トランプ氏が突き進む紛争仲介ビジネス 揺らぐ超大国の外交力

トランプ氏が突き進む紛争仲介ビジネス 揺らぐ超大国の外交力
地政学まずはコレだけ㉘ 編集委員 田中孝幸
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK154C40V11C25A0000000/

『2025年12月7日 10:00
[会員限定記事]
think!
多様な観点からニュースを考える
広瀬陽子さんの投稿
広瀬陽子
10代の学生からビジネスパーソン、高齢者まで幅広い世代の読者から寄せられた質問に答え、地政学の視点から国際情勢を読み解きます。

Q トランプ米大統領は「アメリカ・ファースト」を掲げるのに、なぜウクライナや中東など海外の紛争解決に力を入れているのですか。
A 自らの権益拡大や名声につながるとみているためです。
超大国である米国は、国際紛争の仲介に最も適した立場にあります。米国が持つ世界最強の軍事力や経…

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『2025年12月7日 10:00
[会員限定記事]
think!多様な観点からニュースを考える
広瀬陽子さんの投稿広瀬陽子

4日、ワシントンで開いた和平合意の署名式に出席したルワンダのカガメ大統領㊨、トランプ氏㊥、コンゴ民主共和国のチセケディ大統領=AP

10代の学生からビジネスパーソン、高齢者まで幅広い世代の読者から寄せられた質問に答え、地政学の視点から国際情勢を読み解きます。
Q トランプ米大統領は「アメリカ・ファースト」を掲げるのに、なぜウクライナや中東など海外の紛争解決に力を入れているのですか。
A 自らの権益拡大や名声につながるとみているためです。

超大国である米国は、国際紛争の仲介に最も適した立場にあります。米国が持つ世界最強の軍事力や経済力が、和平合意の履行に向けた何よりの保証になるためです。

第2次大戦後も、歴史的な和平合意の大半は米国の働きかけで実現しました。代表例としてはエジプトとイスラエルの国交樹立をもたらした1978年のキャンプデービッド合意や、ボスニア内戦を終結させた95年のデイトン合意などが挙げられます。

一方、フランスやドイツ、英国といった欧州の大国は域内紛争の多くを解決できませんでした。戦後の成功例は2008年にフランスが仲介したジョージアの停戦合意くらいです。

トランプ氏は第1次政権時から世界各地で仲介外交を展開してきました。成功すれば関係国への影響力を高められるうえ、自らの権益拡大や悲願とするノーベル平和賞受賞にもつながるためです。

旧ソ連のアゼルバイジャンとアルメニアの25年8月の和平合意は、その典型例です。両国は和平交渉を積み重ねてきましたが、最終段階で保証人として合意の実現を後押ししました。

合意では長年争点だったアゼルバイジャン本土と同国の飛び地をつなぐ回廊を米国の管理下に置き、国際的なエネルギーや貿易のルートとして開発すると決めました。

「国際平和繁栄トランプルート」と呼ぶ回廊では、トランプ氏に近い企業が関連事業の優先権を得るとみられています。欧州でもこの紛争解決を評価する声が高まり、マルタのボージュ外相は10月、トランプ氏をノーベル平和賞に推薦したと明らかにしました。

4日にはワシントンでアフリカのコンゴ民主共和国と隣国ルワンダの首脳と会談し、自ら仲介した両国の和平合意に署名しました。一連の合意には米企業の資源開発への参画の条項も盛り込まれ、コンゴの豊富なレアアース獲得の足がかりを得ました。
Q トランプ氏が仲介した和平は長続きするのですか。
A 米外交の人材不足もあり、履行は不安視されています

トランプ氏の仲介外交は、2つのカテゴリーに分けられます。一つは協議が進んでいる中で保証人として後押しするタイプです。地域の実情を踏まえた関与であるため、合意も比較的長続きする傾向があります。

イスラエルとアラブ首長国連邦などが国交を正常化させた20年のアブラハム合意がこの典型例です。アゼルとアルメニアの和平や、10月に実現したタイ・カンボジアの国境紛争の際の和平合意もこれに該当します。

もう一つの類型は激しい戦闘を続ける当事国に圧力をかけて、和平への歩み寄りを促すケースです。25年10月のパレスチナ自治区ガザでの停戦合意や、ウクライナ戦争を巡る仲介が代表例です。

当事者間の和平の機運が乏しいため、合意に持ち込んでも維持するには大きな困難が伴います。平和維持には米軍の存在が不可欠ですが、トランプ氏は海外派兵に否定的な立場を変えていません。

長期にわたって履行可能な合意をまとめるには、プロの外交官による多大な労力を必要とします。95年のデイトン合意の際には、米国から多数の練達の外交官が交渉部隊に投入され、約100ページにわたる協定の細部の詰めに当たりました。
クリントン大統領(左から3人目)はボスニア内戦の終結に多大な外交資源を投入した(1995年12月14日、パリでの和平合意の署名式)=ロイター

トランプ政権は国務省の外交官の大規模なリストラに乗り出しています。幹部への登用でも、能力より政権への忠誠を評価する傾向が鮮明です。

ガザでは停戦違反が頻発しています。タイは11月10日、自国の兵士が国境付近で地雷を踏んで負傷したとしてカンボジアとの和平合意の履行停止を宣言しました。同盟国からは「米外交には和平を維持する意思も能力も乏しくなっている」(中欧の高官)と懸念する声が聞かれます。
田中孝幸(たなか・たかゆき)
1998年日本経済新聞社入社。政治部、経済部、国際部を経てモスクワ支局員、ウィーン支局長など歴任。現在、編集委員兼論説委員。著書「13歳からの地政学 カイゾクとの地球儀航海」で八重洲本大賞、ビジネス書グランプリ2023・リベラルアーツ部門賞など受賞。

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国際紛争の仲介における超大国の役割は?
キャンプデービッド合意の詳細は?
レアアースの経済的重要性は?
アゼルバイジャン・アルメニア和平合意の経済効果は?

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広瀬陽子
慶応義塾大学総合政策学部 教授
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ひとこと解説

トランプ仲介を単なる取引外交や自己顕示と見るのは不十分で、和平の実質よりも見せ方そのものを政治資源化する逆転構造に注目する必要がある。

アゼル・アルメニア和平でも実務合意は二国間で既に積み上がっており、米国の署名式はその最終工程を劇場化し、トランプ個人の成果として可視化した。
同時に両国も国内の反発を抑える上で米国の存在を利用でき、関係国全てに利があった。

従来の米仲介が長期交渉を支える制度を前提としていたのに対し、トランプ流は場面を先行させ、履行担保は後景に退く。
結果、合意はイベント化し、履行を支える装置を欠いたまま不安定化する。

問題は成功・失敗ではなく、履行を組み込まない仲介設計そのものだ。

2025年12月7日 11:02』