Rybicki, G. B.; Lightman, A. P. (1979), Radiative Processes in Astrophysics, New York: John Wiley & Sons, ISBN 0-471-82759-2
Thornton; Stephen T.; Andrew Rex (2002). Modern Physics. USA: Thomson Learning. ISBN 0-03-006049-4
より詳しくは、
Peter C. Milonni (1994). The Quantum Vacuum. Academic Press
プランクは第一次大戦の終戦後も、ドイツ科学の世界的地位を守るため、アカデミーでの会議を継続させていた[63]。しかしドイツ経済は混乱を極め、財源不足は深刻だった。フリッツ・ハーバーと、前プロイセン文化相のフリードリヒ・シュミット=オットは、ドイツ科学の経費調達のための地域・学問・政治的派閥を越えた組織となるドイツ科学救援連合(de:Notgemeinschaft der Deutschen Wissenschaft)の案を考え、プランクもこれに協力した[64][65]。この組織は1920年10月30日に発足した[64]。プランクは一委員として、中央委員会や、日本の星一からの寄付金を運用する星基金運用委員会、そして、ゼネラル・エレクトリック社などからの寄付金を運用する電気物理学委員会に所属した[65][66]。電気物理学委員会は量子力学分野の研究を支援した。この支援は、ヴェルナー・ハイゼンベルクやマックス・ボルンらによる量子論の理論的研究の助けとなった[67]。
黒体放射のエネルギーは、黒体の材質や形によらず、温度と振動数のみで決まる。このことは1860年にキルヒホフによって確かめられており、さらに言えば、それ以前から陶芸家は、窯の中から出てくる光の色すなわち波長(振動数の逆数)は中に入っている物体によらず、温度だけで決まることに気づいていた[130][131]。物理学ではこの黒体放射のエネルギー分布関数 u ( ν , T ) {\displaystyle u(\nu ,T)}を温度 T Tと振動数 ν \nu で数式として表す取り組みが進められ、プランクがこの問題に取りかかるころには、熱力学の理論であるシュテファン=ボルツマンの法則が発表され、さらにヴィーンの放射法則 u = b ν 3 e − a ν / T {\displaystyle u=b\nu ^{3}\mathrm {e} ^{-a\nu /T}} (1) がヴィルヘルム・ヴィーンにより発見されていた(a,bは定数)[132]。
プランクは、小さな線形振動子について研究を進めた。そして1899年、この振動子が黒体放射と相互作用することを考えた。この際、振動数はエネルギーを吸収しまた放出する。この単位時間における吸収・放出のエネルギーを U Uとしたとき、 U Uと u uには
u = 8 π c 3 ν 2 U {\displaystyle u={\frac {8\pi }{c^{3}}}\,\nu ^{2}U} (2)
の関係があることを導き出した(cは光速)[133]。式(2)に式(1)を代入することにより、振動子の平均エネルギー U Uは
U = h ν e − a ν / T {\displaystyle U=h\nu \mathrm {e} ^{-a\nu /T}} (3)
と求められる[134]。なお、 h = b c 3 8 π {\displaystyle h={\frac {bc^{3}}{8\pi }}}であり、このhは後にプランク定数と呼ばれるようになる。プランクは1899年の論文でhの値を実験値を参考に h = 6.89×10−27 erg・secと求めた[135]。
また、プランクはエントロピー S Sとエネルギーについて基礎的な関係が成り立つと考えた[136]。そして式(3)を、温度 T Tの代わりにエントロピー S Sを用いて
S = U a ν ( log U h ν − 1 ) {\displaystyle S={\frac {U}{a\nu }}\left(\log {\frac {U}{h\nu }}-1\right)} (4)
と書き換えた[136]。そして、熱力学第二法則により、エントロピーが時間的に増大するためには
R = ( d 2 S d U 2 ) − 1 < 0 {\displaystyle R=\left({\frac {d^{2}S}{dU^{2}}}\right)^{-1}<0} (5)
それにあたり、プランクはボルツマンによる統計力学の考えを導入した。ボルツマンの原理により、エントロピー S Sは状態の数 W Wの対数に比例する。比例定数を k kとすると、
S = k log W {\displaystyle S=k\log W} (10)
となる。
プランクは、N個の振動子にエネルギーが分配されることを考え、考えられる分配の数から状態の数 W Wを求めることで、式(10)を使いエントロピー S Sを求めようとした。 しかし、エネルギーが連続的な値をとるとすると、エネルギー量は無限に分割できるので、状態の数 W Wが無限大となりエントロピー S Sを計算することができない。
そこでプランクは、エネルギーの最小単位 ϵ \epsilon を考え、全エネルギー U Uは ϵ \epsilon がP個集まったものだと仮に考えて計算することにした。すなわち、
∂ S ∂ U = 1 T {\displaystyle {\frac {\partial S}{\partial U}}={\frac {1}{T}}} (15)
を使えばよく、結果は、
a h S = ( 1 + U h ν ) log ( 1 + U h ν ) − U h ν log U h ν {\displaystyle {\frac {a}{h}}S=\left(1+{\frac {U}{h\nu }}\right)\log \left(1+{\frac {U}{h\nu }}\right)-{\frac {U}{h\nu }}\log {\frac {U}{h\nu }}} (16)
となる[148]。
式(14)と式(16)を比較することにより、
ϵ = h ν \epsilon =h\nu (17)
が得られる。
また、同じく式(14)と式(16)を比較することにより、 k = h / a {\displaystyle k=h/a}である。この定数 k kはボルツマンの名からボルツマン定数と呼ばれている。しかし、ボルツマン自身は k kという符号を使っていなかった。ボルツマン定数の意味するところを初めて明らかにしたのはプランクである[149]。プランクは h hと k kの値を求め、そこから電子の電荷 e eやアボガドロ定数の値を、現在知られている値と近い値で導き出している[150]。
ボルツマン定数 k kを使うと、式(9)は
u ( ν , T ) = 8 π ν 3 c 3 h e h ν / k T − 1 {\displaystyle u(\nu ,T)={\frac {8\pi \nu ^{3}}{c^{3}}}{\frac {h}{\mathrm {e} ^{h\nu /kT}-1}}} (18)
『マックス・プランク学術振興協会(独: Max-Planck-Gesellschaft zur Förderung der Wissenschaften e. V.〈マックス=プランク・ゲゼルシャフト・ツア・フェルデルング・デア・ヴィッセンシャフテン・エーファオ〉)は、ドイツの非政府・非営利学術団体。一般にマックス・プランク協会(Max-Planck-Gesellschaft)と呼ばれる。略称はMPG(エムペーゲー)。世界最高峰の学術研究機関であり、前身のカイザー・ヴィルヘルム協会時代も含め、37人のノーベル賞受賞者を輩出している(2021年10月現在)。84の独立したマックス・プランク研究所(Max-Planck-Institut)を傘下に収める。 』
P ( A ∣ B ) = P ( B ∣ A ) P ( A ) P ( B ) {\displaystyle P(A\mid B)={\frac {P(B\mid A)\,P(A)}{P(B)}}} {\displaystyle P(A\mid B)={\frac {P(B\mid A)\,P(A)}{P(B)}}}
ここで、 A {\displaystyle A} A そして B {\displaystyle B} B は事象であり、 P ( B ) ≠ 0 {\displaystyle P(B)\neq 0} {\displaystyle P(B)\neq 0} である。
P ( A ∣ B ) {\displaystyle P(A\mid B)} P(A\mid B) は条件付き確率であり、 B {\displaystyle B} B が真であるとき事象 A {\displaystyle A} A が発生する確率である。 B {\displaystyle B} B が与えられたときの A {\displaystyle A} A の事後確率ともいう。
P ( B ∣ A ) {\displaystyle P(B\mid A)} {\displaystyle P(B\mid A)} もまた条件付き確率でもあり、 A {\displaystyle A} A が 真である場合に B {\displaystyle B} B が発生する確率である。また、 P ( B ∣ A ) = L ( A ∣ B ) {\displaystyle P(B\mid A)=L(A\mid B)} {\displaystyle P(B\mid A)=L(A\mid B)} であることから、固定された B {\displaystyle B} B に対する A {\displaystyle A} A の尤度とも解釈できる。
P ( A ) {\displaystyle P(A)} P(A) と P ( B ) {\displaystyle P(B)} {\displaystyle P(B)} は、与えられた条件なしに A {\displaystyle A} A と B {\displaystyle B} B がそれぞれ観測される確率で、周辺確率や事前確率と呼ばれている。
A {\displaystyle A} Aそして B {\displaystyle B} Bは別の事象である必要がある。
P(B) = 事象 A が起きる前の、事象 B の確率(事前確率, prior probability)
P(B|A) = 事象 A が起きた後での、事象 B の確率(事後確率,条件付き確率, posterior probability,conditional probability)
とする。
ベイズの定理を使えば、事後確率 P(B|A) は下記に従って計算される。
P ( B ∣ A ) = P ( A ∣ B ) P ( B ) P ( A ) {\displaystyle P(B\mid A)={\frac {P(A\mid B)\,P(B)}{P(A)}}} {\displaystyle P(B\mid A)={\frac {P(A\mid B)\,P(B)}{P(A)}}}
すなわち、事象Aに関するある結果(データ)が得られたとすると、それを反映し、尤度 P(A|B) の乗算によって、事象 B の確率は事前確率から事後確率へと更新される。なお事象 B の確率の観点からは、P(A) は規格化定数としての意味しかないため、しばしば省略される。つまり事後確率は事前確率と尤度の積に比例する:
P ( B ∣ A ) ∝ P ( A ∣ B ) P ( B ) = P ( A , B ) {\displaystyle P(B\mid A)\propto P(A\mid B)\,P(B)=P(A,B)} {\displaystyle P(B\mid A)\propto P(A\mid B)\,P(B)=P(A,B)}
ブログを調べ直すと、2021年11月4日日本の感染者急減でコロナ「自滅」説浮上とネアンデルタール に、博士の研究成果を要約して記録していた。映像記事:A Neanderthal Perspective on Human Origins with Svante Pääbo:ネアンデルタール人の視点から見た人類の起源 Dr. Svante Pääbo「An Ancient DNA View of Human Origins:人間の起源に関する古代の DNA の見解」