ジャガイモが米国を発展 西洋で普及、労働力支える

ジャガイモが米国を発展 西洋で普及、労働力支える
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『2025年4月16日 5:00 [会員限定記事]

何かと世界を騒がせている大国がある。大統領が「偉大な国」と呼ぶアメリカ合衆国は、ジャガイモが作った国だという話がある。本当だろうか?

ジャガイモは南米アンデス原産の作物だ。コロンブスが新大陸に到達して以降、ジャガイモはヨーロッパに紹介されることになった。ところが、ヨーロッパでは、ジャガイモはなかなか受け入れられなかった。

ヨーロッパのような冷涼乾燥の気候では、カブのような根菜類は発達をするが、芋…

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『ジャガイモが米国を発展 西洋で普及、労働力支える

植物が動かした世界史(3)植物学者 稲垣栄洋

何かと世界を騒がせている大国がある。大統領が「偉大な国」と呼ぶアメリカ合衆国は、ジャガイモが作った国だという話がある。本当だろうか?

ジャガイモは南米アンデス原産の作物だ。コロンブスが新大陸に到達して以降、ジャガイモはヨーロッパに紹介されることになった。ところが、ヨーロッパでは、ジャガイモはなかなか受け入れられなかった。

ヨーロッパのような冷涼乾燥の気候では、カブのような根菜類は発達をするが、芋を作る植物は少ない。そのため、ジャガイモは見たことのない不気味な姿に見えたのである。

また、芋を食べる習慣のないヨーロッパ人の中には、誤って有毒な芽や実を食べてしまうこともあったという。また、ジャガイモは「聖書に書かれていない存在」であった。そのため、「悪魔の植物」と言われ、宗教裁判の結果、火あぶりにされてしまったと言われている。じか火で焼いたジャガイモはいかにも美味(おい)しそうだが、人々はこれを見ても食べたいとは思わなかったのだろうか。

一方で、やせた土地で育つジャガイモは、飢饉(ききん)を救う重要な作物だと考えている識者たちもいた。そこで、さまざまな工夫で、ジャガイモを広めようと画策したのである。

冷涼でコムギが栽培しにくいドイツ北部に位置するプロイセン王国のフリードリヒ2世は、ジャガイモの普及に取り組む。そのキャンペーンは、武力で農民に栽培を強要し、反抗する者には罰を与えるほど強硬なものだったと言う。しかし、この努力によってドイツには早い時期から、ジャガイモが普及するのである。

現在でも、ジャガイモはドイツ料理には欠かせない。そして、ジャガイモと共に、ソーセージやベーコンが用いられる。寒冷で雪に閉ざされるドイツ北部では、冬になると家畜の餌となる草がなくなってしまう。ところが、ジャガイモは保存性が良く、冬の間も家畜の餌とすることができる。残念ながら、牛はジャガイモを食べないが、豚はジャガイモを食べる。こうして豚のベーコンやハム、ソーセージもまた、ジャガイモとともに、ドイツの食卓を彩っていくのである。

フランスのキャンペーンは、手が込んでいる。農学者のパルマンティエ男爵の提案で、ルイ16世は、ボタン穴にジャガイモの花を飾り、王妃のマリー・アントワネットはジャガイモの花飾りをつけた。そして、ジャガイモは花を愛(め)でる植物として、王侯貴族の庭で栽培されたのである。

国営農場ではジャガイモを栽培し、「これは王侯貴族が食べるものにつき、これを盗んではいけない」とおふれを出した。そして、夜の警備をわざと手薄にしたのである。その結果、人々は、深夜に畑に侵入し、ジャガイモを盗み出し、自分の畑で栽培した。こうして、フランスではジャガイモが庶民の間にも広がっていったとされている。

ジャガイモの与えた影響は大きい。ヨーロッパは牧畜文化だが、冬の間の餌がないので、たくさんの家畜を飼うことはできなかった。ところが、ジャガイモが人間の食糧になることによって、オオムギやライムギなどを牛の餌にすることができる。こうして、豚だけでなく、牛も1年中飼うことができるようになり、ヨーロッパは肉食文化が広がっていくのである。

それだけではない。保存が利き、海上生活で不足しがちなビタミンCを多く含むジャガイモは、船に積む食糧として適している。長期の航海が可能になり、南蛮船は日本にまでやってくるようになったのである。
ダニエル・マクドナルド「アイルランドの小作農一家、貯蔵品の青枯病を発見」(1847年、国立民俗コレクション、ダブリン大学蔵)=ユニフォトプレス提供

他方、荒涼とした大地が広がるアイルランドではジャガイモはやせ地で育つ作物として、主食となるまで普及をした。ところが、19世紀にジャガイモの疫病がアイルランドに大流行し、ジャガイモは壊滅的な被害を受けた。そして、大飢饉が起こってしまう。

大飢饉によって食糧を失った人々は、故郷を捨てて、未開の新天地であったアメリカを目指さざるを得なかった。その数は400万人にも及ぶとされている。

当時のアメリカは、西部開拓が終わり、いよいよ本格的な工業化が始まろうとしている時期であった。このとき移住した大勢のアイルランド人たちが、大量の労働者として、アメリカ合衆国の工業化や近代化を支えたのである。こうして国力を高めたアメリカ合衆国は、やがて英国を追い越して、世界一の工業国へと発展を遂げていくのである。

ジャガイモは、世界史を動かす偉大な存在であったのだ。

【植物が動かした世界史】

・コムギのタネが生んだ富と争い 人類変える農業の魔力
・イネがつくった日本人の民族性 貨幣代わり、経済力象徴 』