ウクライナ侵攻に至るロシアの対NATO戦略観の変遷について

ウクライナ侵攻に至るロシアの対NATO戦略観の変遷について
ーロシアにおける影響圏思想の観点からー
高橋慶多
https://www.mod.go.jp/msdf/navcol/assets/pdf/column237_01.pdf

ロシアの行動は謎の中の謎に包まれた謎だ。しかしおそらく鍵
がある。それはロシアの国益に他ならない。

ウィンストン・チャーチル

はじめに

「他の選択肢は残されていなかった」。

2022年2月24日、ウクライナ
侵攻開始に際して、プーチン(Vladimir Putin)大統領はロシアの正当性
を強く主張した2。

これに対して、ストルテンベルグ(Jens Stoltenberg)
北大西洋条約機構(North Atlantic Treaty Organization : NATO)事務総
長は「すべての責任はロシアにあり、NATOが提供した対話の道も閉ざし
た。NATOは世界最強の軍事同盟として、これからも平和のために行動す
る」とロシアを痛烈に批判しつつ、NATOの存在意義を改めて強調した3。

ロシアのウクライナ侵攻は、我々にとっては合理性を著しく欠いた行動
として映る。

しかし、このような見方が西洋的価値観によるものであり、
むしろロシアはその独自のリアリズムに基づき、一貫した行動を取ってき
たとの見方も存在する4。

こうしたロシアの行動は、多極化世界における自
らの極としての地位がNATOに脅かされているという世界観に基づいて
いる5。

またロシアは、この包囲網に対する緩衝地帯を確保したいという時
11939年10月1日、チャーチル(Winston Churchill)がロンドンにて行ったス
ピーチの内容である。
2 “IlyTiiH Ha3Baji flencTBHH Poccmh Ha YKpanHe BBiHyxneHHOH MepOH,”
HHTep(j)aKC, February 24, 2022, https://www.interfax.ru/russia/824312
(Accessed on March 1,2022).
3 NATO HQ, “Press conference by NATO Secretary General Jens Stoltenberg
following the extraordinary virtual summit of NATO Heads of State and
Government,v February 25, 2022, https7/www.nato.int/cps/en/natohq/
opinions_192455.htm (Accessed on March 1,2022).
4グレン・カール「元CIAが分析するプーチンの心理と論理」『ニューズウィーク
日本版』2022年3月22日、18頁。グレンはNATOの不平等なリベラリズムに対
する、ロシア(プーチン)の「怒りのリアリズム」にウクライナ侵攻の原因を見
出している。
5小泉悠『軍事大国ロシア』作品社、2016年、74頁。
1
代錯誤な思想を固持している6。

問題は、こうしたロシアの世界観•思想が、
我々の中で理解困難なイデオロギーとして扱われ、注目すべき対象外に置
かれたまま、ウクライナ侵攻という惨事を防止できなかったことにあろう。

ウクライナ侵攻に関して、ハーバード大学のウォルト(Stephen Walt)
はNATOにロシアの立場を理解し、これに適切に対応する「戦略的共感」
が欠如していたことが原因の1つと見出している7。

また東アジア研究所の
キム(Yang Gyu Kim)は、NATOはロシアに対する抑止に失敗したもの
と指摘する8。

ややもすれば、我々はこうしたリアリスト的観点から事態を
分析することを忌避しているとは言えないだろうか。

ロシアのウクライナ侵攻は国際法に違反する明白な侵略行為であり、決
して正当化できるものではない。

ウクライナは多大な犠牲を払いながらも、
主権を守るため徹底抗戦を繰り広げている。

この前提と現実を踏まえた上
で、今後のロシアへの対応を分析する一助として、本稿ではウクライナ侵
攻に至った過程に関して、あえてロシア側の視点に立ち、対NATO戦略観
という切口からアプローチを試みる。

構成としては、まずロシアの影響圏
思想とその戦略観を概観する。

その上で、ロシアの対NATO戦略の変遷過
程を各種戦略文書上の文言や要人の公式発言などから導出することとする。
1ロシアの影響圏思想と戦略観
(1)影響圏思想
2009年5月、メドヴエージエフ(Dmitrii Medvedev)大統領は「2020
年までのロシア連邦国家安全保障戦略(以下、「2009年安保戦略」)」を承
認した。2009年安保戦略では、近隣諸国との紛争に備えて旧ソ連圏の国境
管理を強化することが明記されている%兵頭らはこの2009年安保戦略を
境に、ロシアの安全保障上の関心がテロなどの「非伝統的な脅威」から国
6木村汎、名越健郎、布施裕之著『「新冷戦」の序曲かーメドベージェフ・プーチ
ン双頭政権の軍事戦略ー』北星堂書店、2008年、190頁。
7 Stephen Walt, “The West Is Sleepwalking into War in Ukraine,” February 23,
2022, https://fbreginpolicy.com/2022/02/23/united-states-europe-war-russia-
Ukraine-sleepwalking/ (Accessed on March 20, 2022).
8 Yang Gyu Kim, After Deterrence: Implications of the Russia-Ukraine War for
East Asia/5 * 7 8 9 March 14, 2022, https7/www.globalnk.org/commentary/view?cd=com
000079 (Accessed on March 25, 2022).
9 ロMUTpnii A.Me^BeaeB, “CTpaTern旦 Hau;n〇HajibH〇n 6e3〇nacH〇CTn Pocchhckoh
①e_qepaii;HH 且。 2020 ro^a,” May 13, 2009, 2 章12 節,http7/kremlin.ru/
supplement/424(Accessed on June 2, 2021).
2
境紛争という「伝統的な脅威」へと重心が移動したものと分析する1〇。

また
この背景には、欧米諸国の影響力が旧ソ連諸国に及ぶことにロシアが抵抗
した結果生じた、2008年のジョージァ紛争があると導出している11。

2009年安保戦略における伝統的な安全保障観への回帰は、ロシアの「影
響圏思想」を高揚させたといえる。

影響圏思想とは、自らの縄張りとも言
える、政治的、経済的な思考とは異なるロシア独自の安全保障観である10 * 12 * * 15〇
この源泉には建国以来、陸上国境から度重なる侵攻を受けたという歴史で
植え付けられた、ロシア人の過剰な防衛意識があると考えられる弱。

この
発想・思想がドウーギン(Aleksandr Dugin)の下で体系化され、プーチ
ン政権で実践されている14。

そしてロシアから影響圏思想というレンズを
通して自国を取り巻く安全保障環境をとらえた場合、拡大を続けるNATO
は国益に対する大きな脅威として映るのである。

(2)影響圏思想におけるウクライナの位置づけ

伝統的な安全保障観に裏付けされたロシアの影響圏思想において、ウク
ライナの位置づけはどのように整理されるのか。

ここでは紙面の関係上、
軍事的意義と民族思想的意義からアプローチすることとする。

ロシアは2008年からウクライナがNATO加盟に向けて活発化して以
来、ラブロフ(Sergey Lavrov)外相が「ウクライナのNATO加盟を阻む
ためには、あらゆる措置を講じる」と発言するなど、ウクライナに対して
強硬な姿勢を示すようになっている崩。

ロシアにとってNATOの東方拡大
によって生じる最も深刻な問題は、戦略縦深(StrategicDepth)の喪失に
10兵頭慎治、秋本茂樹、山添博史「ロシアの国家安全保障戦略ーロシア経済、対
中関係の視角からー」『防衛研究所紀要』第13巻第3号、2011年3月、84頁。
11兵頭慎治「序論ーロシアの国家安全保障政策」『国際安全保障』第39巻第1
号、2011年6月、4頁。
12兵頭慎治「クリミア編入に見るロシアの影響圏的発想」『海外事情』2014年6
月号、42頁。
13佐々木孝博「ロシアの対外政策構想と「特権的利害地域」ーグルジア紛争にみ
るロシア安全保障の課題ー」『国際情報研究』第7号、2010年11月、16頁。

14グランドストラテジーとは、外交の基本をなす大戦略であり、プーチン政権で
はその影響圏(勢力圏)維持を達成するために様々な戦術や手段を駆使してきた
とされる。廣瀬陽子「プーチンのグランド・ストラテジーと「狭間の政治学」」北
岡伸一・細谷雄一編『新しい地政学』東洋経済新報社、2020年、256-257、271
頁。

15 “P① c^ejiaeT Bee, hto6bi He 且oiiycTHTB npHHHTna YKpaiiHbi π rpyann b
HATO,” August 4, 2008 (Accessed on April 26, 2022)•なお対照的に 2004 年のバ
ルト三国NATO加盟に対してはロシアは最終的に容認する立場をとっている。

3
他ならない16。

冷戦期にはワルシャワ条約機構の最西端に位置していた東
ドイツからソ連本土国境までは約900kmが隔たれていたものの、東欧諸
国などがNATOに加盟したことで、ロシアの戦略縦深は東方へ約!400km
後退することとなった17。

そしてさらにウクライナがNATO加盟を果たし
た場合、ロシアは欧州正面に対する軍事的脆弱性をさらに高めるほか求
海洋戦略上重要な作戦基盤である黒海が「NATOの海」と化すことなる也

これはロシアにとって、軍事的な意味で明らかに影響圏の喪失といえよう。

またロシアにとってウクライナは民族的にも、言語・宗教•文化などの
面からも共通性が高く、時に「ほとんど我々」<と称するなど、ウクライナ
に対して非常にセンシティブな意義を見出している2〇。

両国の起源は1〇~
12世紀にヨーロッパの大国として君臨したキーフ・ルーシ公国にあり、む
しろウクライナがスラブの本家筋ともとらえられる。

しかしモンゴル帝国
の侵攻により、キーフ公国が衰退する一方で分家筋のモスクワ公国が台頭
し、これが現在のロシアのルーツ・となっている用。

2021年、ブーチン大統領は論文「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体
性」を発表した。

ここで彼は独自の歴史観を展開し、ロシアとウクライナ
が単一の主体であるべきと明言している22。

また、西側諸国とともに反露
を強めるウクライナ国内の動静はロシアへの大量破壊兵器の指向に等しい
と表現し、ウクライナの真の主権はロシアとのパートナーシップによって
確保されるものと結んでいる23。

ウクライナにとっては到底許容し得ない
論理であるものの、ロシアには民族的観点からウクライナを不可分の領域
訟小泉悠「ロシアの軍事戦略における中・東欧一NATO東方拡大とウクライナ危
機のインパクトー」『国際安全保障』第48巻第3号、2020年12月。
17小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』筑摩書房、2021年、32頁。
須小泉「ロシアの軍事戦略における中・東欧」56頁。
19木村他『「新冷戦」の序曲か』205頁。
2。小泉悠『「帝国」ロシアの地政学:「勢力圏」で読むユーラシア戦略』東京堂出
版、2019年、68頁。
21黒川祐次『物語 ウクライナの歴史』中公新書、2002年、iii-iv頁。
22 Bjia且hmhp B.IIyTHH, 06 ncT〇pnHecK〇M e^iiHCTBe pyccKnx π yKpaHHii;eB,”
http7/kremlin.ru/events/president/news/66181, July 12, 2021 (Accessed on April
26, 2022),当論文における独自の歴史観として、例えばウクライナ国家建設の礎
を築いたボフダン・フメリニッキーがモスクワ公国の庇護を求めたという事実を
もって、現在におけるウクライナに対するロシアの保護的立場の正当性を主張し
ている。しかしウクライナの立場からは、フメリニッキーがモスクワに接近した
のは、強国ポーランドに対抗するための短期的な軍事同盟に他ならず、ウクライ
ナの主権を揺るがすものではないという意見が一般的である。黒川『物語 ウク
ライナの歴史』100109頁。
23 Ibid.
4
と見なす勢力が存在し、他ならぬプーチン政権がこれを公言しているので
ある。

ここから、ロシアが民族的観点からも影響圏としての特別な意義を
ウクライナに見出しているといえよう。

図1ロシアの影響圏思想に基づく戦略的空間認識
※認識の整理として、ウクライナは含まれる。
(出所)廣瀬陽子「プーチンのグランド・ストラテジーと「狭間の政治
学」」を基に筆者作成24。

(3)安全保障戦略上の判断基準

2010年2月、ロシアは10年ぶりに軍事ドクトリンを改訂(以下、「2010
年軍事ドクトリン」)し、改めて伝統的な脅威への対処を重視する方針を明
らかにした25。

またその中で、「軍事的安全保障」、「軍事的危険」、「軍事的
脅威」、「軍事紛争」、「武装紛争」、「局地紛争」、「地域紛争」及び「大規模
戦争」という戦略用語を前提として規定した26。

これらの具体的な定義や
それぞれの位置づけは図2のとおりであり、安全保障戦略上の事態判断基
準とこれに応じたエスカレーションの管理を体系的に整備したものと言え
る。

なお当概念は2009年安保戦略で明文化された影響圏思想からっなが
るものであり、ロシアは影響圏思想に基づく対外行動を2010年軍事ドク
トリンから公式化したものと理解できる27。

24廣瀬「プーチンのグランド・ストラテジーと「狭間の政治学」」258、304頁。
25 JUmmtphh A.MeABe^eB, ^BoeHHaa 只OKTpuHa PoccniicKon ①eHepamiii,”
February 5, 2010, 2 章,https://kremlin.ru/supplement/46l(Accessed on June 2,
2020).
26 Ibid.
27兵頭「クリミア編入に見るロシアの影響圏的発想」43-44頁。
5

図2 ロシアの安全保障戦略上の事態判断基準とエスカレーション管理
(高)

紛争の烈度

用語 文書上の規定内容

軍事紛争 大規模紛争 (KpyimoMaciuTaGHaii Boiuia) 国家同盟間または国際社会の最大規模の戦争 であり、根源的な軍事•政治的目的の達成を追求 するもの。

地域紛争 (pemoiia Jibnaa Boinia)    1個の地域において2国またはそれ以上数の国 家が参戦し、重要な軍事•政治的目的の達成のた めに、自国軍または同盟軍によって行われる戦争。

局地紛争 (poKajibuaji Bomia)    2個またはそれ以上の数の国家間における、限 定された軍事•政治的目的の達成を目指す戦争。

武装紛争 (BoopyTKeHHuir koh^uthk)   限定された規模の、国家間または1国内で対立 する当事者間の武力衝突。

(低)
(高)

事態の程度
/
用語 、”、、、、、、 文書上の規定内容

軍事紛争 (B〇eHHblM koh^wimkt) 敵対する主体との問題を軍事力により解決する 状態。

軍事的脅威 (B〇eHHaH yrpoaa) 敵対する主体間で軍事紛争が生起する可能性が ある状態。

軍事的危険 (B〇eHHaH OUHCHOCTb) 特定の条件下で軍事的脅威に発展する可能性 がある状態。

軍事的安全保障 (B〇eiman 6e3〇nacH〇〇Tb) 軍事的脅威が存在せず、国家の利益が保護され ている状態。


(出所)2010年軍事ドクトリンを基に筆者作成28

2 ロシアの対NATO戦略観の変遷

ロシアはプーチン政権下で「影響圏の維持」を実践している29と述べた
が、本節では「影響圏に対するNATO」というロシアの安全保障的視点か
ら、先述した安全保障戦略上の判断基準を用いて、その戦略観の変遷を導
出する。

(1)2010年〜2014年:「軍事的危険」

2013年2月、プーチン大統領は対外政策概念(以下、「2013年対外政策
概念」)を承認した3〇。この中でロシアは、NATO拡大をヨーロッパの安全
28 Me^Be^ee, 4<BoeHHaM aoKTpnHa PoccnncKon ①eaepaHHH.” 各用語|ま 1 章 6 貝[!
で規定されている。
29廣瀬「プーチンのグランド・ストラテジーと「狭間の政治学」」271頁。
3〇対外政策概念はロシアの外交、国防、経済その他の総合的な中期方針を示し、
戦略文書の基となるものである。小泉悠「ロシア連邦対外政策概念の改定」『外国
の立法』No. 270、2017 年 2 月、https 7/dl. ndl.go.jp/view/download/digidepo_
10303182_po_02700207.pdf?contentNo=l(2022 年 3 月 5 日アクセス)。
6
保障に支障をきたすものとして、断固たる対抗の意思を示した31。この認
識が2014年12月に改訂された軍事ドクトリン(以下、「2014年軍事ドク
トリン」)において、より具体的に記載されている。

2014年軍事ドクトリンでは、国際秩序が公平に安全保障を提供していな
いという世界観を述べつつ、ロシア国境付近での地域紛争の存在を指摘し
ている32。

その上で軍事的危険として、NATOの軍事力強化と国際法に反
したグローバルな役割やロシアと隣接する国家内に脅威となる体制や政策
が打ち立てられることを挙げている。

さらに軍事的脅威としては、ロシア
及びその同盟国に隣接する国家での演習を通じた軍事力の顕示を挙げてお
り、影響圏に迫るNATOの存在を匂わせている33。

しかし、ロシアは戦略文書上、NATOを軍事的危険から軍事的脅威へは
格上げしていない。

これはロシアがNATOへ不満を表明するにとどめ、軍
事的脅威として対応することを回避していたためとも言われる34。

ともあ
れ2010年から2014年にかけて、ロシアの影響圏維持のための対NATO
戦略観は、軍事的危険という事態で安定していたと判断できる。

(2) 2015年〜2018年:「軍事的脅威」

2015年12月、プーチン大統領は国家安全保障戦略を改訂(以下、「2015
年安保戦略」)し、NATO加盟国による軍事的活動の活発化や同盟のさら
なる拡大と国境への軍事的インフラの接近を国家安全保障上の脅威に挙げ
た35。

またNATOのグローバル化を引き続き国際法に反する行為と位置付
ける一方で、NATOがロシアの国益を遵守し、現状のあり方を見直すので
あれば、関係性の発展も可能との見方も示している36。

これはロシアが単
にNATOを敵視するだけではなく、対話の可能性と関係性の深化も追求し
31 Bjia且hmhp B.IIyTnH, uK〇HD;enLi;HH BHeniHeii 110jihthkh Poccmmckoh
①e_qepaii;Hii,” February 12, 2013, http://www.pircenter.org/articles/702-
koncepciya-vneshnej-politiki-rossijskoj-federacii(Accessed on June 2, 2022).
32 Bjia且hmhp B.IIyTHH, “BoeHHaH aoKTpnna Pocchhckoh eHepanHH,”
December 30, 2014, 2 章10 節,https:// rg.ru/2014/12/30/doktrina■ dok.html
(Accessed on June 2, 2020).
33 Ibid., 2章12節及び14節.
34 Carolina V. Pallin and Fredrik Westerhind, “Russia s Military Doctorine-
Expected News,” RUES Briefing No. 3, Swedish Defence Research Agency,
Feburuary 2010, https://www.fei.se/upload/RUFS/RUFS_Briefing_feb_10.pdf.
35 Bjia且hmhp B.IIyTnH, <4CTpaTernH Hau;n〇HajibH〇n 6e3011acHOCTn Pocchhckoh
①eAepan;uii,” December 31,2015, 2 章15 節,http7/kremlin.ru/acts/bank/40391
(Accessed on June 2, 2022).
36 Ibid., 4章106項及び!07項参照.
7
ていたという点で注目に値する。

この姿勢は2016年11月に示された対外
政策概念(以下、「2016年対外政策概念」)にも継承されており、NATOの
拡大がヨーロッパの分断を進める行為と批判しつつも、NATO—ロシア理
事会(NATO —Russia council:NRC」)37を通じた協力の模索とこれによ
る地域の安定を目指している38。

2010年軍事ドクトリンから2016年対外政策概念にかけて、ロシアの対
NATO戦略観は軍事的危険で安定していた。

また一部NATOが関与する
ことで事態が軍事的脅威へと発展する可能性を意識しながらも、ロシアは
NATOとの対話を模索していたといえる39。

しかし2017年3月、ロシア外務省は「NATOはロシアの脅威という動
機を作り上げ、加盟国を団結させている」と表明した如。

また2018年3月、
プーチン大統領は「我々が無知であったため、NATOへの一方的な陣地引
き渡しに至ってしまった」と、冷戦後の国際認識が甘かったという見解を
示した心。

この時期を境に、ロシアの対NATO戦略観は強硬化していく。

2018年8月には、メドヴエージエフ首相が「ロシアを仮想敵とした
NATOの拡大はロシアにとって絶対的な脅威である」•と明言した42。

また
プーチン大統領も「ロシア国境付近でのNATO軍事演習や軍事インフラの
接近は明らかな脅威である」と非難している43。

こうした発言から推察す
るに、ロシアは自らの影響圏に向けて拡大するNATOに対して、危機感を
強めていったといえよう。

そしてこうした認識は、もはや「敵対する主体
•との対立が軍事紛争が発生する可能性にある44」という軍事的脅威に該当
している。

ここから、ロシアの影響圏維持のための対NATO戦略観は2014
年から2018年にかけて、事実上軍事的危険から軍事的脅威へエスカレー
ションを遂げたものと判断することができる。

37パートナーシップ醸成に資するための協議、協力及び合意形成のメカニズムで
ある。NATO HQ, UNATO-Russia Council,5,March 23, 2020, https7/www.
nato.int/cps/en/natohq/topics_50091.htm (Accessed on June 2, 2022).
38 Bjia且hmhp B.IIyTHH, “K〇HD;erm;iiH BHeniHeii hojimthkh Pocchhckoh
①eAepaii;Hii,” November 30, 2016, 4 章,https://docs.cntd.ru/document/
499003797 (Accessed on June 2, 2020).
39 IlyTUH, “BoeHHaH 且OKTpnHa Pocchhckoh ①e;i;epaii;HH,” December 30, 2014, 2
章14節参照.
40『ロシア月報』第885号、2017年3月、71頁。
41『ロシア月報』第897号、2018年3月、72頁。
42『ロシア月報』第902号、2018年8月、55頁。
43同上、61頁。
44 IlyTUH, “BoeHHaH 且OKTpnHa Pocchhckoh ①e;i;epaii;HH,” December 30, 2014,
1章8節.
8

(3) 2019年〜2021年12月:「軍事的脅威」(軍事紛争への漸進)

2019年に入っても、ロシアはNATOを軍事的脅威ととらえる見解を度々
示している。

ショイグ(Sergei Shoigu)国防相は2019年4月、「ロシア
国境付近でのNATOの行動は緊張を増大させており、ロシアを西側の主要
な脅威として描き出すNATO政策には対抗措置を講じる」と表明した45。

プーチン大統領も同年12月、「NATOの拡大及びロシア国境付近での
NATO軍事インフラの発展が安全保障上の脅威であることに立脚し、軍の
近代化を進めなければならない」と語り、軍事的措置を指示している46。

こうした見解を背景として、2020年6月、ブーチン大統領は「核抑止分
野におけるロシア連邦国家政策の基礎について」と題された大統領令(以
下「核抑止政策の基礎」)に署名した。

当文書はロシアの核抑止を実施する
基準や条件などを規定している47。

この核抑止政策の基礎とその公表には、
ロシアの戦略的な意図が垣間見える48。

文書中、ロシアに対する脅威を抑
止することを最優先事項の1つとし、そのために核を十分な基準に保っと
表明している49。

また核抑止を行使する基準に軍事的脅威を設定し、ロシ
アを潜在敵とみなす国々によるミサイル防衛システムの配備などを例示し
ている5〇。

さらに核抑止指向の対象として、ロシアを敵とみなし、核兵器の
みならず汎用的な戦闘能力を保有する軍事同盟を具体的に挙げている躍。

その後2021年7月、ロシアは国家安全保障戦略を改訂(以下、「2021年
安保戦略」)した。

この中で地政学的な不安定性と紛争の拡大により軍事紛
争が核保有国を含む地域に拡大する危険性が高まっているとの認識を示す
ほか、国境付近へのNATO拡大とその軍事インフラの接近がロシアの軍事
的危険と軍事的脅威を強化するものと指摘している52。

また国防目標とし
“『ロシア月報』第910号、2019年4月、67頁。
“『ロシア月報』第918号、2019年12月、82頁。
47 Bjia且hmhp B.IIyTnH, “〇〇 OcnoBax rocy/i;apcTBeHH〇n hojikthkh PoccniicKon
①e_qepaii;HH b o6jiacTH H^epnoro c^ep招HBaHHH, ” June 2, 2020, https7/xn.
3veaabcahvp3aypd2a3deubak3alvuzd5n8bzl.xn--plai/ld/6/643.doc___
(Accessed on March 17, 2022).
48 ロシアは2010年「核抑止分野における2020年までのロシア連邦国家政策の基
礎」を採択するも、核使用の思考過程など具体的な内容は一切非公開とした。小
泉悠「「核抑止の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎」に見るロシアの核戦
略」日本国際問題研究所 HP、httpsV/www.jiia.or.jp/research-report/ post-3.html
(2022年3月16日アクセス)。
49 XlyruH, “06 OcnoBax rocyaapcTBeHHoii 110jihthkh PoccniicKon Qe/];epaii;nn b
o6jiacTM mi;epH〇ro c^ep招HBarniH,”1 章 2、4 及び 5 fip.
50 Ibid., 2 章11節・
51Ibid., 2章13節.このほかに具体的な対象は記されていない。
52 Bjia且hmhp B.IIyTnH, **CTpaTernn Hau;n〇HajibH〇n 6e3〇nacH〇CTH PoccnncKon
9
て核による軍事紛争の戦略的抑止を挙げており、核抑止政策の基礎との連
続性がうかがえる53。

さらに外交政策を達成するため、隣接する領域にお
ける緊張と紛争の温床の出現を排除することを挙げている54。

ここから、
ロシアがウクライナを含む旧ソ連地域に対する介入の意志を確かにのぞか
せていたものと判断できる。

2019年から2021年にかけてのロシアの戦略文書を分析すると、ロシア
が自身と影響圏を取り巻く安全保障環境がNATOによって深刻化したと
認識していることが分かる。

さらにその戦略観は軍事紛争も視野に入れて
おり、核による戦略的抑止という意志表明にも至っている。

山添はロシア
の核戦略抑止に「最終手段としての核使用」、「紛争局限のための核使用」
及び「核の言説攻勢」という3つの役割があるものと分析した55。

この考
えに基づくと、2021年までロシアは核によって、軍事的脅威に値する
NATOとの軍事紛争の局限を目指すとともに、核使用の可能性を示唆する
ことで、影響圏へ拡大するNATOに向けた核の言説攻勢を仕掛けていたも
のと判断できる。

(4) 2021年12月〜2022年:「軍事紛争」へ

202I年12月、ロシア外務省はNATO及び米国との安全保障合意案を
両者へ提出し、承認を求めた56。

NATOに対する9か条からなる文書内で
は、ロシアとNATOが互いを敵視しないことを確認するとともに、ウクラ
イナにおけるNATOのあらゆる軍事活動が見直されることなどが条件と
して挙げられている57。

公表に際してリャブコフ(Sergei Ryabkov)外務
次官は、「この草案は包括的に検討されるべきであり、どちらか一方に偏る
①ewepai^HH,” July 7, 2021,2 章17 節及び 4 章 35 節,http7Zbase.garant.ru/
401425792/#friends (Accessed on March 5, 2022).
53 Ibid., 4章40節参照.
54 Ibid., 4章100節参照.なお同節では、「ロシアとベラルーシ及びウクライナ間
の兄弟関係を強化すること」も明記されている。
55山添博史「ロシアの国際闘争手段としての核兵器一「戦略的抑止」における最
終手段、紛争局限手段、言説攻勢手段一」『国際政治』第203号、2021年3月、
110-111頁。
56 「ロシア、東欧から軍撤収要求 米欧との安保案公表」『日本経済新聞』2021
年12 月18 日、https7/www.nikkei.com/article/DGXZQOGR 17DWA0X11C21
A2000000/ (2022年3月22日アクセス)。
57 uAgreement on measures to ensure the security of the Russian federation
and member states of the North Atlantic Treaty Organization,n December 17,
2021, https://mid.ru/ru/foregin_policy/rso/nato/l790803/?lang=en&clear_cache=
¥(Accessed on March 23, 2022).
10
のではなく相互に補完しあうことで、緊張緩和という双方の利益を見出す
ことができるはずである」と述べた58。

こうしたロシアの働きかけに対し、2022年1月、NATO全加盟国と口
シアが参加したNRCが開催され、ロシア側から提出された安全保障合意
案について議論が行われた5%

ストルテンベルグ事務総長は当会開催の意
義を評価する一方で、ロシアから示された条件への明確な回答は控え、口
シアにウクライナに対する行動を全面的に改めるように求めた叫,

これに
対しプーチン大統領は「ロシアの主要な懸念が無視された。ウクライナの
NATO加盟に向けた動きが戦争を意味するということが理解できないの
か」と、戦争への意志を明言している61。

ロシアが示した安全保障合意案は、NATOにとっては冷戦期的な、非常
に野心的かつ独善的な要求に他ならない62。

しかしロシア側からすれば影
響圏に対する危機感に基づくものであり、もはや許容できない事態にある
との認識に達したものとも推察できる。

そしてこの認識が2月24日、
「NATOに支援されてウクライナを人質に取り、ロシアとロシア国民を侵
害する主体との問題を軍事力で解決する事態63」、すなわち軍事紛争へと口
シアを踏み込ませた要因の1つとなったものと考えられるのではないだろ
うか64。

58 “B o6nj;nx HHTepecax chh3htb HanpaaceHHOCTb : KaK Poccmh npe且jiaraeT
CIIIA h HATO BbiCTpanBaTb OTHOineHna b c(j)epe 6e3011acHOCTH,” December 18,
2021, httpsV/russian.rt.com/world/article/939702-rossiya-ssha-dokumenty-
bezopasnost/amp (Accessed on March 23, 2022).
59 NATO HQ, 4<NATO-Russia Council meets in Brussels,January 12, 2022,
https7/www.nato.int/cps/en/natohq/news_190643.htm(Accessed on March 23,
2022).
60 NATO HQ, “Press conference by NATO Secretary General Jens Stoltenberg
following the meeting of the NATO-Russia Council,January 12, 2022,
https7/www.nato.int/cps/en/natohq/opinions_190666.htm (Accessed on March
25, 2022).
61″HaM hto, BoeeaTb c 6jiokom HATO?,” IlyTHH nefloeojieH otbctom 3ana^a
Ha TpedoBaHHH Poccnu,” February 1,2022 (Accessed on March 25, 2022).
62 Patricia Lewis, ‘”Russian treaty proposals hark back to post-Cold War era,”
https://www.chathamhouse.org/2021/12/russian-treaty-proposals-hark-back-
post-cold-war-era (Accessed on July 20, 2022).
63 「ウクライナ侵攻直前 プーチン大統領演説全文」『NHKNEWSWEBJ 2022
年 3月 4 日、https7/www3.nhk.or.jp/news/html/20220304/kl0013513641000.
html(2022年5月9日アクセス)。
64 Me^Be且eB, “BoeHHa^ HOKTpuHa Pocch就cK〇ii ①eaepaRHu.”なおプーチン大統
領は2022年5月9日時点で、引き続きウクライナ侵攻を「特別軍事作戦」と称し
ている。筆者はこれが同戦略文書上で「限定された規模の1国内で対立する当事
者間の武力衝突」と定義される、武装紛争に近い位置づけにあるものと考える。
11

図3 ロシアの対NATO戦略観の変遷

期間 2010 年 ~2014 年 2015年〜2018年 2019 年 ~ 2021年12月 2021年12月 ~ 2022年
対 NATO 戦略的事態 軍事的危険 軍事的脅威 軍事的脅威 (軍事紛争へ漸進) 軍事紛争
主な 戦略文書等 ■ 2010年軍事ドクト リン ■ 2013年対外政策 概念 ■ 2014年軍事ドクト リン ■ 2015年安保戦略 ■ 2016年対外政策 概念 •核抑止政策の基礎 ■ 2021年安保戦略 ■ NA 安全 TO(米国)との 保障合意案
(出所)ロシアの戦略文書を基に筆者作成

おわりに

本稿では、ロシアが影響圏思想に基づく 一貫した戦略観に基づき、対
NATO脅威感を募らせ続けてきた過程を導出し、これがウクライナ侵攻へ
の1つの要因となった可能性を分析した。

その国益を最優先させた理念や
行動が決して許容できないことは明白である。

しかし我々が戦略文書やそ
の動向から、ウクライナ侵攻に至るロシアのエスカレーション過程を察知
できたこともまた確かである。

この事実に立脚し、ロシア的視点から今後
の彼の戦略的思考を予察していくことは、今後ロシアに対応していく上で
必要な研究といえよう。

次回稿ではウクライナとNATO間関係を体系的に整理しつつ、これと本
稿で明らかにしたロシアにおける対NATO戦略観の変遷の間に関連性が
見い出せるのかについて焦点を当てることとする。
12