ここまで強いかファーウェイ 米中分離後の世界

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61020530R00C20A7000000/

『これから世界は「梅雨」の季節に入るだろう――。アナリストを経て現在は東京理科大学大学院経営学研究科教授の若林秀樹氏は、米中対立が長期化すると予想する。現時点では平和的に対立を解消できる見込みが薄く、短期間に決着がつく様子もない。この対立は自由貿易などの基礎である「国際協調体制にショックを与える可能性がある」と同氏は言う。』
『英調査会社オムディアのコンサルティング・シニアディレクターの南川明氏も、かつての米ソ冷戦を引き合いに出して「第2の対共産圏輸出統制委員会(COCOM)規制の様相を呈する可能性がある」と述べた。その象徴が、ファーウェイやその子会社などが記載された「禁輸対象リスト(エンティティーリスト)」である。

米商務省は安全保障などに懸念がある企業を同リストに記しており、米企業は事実上、指定企業に製品提供・技術開示ができない。米国外の製品でも、米国由来の技術を一定の割合以上含めば抵触する。』
『特に5G基地局のシェアで世界トップ、スマートフォンでも世界2位のファーウェイに対しては、米国政府が本気で潰しに来ている姿勢がみえる。それが表れたのが、ファーウェイ傘下の半導体設計会社、海思半導体(ハイシリコン)の高性能な半導体チップを受託製造する台湾積体電路製造(TSMC)に対して、同社との取引をやめるように圧力をかけたことだ。』
『さらに、半導体設計支援ツール「EDA」大手の米シノプシス、米ケイデンス・デザイン・システムズなどにもエンティティーリストに記載された企業とは取引しないよう圧力をかけたもようである。半導体開発の最上流から息の根を止めようという算段だ。

さらに「現状は半導体を手掛けるファブレスメーカーがEDAツールを購入しているため、そこにハイシリコン社員が常駐すればツールを利用できてしまう。こうした抜け道も潰していくだろう」(南川氏)』
『米国政府の強硬姿勢は、2020年の大統領選挙で仮に民主党に政権が移行しても変わらない、と識者はみる。若林氏は「中国に対する圧力はオバマ前大統領の時代から続いている」、南川氏は「こうした動きは米通商代表部が主導している。かつての日米貿易摩擦の際は、政党が変わっても10年続いた」としている。』
『それでも、米国政府がもくろむようにファーウェイを弱体化させられるかといえば、話はそう単純ではない。若林氏は、5G関連技術については「ファーウェイ抜きでは標準化などの話が進まないのではないだろうか」と指摘する。

実際、ファーウェイは多くの標準化団体や業界アライアンスなどに所属しており、「(5G関連以外も含めて)その数は360以上、要職に就いている団体が300以上ある」(若林氏)

特許については、「19年3月時点で、5G標準必須特許を15.1%握る」(ニッセイ基礎研究所経済研究部上席研究員の三尾幸吉郎氏)』
『その力の源泉は研究開発(R&D)にある。「(5G関連技術以外を含むが)全従業員の45%、約8万人がR&Dに従事している。基礎研究に1.5万人、うち博士が6000人近くいる。19年は売上高の15%の約2兆500億円をR&D費用に回した」(若林氏)

つまり、ファーウェイを業界から排除し過ぎると、米国の5G、そして次世代の6Gの開発に遅れが生じてしまう可能性がある。

そこで米国ではファーウェイに対して制限をかけるだけでなく、一部で協調しようとする動きもみられる。例えば6月15日、標準化活動に限った米国企業とファーウェイの協業許可を発表している。米国は先端技術の開発競争のために、「制限と協調」を使い分けている。』
『それでは米中対立が長期化し、「国際協調」が揺らぐと、どのような問題が世界経済に発生するのだろうか。まず影響を受けるのが、製造業のサプライチェーンである。

南川氏は「(米国やその同盟国を中心に)中国にある工場の2~3割を自国に戻そうとするのではないか。『世界の工場』である中国に安価な賃金を求めた時代から変化の兆しがみられる」とする。』
『こうした「水平分業(生産地)の見直し」の動きは、結果的にコスト上昇を招く。モルガン・スタンレーMUFG証券シニアアドバイザーのロバート・アラン・フェルドマン氏はこの影響として「さまざまな製品でインフレが発生するだろう」と話す。

一例として、トランプ米大統領の支持者向けに生産された帽子を引き合いに出した。「製品の価格は米国製が25ドル、中国製が20ドルだった。この帽子のように自国生産することで価格が25%も上昇するかは分からないが、対立が続けば、あらゆる製品の価格が上がる可能性もある」(同氏)

もうすでに、企業活動で変化していることがあるという。各企業が保有する在庫量だ。「(米中対立と新型コロナウイルス禍を通して)完成品メーカー、部品メーカー、商社などが製品・部品などの在庫を抱えるようになった」(若林氏)。これまでは在庫を減らしてコスト効率を高めるのが是だったが、その常識が変わり、企業は難しいかじ取りを強いられている。』
『米中対立の日本企業への影響はどうか。複数の識者がソニーの名前を挙げた。最先端技術を詰め込み、世界で5割超のシェアを握るCMOS(相補性金属酸化膜半導体)センサーを開発・製造しているためだ。複数の識者が「ファーウェイのスマホの出荷台数が減少すれば、業績に悪影響が出る」と指摘する。

さらに懸念されるのが、米国がエンティティーリストと別に、政府機関における調達に関して、一部の中国企業を指定して排除している点だ。18年8月13日に米議員の賛成と、トランプ大統領の署名で「国防権限法」が成立した。

同第889条を基に2019年8月13日から中国企業の取引を規制している。指定を受けているのが、ファーウェイ、通信機器を手掛ける中興通訊(ZTE)、世界最大シェアの監視カメラメーカーである杭州海康威視数字技術(ハイクビジョン)、世界シェア2位の監視カメラメーカーの浙江大華技術(ダーファ・テクノロジー)、無線機器を手掛ける海能達通信(ハイテラ)の5社である。

さらに米国は今年8月13日から、この中国5社の製品・サービスを主要なシステム・重要な技術として利用するあらゆる企業も政府機関の調達先から排除する。

当然、日本企業も対象になる。19年の規制と比較すると対象範囲が格段に広くなるため、同法の影響を受ける企業も出てくるかもしれない。』
『これまで米国に一方的に攻められているようにみえる中国だが、何らかの反撃に出る可能性はないのか。例えば、フッ化水素の原料となる蛍石の輸出制限など、資源をネタに揺さぶりをかける方法だ。フッ化水素は半導体製造に必要な材料の1つで、中国は蛍石の産出量で約60%の世界シェアを持つとみられる。

この仮説に対しては、「中国は5G技術で先行しているものの、他の多くの研究分野は米国が優勢だ。強硬路線は取りづらいのではないか」(三尾氏)、「中国も米国も共倒れになるような方針は取れないだろう」(南川氏)という意見が出た。』
『一方で、中国が米国と同盟国の市場から締め出しを食らった場合、独自の広域経済圏構想「一帯一路」で友好国を確保して米国に対抗できるのか。これに対してフェルドマン氏は、「中国が他国と友好な関係を築けたかというと必ずしもそうとはいえない。セメントや鉄鋼を輸出したいという中国側の都合が目立つからだ」と述べる。』
『いずれにせよ、こうした対立は消費者に不利益しかもたらさない。フェルドマン氏は「米国であれ、中国であれ、国家が消費者のニーズを無視して製品・技術をコントロールすべきではない。市場の独占など新たな問題も発生する。お互いにより良い技術の開発を目指すべきだ」と主張する。

同氏は日本の姿勢にも注文をつけた。対立を傍観しているだけでなく、これを機に自らの競争力を高めるべきだという。「日本も『STEM(科学・技術・工学・数学)教育』などに積極的に投資し、IT(情報技術)技術などに造詣が深い人材を生み出してほしい」(同氏)と述べた。

(日経クロステック/日経エレクトロニクス 野々村洸)

[日経クロステック2020年6月30日付の記事を再構成]』