https://www.nikkei.com/article/DGXZQODE228X30S0A221C2000000
『1989年11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)発足を巡り、外務省と通商産業省(現経済産業省)が水面下で対立していたことが23日公開の外交文書で分かった。APEC創設へ旗を振った通産省に対し、外務省は「(日本が太平洋戦争で掲げた)大東亜共栄圏に類似の構想を日本が画策し始めたとの無用の疑惑を招く危険が極めて大」と批判的だった。
APEC創設は89年1月にオーストラリアのホーク首相が提唱し、動きが本格化した。米国を含めた地域経済協力を図る閣僚会議の必要性を認識していた通産省が連携し、アジア各国歴訪など積極的な活動を展開した。
一方、外務省は通産省のアジア歴訪に対して懸念を訴えた。「アジア・太平洋協力問題」と題した秘密の対処方針によると、(1)経済ブロック化との印象を与えないよう十分配慮(2)米国およびカナダを加える(3)東南アジア諸国連合(ASEAN)を尊重―などを挙げた。
在外公館が「通産省の構想をつぶす」よう訓令を受けていたことも別の文書で判明。態度を明確にしていなかった米国がAPEC創設に賛同したのをきっかけに外務省も支持に回ったとされる。
同志社大の大矢根聡教授は「外務、通産両省の対立が文書で公表されたのは初めて。価値は大きい」と分析。「外務省が大東亜共栄圏構想との関連付けを懸念するなど、対日不信をこの時期も意識していたのは興味深い」と説明する。
通商企画官として関わった豊田正和元経産審議官は取材に「当初、外務省本省は省益を巡る議論と捉えたようだが、通産省の動きに賛成する大使や職員も少なくなかった」と振り返る。国際会合増加に伴いAPECの存在感が低下していると指摘しつつ「それを認識しながら有効活用することが重要だ」と提言した。〔共同〕』