労働者襲う新たな産業革命 デジタルの富、社会に広く パクスなき世界 繰り返さぬために(2)

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『あなたは進歩を歓迎しますか――。

「壊滅的な打撃だ」。英西部ウェールズのスケーツ経済相は危機感をあらわにした。約40年にわたって地域経済を支えてきた米フォード・モーターのエンジン製造拠点、ブリジェンド工場が2020年9月に閉鎖になったときのことだ。

【前回記事】
酷似する危機の予兆 豊かさ90年ぶり低迷

18世紀後半から始まった産業革命。ウェールズは産炭地としてエネルギー供給で貢献した。フォードは100年前に世界初の量産車を世に出した20世紀を代表する…

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フォードは100年前に世界初の量産車を世に出した20世紀を代表する企業だ。産業構造の転換期、ともに岐路に立つ。

大量生産を通じ物質的な豊かさをもたらした製造業は、社会の安定と繁栄を支える力を失いつつある。英国では1960~70年代に雇用全体の3割近くを占めたのが近年は1割未満だ。

グローバル化やデジタル化、そして脱炭素。次々起こる変化に企業は揺れる。19世紀後半に生まれた内燃機関で動く車は電動化の潮流にもまれる。エンジン生産の見直しは世界の自動車業界が向き合う課題だ。

かつての産業革命も世界のありようを根本から変えた。繊維産業から始まった機械化は生産性を劇的に向上させ、経済成長をもたらした。激しい変化ゆえに「痛み」も大きかった。手工業で生計を立てていた働き手は自らの技能が役に立たなくなる苦境に直面。中程度の賃金の仕事は減り、富は工場経営者に集中して格差が拡大した。

18世紀後半から始まった産業革命は経済成長をもたらした一方で、労働者に「痛み」を強いた=ゲッティ共同

英オックスフォード大のカール・フレイ氏は庶民が工業化の恩恵を享受するまで「70年を要した」と話す。当時の労働者の苦悩を調べ、栄養状態の悪化で1850年に生まれた人の身長は1760年生まれの人より低い傾向にあったと指摘した。

社会が不安定になった19世紀の英国では「ラッダイト」と呼ばれる機械破壊運動が起きた。それでも政府などは労働者の不満を押さえ込み技術を採用。英国は競争力を高め覇権国家になった。

現代もヒトに置き換わる技術が広がる。調査会社リサーチ・アンド・マーケッツの予測では、産業用ロボットの市場は27年に1017億ドル(約11兆円)と20年の2.3倍に膨らむ。人工知能(AI)の進化もめざましい。

価値の源泉がモノからデータやソフトウエアに移り、「GAFA」に代表されるIT(情報技術)企業が力を握る時代。労働者は勤勉さでは評価されず、優れた頭脳とスキルをもつ一握りの人材が「高評価」を得る。

生み出す付加価値の差は賃金に反映される。米労働省の19年の統計によるとコンピューター・情報関連の職種の年収(中央値)が8万8千ドルにのぼるのに対し、製造部門の職種は半分以下の3万6千ドルと大差がついた。

激動期、労働者の痛みがいつ収束するかは見えない。だが技術の進歩を拒んだ国家や社会は衰退の道をたどる。

自動車産業の黎明(れいめい)期を引っ張った欧州。業界団体や独フォルクスワーゲン(VW)などの企業、有力大学は産業競争力に加え、「経済的・社会的責任を果たすため、労働力の再教育に多大な投資が必要」との考えで一致した。毎年労働者の5%にデジタル関連などのスキルを習得してもらう投資を始める。数年で対象は70万人、総額70億ユーロ(約9100億円)との試算もある。

富を社会に広く行き渡らせることができない「勝者総取り」のゲームはどこかで行き詰まる。個々人のスキルを21世紀仕様に高めつつ、誰もがデジタル革命の恩恵を享受できるような枠組みをどう構築していくか。政府や企業の知恵が問われている。

「パクスなき世界」第5部
(1)酷似する危機の予兆 豊かさ90年ぶり低迷

格差と不平等が常態となり、富の再配分が弱まった社会はもろい。公共心や他者への寛容さを失い、異質なものを安易に排斥するムードが漂う…続きを読む

「パクスなき世界」第1部~第4部を読む

不連続の未来へ 「パクスなき世界」第1部まとめ https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63110190X20C20A8000000/?n_cid=DSREA001

世界は変わった。新型コロナウイルスの危機は格差の拡大や民主主義の動揺といった世界の矛盾をあぶり出した。経済の停滞や人口減、大国…第1部まとめを読む
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自由のパラドックス 「パクスなき世界」第2部まとめ https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65020570V11C20A0EA8000/?n_cid=DSREA001

民主主義が衰えている。約30年前、旧ソ連との冷戦に勝利した米国は自国第一に傾き、自由と民主主義の旗手の座を退いた。かつて自由を希求…第2部まとめを読む
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大断層の先に目を凝らす 「パクスなき世界」第3部まとめ https://www.nikkei.com/article/DGXMZO67368890W0A211C2EA8000/?n_cid=DSREA001

新型コロナウイルスの危機は低成長や富の偏在といった矛盾を広げ、世界に埋めがたい深い断層を刻んだ。過去の発想で未来は描けない…第3部まとめを読む
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いまは夜明け前 「パクスなき世界」第4部まとめ https://www.nikkei.com/article/DGXZQODF108JQ0Q1A210C2000000/?n_cid=DSREA001

持つ者と持たざる者の差が開き、世界を切り裂く「K字」の傷。衰える米国と、力を増す中国。豊かさが行き渡らず、人の声に耳を傾けない不寛容…第4部まとめを読む
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パクスなき世界へ https://www.nikkei.com/theme/?dw=20081701&n_cid=DSBNPAX

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岩間陽子
政策研究大学院大学 政策研究科 教授
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分析・考察 イギリスは幸い、上からと下からの改革主義が結びついて、選挙権を拡大し、労働組合の声を政党が吸い上げ、既存の体制を改革して乗り切ることができました。しかし同時期、フランスを発端にヨーロッパ中をくりかえし革命の波が襲い、最終的にはロシアで共産革命が起こります。都市労働者層の増大に、政治が対応しきれなかったからです。20世紀に入り、社会民主主義が議会制度の中で、労働組合の声を政治に反映し、労働者の生活を改善していく方法が見出されました。しかし今、産業構造の激変により、労組が衰退し、社会民主党が力を失っています。底辺の人々の声を吸い上げる新しい仕組みが見出されなければ、再び政治の大変動がやってきます。

2021年4月1日 2:19いいね
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鈴木一人のアバター
鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授
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別の視点 技術は進歩しても、人間社会はすぐに劇的に変化するわけではない。貧富の格差による生活苦だけでなく、感情的な反発が人種差別やヘイトクライムにつながるというのも過去に繰り返されてきたこと。こうした問題を解決していくのが技術ではなくガバナンス。しばしば貧富の格差を覆い隠すためにナショナリズムに訴え、他国民に対しての優越感でごまかすということもなされてきたが、今もまさに同じようなことが起こりつつある。技術の進歩により生まれた格差を埋めていくには政治的な再分配と、技術がカバーできない分野に雇用を生み出すこと。それを支えるガバナンスのイノベーションが求められている。

2021年3月31日 19:41いいね
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