「コロナ不況」平和むしばむ 紛争広げる恐れ

「コロナ不況」平和むしばむ 紛争広げる恐れ
本社コメンテーター 秋田浩之
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO60640960S0A620C2TCR000/

『新型コロナウイルスの感染が広がるなか、経済の活動が滞り、世界では多くの失業者が生まれている。景気がすぐに回復する見込みは乏しく、人々の不安やいらだちは高まるばかりだ。』
『こうした状況は世界の安全保障にも脅威だ。内政が厳しくなれば、リーダーは他国との紛争で柔軟な対応を取りづらくなる。国内の不満をそらそうと、外国に強気に出る指導者も現れかねない。

トランプ米政権で大統領補佐官(国家安全保障担当)を務めたマクマスター氏は6月17日、米ハドソン研究所のウェブ会議で「コロナは紛争を凍結するどころか、誘発させつつある」と警告した。

ヒマラヤなどの国境地帯をはさみ、インドと中国が角を突き合わせている姿は、まさにそんな現実を映している。

6月15日から係争地であるラダック地方で両国軍がぶつかり、ついに45年ぶりに死者が出た。インドの死者は約20人、中国側も数十人との報道がある。

世界で1位、2位の人口を抱える中印は核ミサイルで武装している。1962年に戦火を交えて以来、数千キロメートルの国境が定まっておらず、緊張が続いてきた。

2013年と14年、中国首脳がインドを訪問する直前に、中国軍が越境。17年には中国とブータン国境で中印両軍が約2カ月半も対峙し、一触即発になった。』
『インドの元軍幹部や外交ブレーンにたずねると、次のような分析が返ってきた。世界がコロナ危機に忙殺されているのに乗じ、中国は各国に攻勢を強めており、インドに対しても例外ではない。中国内で高まる不満を外に向ける思惑もあるにちがいない――。』
『中国では「コロナ不況」により、農村も含めた失業率は約20%とされる。現場の隠蔽により、コロナへの初動が遅れたことにも批判がくすぶる。感染対応に追われるインドのすきを突くとともに、国内の不満をそらす狙いも中国側にはあるとの見方だ。

中国がどこまで意図したかはともかく、外国との危機は愛国心を刺激し、国民を束ねやすくなる。中国の短文投稿サイト「微博(ウェイボ)」では、中印国境に関する閲覧数が20億回を超えた。』
『これに対し、インドのモディ首相も引かない構えだ。衝突があった6月17日夜、すかさず国民に演説し、領土問題では一歩も譲らない考えを強調した。

あまり対外的に発信しないモディ首相にしては異例の行動だ。元軍幹部によると、彼は近年、中国に警戒感を深めており「妥協しても事態は改善しない」と考えるようになったという。

モディ首相もコロナ不況で苦境にある。3月末から全土を封鎖したため、都市部の失業率は5月に26%に達し、全国では1億2000万人が職を失ったとされる。

6月に入って封鎖を緩めたら、今度は感染が爆発した。死者数は約1万3000人となり、インド国民のいらだちや不安がうっ積していることは想像に難くない。』
『厳しい内政も相まって、中印は互いに譲らず、長い対立の時代に入るだろう。それにしても不可解なのが、中国の行動である。インドだけでなく、世界中を敵に回すような行動に走っているからだ。』
『4月半ばから70日にわたり連日、尖閣諸島の接続水域に公船を送った。6月18日には、中国軍とみられる潜水艦が鹿児島県・奄美大島の領海近くを潜航した。
中国はすでに米国とは、新冷戦に近いほど反目している。このままでは世界で孤立しかねず、賢明とは思えない。習近平(シー・ジンピン)政権はなぜ、墓穴を掘るような行動に走るのか。』
『中国専門家らの見方をまとめると、背景は3つある。第1はすでに触れたように、コロナ危機に乗じて外国への攻勢を強める一方で、国内の不満をそらす狙いだ。

第2はコロナ前から計画していた強硬策を変えず、淡々と実行しているケースである。尖閣への船派遣や南シナ海の支配強化は、こちらに近いかもしれない。

いちばん気がかりなのが、3つ目である。習氏の意向をくんで、中国政府や軍の各部門が組織防衛のため、対外強硬策を競い合っているパターンだ。』
『中国政治に詳しい東京大学・公共政策大学院の高原明生教授は語る。「コロナ不況で財政が厳しくなり、中国の各組織は予算獲得に血眼になる。軍や外務省は『天下泰平ならず』という雰囲気を醸し出し、習氏の好みをそんたくして強硬策に走ることでアピールしている」』
『戦前、日本が海外の権益を急速に広げるなか、海軍や陸軍は予算争いにしのぎを削った。中国軍や政府内でも似たような状況になっている形跡がある。

ここにきて北朝鮮も韓国への挑発を強めている。コロナ対策で1月から中国との国境を閉じ、経済が困窮しているとされる。こうした窮状と強硬な言動は無縁ではないだろう。

新型コロナのパンデミック(世界的大流行)は人の命を奪うだけでなく、平和をむしばむウイルスもまき散らす。こちらの感染も抑えなければ、世界は一層きな臭くなってしまう。』