https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61442900T10C20A7000000/
『欧州のバルカン諸国で政府の新型コロナウイルスへの対応をめぐり、人々の不満が高まっている。ロックダウン(都市封鎖)の継続、検査の不足、不十分な医療体制に対する不安の高まりが背景にある。
当初は感染抑制が比較的うまくいっていたセルビアでも先週、政府への抗議デモが暴動に発展した。コソボでは新たな連立政権が感染の急拡大に直面している。セルビアの抗議デモは週末も続いた。
北マケドニアやボスニア・ヘルツェゴビナなど他のバルカン諸国でも感染が拡大しており、対応の誤りや不公平な扱いなどが問題視されている。
3月初旬にイタリアでの深刻な新型コロナ感染拡大が伝えられた時、セルビア政府当局は「たわいもないウイルス」と笑い飛ばしていた。だが、その後、セルビアは欧州諸国で最も厳格なロックダウンを実施することになった。
■セルビア、コロナ禍中に選挙
5月下旬、その厳しい制限が突如として全面解除された。その数週間後、大半の野党がボイコットするなかで実施された議会選挙で、ブチッチ大統領率いる保守与党のセルビア進歩党が65%に迫る得票率で勝利した。
セルビアの首都ベオグラードでは新たな封鎖措置が発表されたことを受けて、7日、抗議デモが始まった。セルビア進歩党の祝賀会後に複数の党幹部のコロナ感染が判明するなか、様々な政治的立場の人がデモに参加し政府の「偽善」を糾弾した。人々の怒りは新たな封鎖措置よりも、人命を危険にさらして選挙を強行したことに向けられていると、識者らは指摘する。
「ブチッチ氏はセルビアを多党制から一党制に引き戻すことに執心し、実現した」と、グラーツ大学(オーストリア)南東欧州研究センターのマルコ・クメジッチ上級研究員は言う。「今、不満のはけ口となるのは街頭デモだけだ」
デモ隊と警察が衝突した連夜の暴動騒ぎと一線を画すべく、9日のデモ参加者はソーシャルディスタンスを取って座り込みに打って出た。このデモには、新型コロナ感染者の診療拠点となっているベオグラードの病院のスタッフも加わった。セルビアでは1万8000人超の感染者と380人の死者が公式報告されている。
だが、バルカン諸国で調査報道に携わるジャーナリストの団体は、セルビア政府は死亡者数を過少報告していると告発した。ブチッチ氏はこれを「不正確」なデータだと退けたが、セルビア政府の危機管理チームを率いるプレドラグ・コン氏は先日、公式発表されている検査人数は「つじつまが合わない」と認めた。
7日、地元のメディアに体験談を語ったセルビア人男性のペタル・ジュリッチさんは、反政府派の象徴になった。新型コロナに感染した父親が人工呼吸器を使えないまま亡くなったが、新型コロナによる死亡と認定されなかったと訴えたのだ。
翌日、ブチッチ大統領は、ジュリッチさんの証言を嘘だと非難し、政府寄りのタブロイド各紙は一斉にジュリッチさんをやり玉に挙げる記事を掲載した。ブチッチ氏は翌日の記者会見で、抗議デモには外国の情報機関や陰謀論者、反ワクチン運動の活動家が絡んでいると主張した。一方で、一部のデモ参加者は、ブチッチ氏に忠実なフーリガン(サッカー場で騒ぎを起こす人たち)が暴力を扇動して普通の人々を追い出そうとしていると訴えた。
■コソボでは渦中に政権公開
コソボではコロナ禍の最中に政権が交代し、感染者が急増するという事態に人々の怒りが高まっている。
同国では感染が急増する直前の2月、反汚職を掲げたアルビン・クルティ氏の率いる新政権が発足し、当初はコロナ禍に適切に対処しているとみられていた。ところが、2008年に宣言されたコソボ独立を今も承認していないセルビアとの交渉方針をめぐり、クルティ首相は評価の高かった保健相とともに就任から52日にして辞任に追い込まれた。
新首相には、直近の選挙で首相候補として立っていなかったコソボ民主同盟(LDK)のアブドゥラ・ホティ氏が選出された。
コソボの首都プリシュティナを活動拠点とする政治アナリストのドニカ・エミニ氏は、新たなLDK政権はコロナに対応する「備えがなかった」と話す。「適切な戦略がないまま対応を進めて、市民を混乱させた」
12日現在、コソボでは4700人の新型コロナ感染と101人の死亡が報告されている。だが症状が表れているのに公立病院に検査を拒まれたという声が多数出ている。アナリストのエミニ氏もその一人だ。彼女は、コソボでの感染拡大を受けて国境が閉鎖される前に、隣国の北マケドニアで検査を受けようと考えていた。感染拡大の責任は政府の対応のまずさにあるとの見方が広がっているという。
■医療機器の調達で不正
「医療システムの公共調達は常に腐敗の温床」であり、コロナ禍のなかでは、病院の医療機器の不調による患者の死につながっているという。
近隣のボスニア・ヘルツェゴビナでは、医療機器購入の実績のないラズベリー農園所有会社が中国からの人工呼吸器輸入取引の入札を勝ち取った経緯について、検察当局が調査を始めた。
ボスニアでは6700人超の感染、219人の死亡が報告されている。他のバルカン諸国と同様、ここ数週間で数字は大きく増えている。
By Valerie Hopkins
(2020年7月12日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)』