EU拡大、動き出したウクライナなどの加盟交渉 東野篤子氏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD116ZG0R11C25A2000000/
『2025年12月23日 2:00
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ポイント
○EU新規加盟は13年のクロアチアが最後
○ウクライナ加盟交渉は異例の速度で進展
○汚職対策やロシアの出方など課題も山積
冷戦終結後の欧州連合(EU)の加盟国拡大は、冷戦時の東西分断を解消し、欧州の平和と安定化を確保するための重要な手段であった。1990年代の北欧・中欧諸国、2000年代の中・東欧諸国や地中海諸国を対象とした拡大プロセスは、当時のEUの最重要政治課題であった。
しかしその後、E…
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『2025年12月23日 2:00
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ポイント
○EU新規加盟は13年のクロアチアが最後
○ウクライナ加盟交渉は異例の速度で進展
○汚職対策やロシアの出方など課題も山積
ひがしの・あつこ 71年生まれ。バーミンガム大博士(政治学)。専門は国際関係論、欧州の国際政治
冷戦終結後の欧州連合(EU)の加盟国拡大は、冷戦時の東西分断を解消し、欧州の平和と安定化を確保するための重要な手段であった。1990年代の北欧・中欧諸国、2000年代の中・東欧諸国や地中海諸国を対象とした拡大プロセスは、当時のEUの最重要政治課題であった。
しかしその後、EUは2013年のクロアチアの加盟を最後に拡大実現を急がなくなった。その主な理由は3つ挙げられる。
第一に深刻な「拡大疲れ」である。とりわけ04年には一気に10カ国、07年も2カ国を受け入れた。急速な拡大は中・東欧などの対象諸国に多くの政治的・経済的・社会的改革を求めると同時に、EU側も多くの労力を要するものであった。
第二に、10年代にEU加盟を希望していた多くの国々は民主主義や法の支配といった「コペンハーゲン基準」と呼ばれるEUの厳しい加盟基準を満たす見通しが立っていなかった。このためEUは10年代後半から20年代初頭にかけて、当時EU加盟が現実的ではなかったウクライナなどの近隣諸国に対してはビザの簡素化、改革支援など「拡大なき関係強化」を進める戦略をとっていた。
第三にEUの側が、加盟国の飛躍的な増大を受け入れる「吸収能力」を十分に整えていなかった。最大の問題は、拡大がEUの意思決定に与えうる影響が甚大であることである。
EU加盟国の閣僚で構成される閣僚理事会の意思決定の8割は「加盟国の55%以上が賛成」かつ「賛成した加盟国の人口がEU全人口の65%以上」という二重多数決を採用している。人口の多いトルコやウクライナが加盟すれば、EUの意思決定のあり方が大きく様変わりする可能性が高い。
さらに閣僚理事会は、加盟国拡大や防衛などの一部分野に関しては、依然として全会一致で意思決定を行っている。加盟国が増えれば増えるほど、全会一致での意思決定は困難となる。
◇ ◇
このようななか、ロシアによる侵略開始から数日後の22年2月28日、ウクライナはEUに加盟申請した。同年3月3日にはジョージアとモルドバも同様に加盟申請した。10年近く停滞していたEU拡大が一気に動き出すことになった。
冷戦後、欧州諸国の多くは北大西洋条約機構(NATO)加盟を通じて米国を基軸とした集団防衛体制に入り、さらにEU加盟を通じて、市場統合や経済通貨同盟、外交・安全保障等の広範な領域における統合のメリットを享受してきた。
しかし現状のウクライナはNATO加盟という選択肢が事実上奪われている。ロシアは侵略開始前からウクライナのNATO加盟に執拗に反対する。トランプ米政権もウクライナのNATO加盟に否定的である。NATOは全会一致で拡大を決定するため、現状ではウクライナの加盟が認められる可能性は極めて低い。
このためウクライナにとっては、EU加盟が欧州諸国との関係強化で唯一、追求可能な目標である。
ウクライナのEU加盟プロセスには、これまでにはみられなかった2つの特徴がある。
第一に、ウクライナは欧州統合史上初めて、現在進行形で他国の侵略を受けながらEU加盟プロセスを進める国となった。
第二に、加盟プロセスのスピードが極めて速い。一般にEUの加盟プロセスは「加盟申請」「加盟候補国の地位の付与」「EUの理事会による交渉開始承認」「正式加盟交渉(政府間会議)開始」等の複雑な手順を踏み(表参照)、それぞれの段階をクリアするのに非常に時間がかかる。
例えば北マケドニアは加盟申請から正式な加盟交渉に入るまでに18年間、アルバニアは13年間かかった。
しかしウクライナは22年6月に加盟候補国の地位を得て、23年12月に交渉開始が承認され、24年6月には正式加盟交渉に入るなど、異例の進展を見せた。現在はスクリーニングと呼ばれる、EU法とウクライナ国内法との整合性のチェックを完了した状態である。
このあと、加盟に必要な35の政策分野でウクライナとEUの交渉が進められる。将来、全ての交渉が終わった段階で「加盟条約草案」が起草される。閣僚理事会・欧州委員会・欧州理事会(EU首脳会議)・欧州議会で承認され、全加盟国と加盟候補諸国で批准されれば加盟が実現する。
◇ ◇
ウクライナのEU加盟の前には複数の問題が横たわる。第一に、ウクライナ自身の改革がまだ不十分である。25年秋の欧州委員会報告書は、ウクライナが「容赦のない戦争が続いているなかで、主要な改革を進めている」と評価した上で、依然として法の支配・汚職対策・司法の独立確保などで多くの問題が残っているとして、一層の改革努力の必要性を指摘している。
ウクライナのゼレンスキー政権が25年7月に汚職対策機関の権限を縮小する法案を成立させたことは、国内の大規模な抗議活動を引き起こしただけでなく、汚職対策を常に後押ししてきたEUにも、ウクライナの改革意思に対する強い疑念を抱かせることになった。
これを受け、ゼレンスキー大統領はわずか9日でこれを覆す法案を成立させ権限を回復させたが、今度は11月に同国のエネルギー部門で大規模な汚職疑惑が明らかとなり、閣僚2人と大統領府長官が解任される事態となった。タブーなき汚職対策を進めている成果が出始めている証左とも言えるが、汚職問題の根深さもまた物語っている。
第二にハンガリーをはじめとした一部のEU加盟国が、ウクライナのEU加盟に強硬に反対している。ハンガリーはウクライナ国内のハンガリー系住民が十分保護されていないことなどを理由に、ウクライナに根強い反発を抱えてきた。ウクライナの少数民族保護状況の改善が不十分であるなどの理由で、ハンガリーは次回の政府間会議の開催に応じない構えである。
ウクライナのNATO加盟に強硬に反対しているロシア政府は、EU加盟には曖昧な態度をとっている。むしろ最近ではEU加盟基準を充足させるという体裁をとりながら、ロシアが望む条件をウクライナに押しつけようとする節もある。
11月にロシアと米国がまとめたとされる28項目の和平案ではEU加盟基準に言及しつつ、ウクライナが「ナチス思想を否定」すべきだとする文言が盛り込まれている。これに対してウクライナと欧州諸国は19項目の修正和平案で米ロ提案を大幅に改変し、「ウクライナは宗教的寛容や言語少数派の保護に関するEUルールを採用する」とした。
EU加盟条件にロシアが口出しするのは本来筋違いだ。しかしロシアはEU加盟基準に多言語や多文化の尊重があることを利用し、ロシア語の公用語化などをもくろんでいるとされる。
ウクライナのEU加盟問題は、今後もウクライナの改革進展、EUおよび加盟国の受け入れ意思、そしてロシアによるEU拡大プロセスの「利用」という、複数の要因に左右され続けることになろう。
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