[FT]米と欧州、文明の衝突か 「グローバル化」のEU否定
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB110RL0R11C25A2000000/
『025年12月12日 0:00
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トランプ米政権がこのほどまとめた新たな「国家安全保障戦略(NSS)」が、欧州で酷評されている。だが実に興味深い内容だ。
というのも国家安全保障を文明という観点から再定義する、という極めて野心的な試みをしているからだ。
従来の安保戦略は、軍事面と経済面の必要性を中心に据えてきた。米国の新たな安保戦略は、これらの課題を義務のように一通り論じてはいるが、そこに執筆者の熱意は感じられない。
台湾という極…
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『米国も欧州も「非白人」が多数派になることへの危機感
同文書は、論点が文明的課題に移った途端、はるかに活力に満ち、革新性を帯びてくる。
はっきりと文書に言葉で明示したわけではないものの、現政権が定義する文明は人種的な要素が強いことは明白だ。政策の優先事項として最初に掲げられたのは「大量移民受け入れの終了」だ。
安保戦略の中で「我々は、無制限な移民による(中略)侵略から国を守らなければならない」と主張している。
そして、この考え方を大西洋を越えて欧州全域にもあてはめている。欧州が「文明消滅」の瀬戸際に立っているという物議を醸す今回の安保戦略の主張の根拠となっているのは、この考え方だ。
文書では「遅くとも今後20〜30年以内に一部の北大西洋条約機構(NATO)加盟国では非欧州系住民が多数派となる可能性が十分ある」と主張している。
この主張は、心理学者たちが時に「投影」と呼ぶ現象のようだ。国勢調査のデータの傾向から見ると、実際には2045年までに「非白人が多数派」となるのは米国の方だ。現在の傾向に基づくと、英国やドイツが同様の転換点を迎えるのはさらに数十年先のことになりそうだ。
にもかかわらずトランプ政権は欧州における「文明の消滅」を阻止するために、「欧州各国で現在、欧州が向かっている方向性への抵抗を強めること」を提案している。
これは明らかに、「ドイツのための選択肢(AfD)」やフランスの「国民連合(RN)」、英国の「リフォームUK(改革党)」といった反移民を掲げる国家主義の政党への支持を意味している。』
『米外交政策におけるこうした文明論的な発想の転換はどこから出てきたのだろうか――。
今回の安保戦略策定に最も大きな影響を与えた執筆者は、米国務省の政策企画局長を務めていたマイケル・アントン氏だと考えられている。
アントン氏が広く知られるようになった最大のきっかけは、16年に彼が執筆した「The Flight 93 election(93便という選挙)」と題した論文だ(編集注、93便とは01年9月11日の米同時テロでハイジャックされたユナイテッド航空93便のことで、犯人らは同便を米連邦議会議事堂に突入させる計画だった)。
この論文は、16年11月の米大統領選で民主党候補だったヒラリー・クリントン元国務長官の当選を阻止することが米国の存亡に関わる問題であり、「第三世界からの外国人たちの絶え間ない流入」を防ぐには共和党候補のトランプ氏を選出する必要があると主張した。
アントン氏は16年に、大量移民を容認することは「消滅を望む文明」の特徴だと論じている。さもトランプ氏が言いそうなことだ。』
『だが欧州はこれらの主張をどれほど真剣に受け止めるべきなのか。今回の米安保戦略については大きく3つの見方がある。
第1は、おおかたの安保戦略は意味のない口先だけの掛け声に過ぎず、いくつものシンクタンクで綿密に研究されるが、現実の世界との関連性はほとんどないという見方だ。
アントン氏自身がこの9月に政権を去ったという事実に加え、トランプ氏が物事を秩序立てて考える人物とは一般的にはみなされていないことを踏まえると、この文明論的な言い回しは米国の極右を喜ばせるための表現に過ぎないと受け流すことは容易だ。
第2の見方は、これらはすべてトランプ政権が重視する問題について、米国に同調するよう欧州連合(EU)に強い圧力をかける取り組みの一環だというものだ。
特にウクライナ戦争を巡るロシアとの和平案への合意や、EUによる米テック企業への規制の撤廃についてだ。
米国務副長官のクリストファー・ランドー氏は6日、X(旧ツイッター)に投稿し、欧州にある同盟各国が「文明的な自殺行為」を重ねていると非難した。同氏は米国は自国の国益に「完全に反する」政策を取るEU諸国とは、もはや「パートナーであるふりを続けることはできない」と示唆した。
そしてその具体例として、彼が言うところの「EUによるSNSなどへの監視」や「狂信的な気候変動論」などを挙げた。
これは露骨な脅しのようにも読める。トランプ政権が好まない政策をEUが撤回しなければ、米国はNATOへの支援を再考するということだ。
EUという存在が米の国益に反するとの見方も
この米安保戦略の文言にランドー氏の脅しを重ね合わせると、さらに過激な第3の解釈も成り立ち得る。それは、米政権が異議を唱えているのはEUの個々の政策ではなく、むしろEUという存在そのものが米国の国益に反するという見方だ。
今回の文書ではEUは「グローバリスト」を目指す存在として描かれており、それ自体が米国の国益に反するとしている。』
『この考え方を論理的に突き詰めれば、米国がNATOから離脱し、欧州各国の現政権を遠ざけて、恒久的にロシアに接近する展開もあり得る。
ロシアのペスコフ大統領報道官は7日に公表されたタス通信のインタビューで、米国の今回の安保戦略を称賛し、クレムリン(ロシア大統領府)の考え方に一致するものだと示唆した。
ロシアではSNSのXは禁じられているが、プーチン氏に近いロシア人は、欧州で言論の自由が脅威にさらされているというトランプ政権の主張を支持する投稿をXに寄せている。
米安保戦略は、米国と欧州の間には今や2つの異なる「西洋」が存在し、その両者が互いに対立している構図を明確にした。トランプ政権の「西洋文明」観は人種とキリスト教、国家主義に基づく。それに対しEUの考える西洋文明は民主主義と人権、国際法など法の支配を基盤とする自由主義に基づく。
欧州において自由主義的な西洋文明に対する最大の脅威は、米国が支援する各国の極右政党とトランプ政権が接近しようとしているロシア国家だ。ロシア政府がこれを好機と考えるのも無理はない。』