れた。他国で利便性の高いCBDCが生まれれば、世界的にドルの利用が細り、ドルの国際通貨の役割が低下する可能性もあるとした。
一方、課題としては便利なCBDCが流通することで既存の銀行預金から資金がシフトし、銀行の資金調達コストが上がることで金融仲介機能が低下しうる点を挙げた。利用者のプライバシーの保護や、マネーロンダリング(資金洗浄)などの犯罪防止も重要になる。サイバー攻撃への対処など安全面でのハードルも高い。
FRBが慎重ながらもCBDC研究を進めるのは官民でデジタル通貨の開発競争が活発になっているためだ。中国人民銀行(中銀)は北京冬季五輪での実験や法整備などを経て、2022年中にもデジタル人民元を正式発行する方針だ。欧州中央銀行(ECB)は昨年、デジタルユーロの発行に向けて2年間の調査を進めると表明した。日銀もシステム上で資金移動が円滑にできるかを確かめる実証実験を始めている。
ドルなどの法定通貨や金融資産を裏付けに価格の安定をめざす「ステーブルコイン」やビットコインといった暗号資産(仮想通貨)の取引も急速に伸びている。こうした通貨・決済をめぐる急激な環境変化がFRBの背中を押している。
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楠正憲
デジタル庁統括官 デジタル社会共通機能担当
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前のめりでの市中実証が進む中国、着実に研究成果を発表してきた日欧に対して長らく米FRBはCBDCへの態度を明らかにしていませんでした。
これはCBDCを取り巻く議論が中央銀行による電子マネーの発行というよりは、米国の軍事力と経済力を背景としたドル基軸通貨体制の次を模索する営みだったからです。
米国の背中を窺い覇権を狙う中国、多国間の国際金融秩序を打ち立てたい日欧に対して、米国はより難しい立場に立たされていました。今のところ消費者向けCBDCが必要か定かではありませんが、越境決済の高度化や、キャッシュレスに取り残された人々にどう手を差し伸べるかは大きな課題です。
FRBによるレポート本文はこちら
https://www.federalreserve.gov/publications/files/money-and-payments-20220120.pdf
2022年1月21日 7:54 (2022年1月21日 7:56更新)
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伊藤さゆり
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究理事
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昨年10月に2年間の調査段階に入ったデジタル・ユーロ。
今月18日の閣僚理事会で承認されたユーロ圏の経済政策に関わる文書には、欧州委員会が導入に必要な法整備に係る提案を行う方針であることが記載されています。
デジタルユーロ導入のベネフィットとして、経済のデジタル化の支援、リテール決済のイノベーションの促進に加えて、ユーロの国際化、そしてEUの最近のキーワードとなっている「戦略的自立」にも貢献することを挙げています。
導入を前提とした議論が前進しているように思います。
2022年1月21日 7:42 (2022年1月21日 9:21更新)
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上野泰也
みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト
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ひとこと解説
FRBによる今回の中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する報告書は、メリットとデメリットの両論を併記した上で、一般から意見を求める体裁である。
これは、FRB内部にこの問題について温度差があることの表れでもある。
仮に、個人がFRBに直接口座を保有する形になりそれが普及すれば、マイナス金利の適用を含め、金融政策の「切れ味」は格段に良くなる。
だが、そうしたCBDCは民業を圧迫する可能性が高い上に、個人情報保護の観点から問題含みである。
中国やユーロ圏などの動きもにらみつつ、米国はそろりそろりと対応を進めていくのだろう。結局、今回の報告書にもある通り、CBDCはあくまで「補完」的な存在にとどまるとみる。
2022年1月21日 8:20
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蛯原健
リブライトパートナーズ 代表パートナー
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今後の展望
FRB副議長であり昨年の人事では議長候補として有力視されていたブレイナード氏はデジタルドルの実現は「急務」であると複数回に渡り公言している。
理由としてはこの分野における中国との競争を挙げている。内部で議論があるのは当然であろうし、このような慎重な物言いは同局の対話方式の伝統にて、それは意訳するに積極的に検討研究をしているとも解釈できるのではなかろうか。
いずれにせよ時間軸の問題であってフィアット通貨のDXたるCBDCはいずれは米国含めて各国で実現していくと考えるのが論理必然ではなかろうか。
2022年1月21日 7:49
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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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分析・考察
民主主義の国では、ルールが決まるまで、走っていけない。
それに対して、中国では、ルールよりも、とにかく転んでもいいが走る。だから中国はさきがけでデジタル人民元を実験している。
FRBが心配しているのは、金融システムの安定性やプライバシーの保護であるが、おそらく中国人民銀行が一番心配するのはキャピタルフライトではないだろうか。
中国のデジタル人民元のスキームは簡単に越境できないものにするだろう。
なお、プライバシー侵害云々について、贈収賄を撲滅できるという論法で一部の人民の支持を得ることができるはず
2022年1月21日 7:48 』