[FT]香港で進む「再植民地化」

[FT]香港で進む「再植民地化」
中国「西側との闘争」意識
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66304660X11C20A1TCR000/

『1997年7月1日未明、香港の中国への返還式典を終えたチャールズ英皇太子は、早期退役が決まっていた英国王室のヨット「ブリタニア号」で香港を後にしながら、同地の150年を超える植民地統治の後に迎えた英国の帝国としての象徴的な最期を嘆いた。「植民地化について現代においてどのような考えがあろうとも、香港はそれをどう良く行うべきかを示した顕著な模範例だった」と船上で日誌に記した。

香港市民に愛国心を持つように促す動きも強まっている(10月1日、香港で開かれた国慶節の行事で中国国旗を掲揚する香港警察の要員)=ロイター

英国の影響力低下鮮明に

世界帝国としての英国はこの日よりはるか前に終わっていた。だが様々な観点からみて、香港の脱植民地化が本当の意味で実現したのは、中国政府が香港でのあらゆる形の反政府活動を事実上違法とする香港国家安全維持法を一方的に制定した今夏だったといえる。

同法の短期的な目的は89年の天安門事件以降、中国で発生した最大の混乱となった香港の民主化運動の鎮圧で、これはほぼ達成した。それに伴って世界的な金融センターとしての香港が受ける打撃の大きさを測ることは難しいが、甚大なものになるだろう。

このタイミングでの中国政府による香港の脱植民地化、または中国政府による香港の再植民地化という方が的確かもしれない動きは、英国の世界での地位が低下したことを浮き彫りにしている。中国共産党は(同法の制定により)返還後の少なくとも50年間は香港の高度な自治を認めると約束した84年の中英共同宣言を守る気がさらさらないことを明確にした。

香港の旧宗主国に対する今回の中国の侮蔑的な姿勢を巡る最も重要な点は、勢力を伸ばしつつある共産党が自国を世界においてどのような大国にしたいと考えているか読み取れることにある。

時代錯誤で尊大との批判を受けがちなチャールズ皇太子ではあるが、英国が香港の繁栄に果たした役割に関する指摘は正しい。第28代にして最後の英国の香港総督だったクリス・パッテン氏の言葉を借りれば、英国は、大半が中国大陸からの移民だった香港の人々が成功するために必要な足場となる清廉な政府と法の支配、言論の自由をもたらした。

強まる中国政府の締め付け
だが中国政府は、まさにこれこそがこの1年半にわたる混乱の原因と考えた。以前は自由な報道が許された報道機関は、広範であいまいな条項が並ぶ香港国家安全維持法のもとで、定義があやふやな「外国勢力との結託」などの犯罪の「扇動」にあたっているとの疑いをかけられている。

中国共産党幹部は香港国家安全維持法について、香港の頭上につり下げられた「鋭い剣」と説明している。それは現地の教育制度に「母国への愛」を若年層の心に植え付けるように求めている。

比較的独立性が高かった裁判所への政治による締め付けも強まっている。中国政府とその工作員は敵対的とみなした勢力を追い詰める姿勢で、「信頼できない」とされた裁判官が閑職に追いやられている。

香港政府は9月に予定されていた立法会(議会)選挙を延期し、今月11日には民主派の4議員の議員資格を剥奪した。林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は9月に、香港は司法、行政、立法が相互に抑制し合う「三権分立」が存在していないと発言し、混乱を招いた。

立法会は中国政府の言いなりになっている。ある立法会議員は「今でも踊りに行けるし、競馬にも行ける。自分でイノベーション(技術革新)も起こせるし(商売の)取引もできる。とにかく(処罰対象となる政治的な動きに)関わらないことだ」と語った。

アリババ集団傘下の金融会社、アント・グループは3日、香港と上海で計画していた新規株式公開(IPO)を延期すると発表した。実施されれば世界最大規模のIPOになるはずだった。これによって一部の金融関係者の間で出ていた「香港は何も変わっていない」という楽観論が吹き飛んだ。

西側との思想的闘争の渦中に
香港にもたらされた一連の劇的な変化は、中国の最高指導者である習近平(シー・ジンピン)国家主席が「極めて悪意に満ちた西側の」自由主義と民主主義に対して自国が壮絶な思想的闘争を繰り広げていると本当に信じていることを示している。

旧宗主国の英国では香港を大きな繁栄に導いた要因と考えられていることでも、習氏の中国共産党にとってはそれを潰すことが理にかなっているのだ。

だが、英国の影響が残る香港の現実は変わっていない。中国への返還から20年以上たった現在でも、香港政府は英国で研修を受けた官僚たちによって運営されている。

資本の流れの大半は外国の金融機関が支配している。香港中心部で有数の地主となっているのは(香港の植民地支配をもたらした19世紀前半のアヘン戦争の引き金になった)アヘンの取引にも手を染めていたことがある(英国系財閥の)ジャーディン・マセソンだ。

こうした現実に加え、地元や海外のメディアは決まって批判的な論調を展開してきた。昨年には市民が街頭で公然と反抗姿勢を示した。中国政府がなぜ香港の再植民地化を進める時機が到来したと判断したのか理解するのは難くない。

毛沢東氏の時代の中国共産党はかつて「革命輸出路線」を打ち出していた。現在の共産党は、独自の民族主義的で権威主義的な統治が脅かされない世界にしようとしているだけなのだろう。

10月初旬、ロンドンの中国大使館前で十数人のデモ参加者が中国国旗を燃やす事件があった。中国共産党の幹部は事件について、香港国家安全維持法違反の疑いがある「国家分裂と反逆の忌まわしい行為だ」と非難した。

同法は地球上のどこでなされた「犯罪」についても適用されると明記している。在英中国大使館は英国当局に対し、犯人が早期に司法手続きにかけられる」よう求めた。(香港の中国への主権返還が終わって)チャールズ皇太子がブリタニア号で香港の港を去ってから25年もたたないうちに、中国は英国の本土に(統治権の一部である)自国の裁判権を及ぼそうとしている。

By Jamil Anderlini

(2020年11月12日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)』