欧州は米国の助けなしに防衛できない5つの要因、防衛力強化では足りない

欧州は米国の助けなしに防衛できない5つの要因、防衛力強化では足りない…中国やロシアに利する結果にも
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『2025年3月11日

2025年2月19日付のフィナンシャル・タイムズ紙は、米国が欧州を守らなくなる可能性を突き付けられた欧州は、今や軍備強化の議論を劇的に加速させているが、実際には欧州軍が米国なしに任務を遂行することは難しく、課題は多いとする解説記事を掲載している。
(Christophe Badouet/ronstik/gettyimages)

 米国はもはやウクライナや欧州の安全保障の第一の保証人になりたくない。欧州は、トランプが強調した現実に目覚め、米国が守らなくなったら欧州はどうすべきかを真剣に考えるようになった。

 北大西洋条約機構(NATO)東欧諸国は、プーチンが狙ってきた、欧州からの米軍の撤退を特に懸念している。欧州がやるべき優先事項は、防衛費の増額、防空能力の向上、米軍が提供する兵站その他の支援装備の更新、そして欧州軍の即応性の向上と効果的な核抑止力の維持である。

 欧州の新たな緊急課題として公に表明されているのは、防衛再軍備に関する議論である。この議論はここ数日で劇的に加速し、各国の軍事予算の増額と共同プロジェクトの資金のための新たな財政メカニズムに焦点が当てられている。

 これには、汎ヨーロッパ防空シールドや即応動員のための大型輸送機や空中給油の輸送システムが含まれる。欧州には長距離兵器と大量の兵站プラットフォームが大幅に不足している。

 欧州がこれらの戦略的資産を獲得すれば、欧州は米国の支援なしにほぼすべての軍事任務を遂行できるようになる。しかし実際には米国なしに複雑な軍事作戦は実行できず、単純な任務さえ維持できない。

 好例が、2013年にフランスがマリで軍事作戦を展開した際、米国に装備の輸送を依頼し、フランスの戦闘機への給油に、スペインに拠点を置く米国の空中給油機を頻繁に使用したことだ。欧州の主要防衛システムの大半は米国製で、F-35、地対空ミサイルシステムも全て米国製だ。

 そして、ウクライナ戦争がある。米露和平交渉への対応を議論するために2月17日にパリに集まった欧州首脳は、ウクライナへの欧州平和維持軍の派遣には米国の支援が必要だと結論付けた。問題は、欧州の軍隊が80年間、米国の支援に頼るように編成され、訓練されてきたことであり、それを置き換えるには時間がかかり、数十億ユーロの費用が要る。』

『より差し迫った問題は、米国が欧州に駐留する約9万人の部隊を突然撤退させたらどうするかだ。最も差し迫ったリスクは、ロシアによるウクライナへの全面侵攻直後にバイデンがポーランド、ルーマニア、バルト諸国に派遣した2万人の米軍をトランプが撤退させることだ。トランプは2月18日、和平協定の一環として在欧米軍を全て撤退させたいとは思っていないとして、さらに、戦後はウクライナの欧州平和維持軍を支援すると述べている。

 理論的には、欧州が国境を攻撃から守るために十分な軍隊を供給することは容易である。欧州の軍隊は合計で約200万人の軍人を抱えている。また、欧州軍が十分な弾薬、補給品、部品を備蓄しているかどうかもわからない。

 もう一つの課題は、米国の核の傘、特に戦術核の問題である。欧州の2つの核保有国であるフランスと英国は、合計約515個の核弾頭を保有しているが、これらのほとんどは戦略核である。米国が正式に欧州を守らないと宣言した場合、欧州諸国は、特定地域の標的を破壊する米国の戦術核にアクセスできなくなる。

 欧州の「防衛の自律性」への願望は新しいものではない。NATOの歴史の大部分で試みられてきた。1950年代初頭の欧州防衛共同体創設の構想に始まるが、これらの努力は皆失敗してきた。しかし、それは米国がまだ欧州の防衛を保証しようとしていた時のことだ。


欧州防衛力強化でも間に合わず

 欧州では、2月中旬のミュンヘン安全保障会議で米国が欧州の安全保障から距離を置く姿勢を明確にしたこと等を受けて、「米国の支援が得られなくなる場合」を想定した議論が急速に高まっている。少なくとも在欧米軍の「削減」は与件の一つとして、欧州の防衛力強化が議論されている。在欧米軍が将来的に一定の削減を遂げることは避けられないかも知れないが、その中で米欧間の結束が弱まっているとの印象を与えることは西側全体の利益にならない。

 以下、欧州における米軍の役割が如何に不可欠であるか、在欧米軍の削減がもたらし得る米国の国益に対する問題点にも触れ、これを削減することの対露・対中政策上の懸念を指摘したい。

 まず、現在ならびに近い将来において、欧州の安全保障は米欧間の協力、端的には米国の支援なしにはほとんど考えることさえできない。特に以下の点において欧州軍は米国に大きく依存している。

 ①情報・監視・偵察(Intelligence, Surveillance and Reconnaissance; ISR):欧州軍はミサイルを発射するにしても、入力すべき目標物の三次元位置情報の多くを米国の衛星やAWACS、グローバルホーク等に依存している。これらの支援なしには火力攻撃さえ困難となる。』

『② 防空システム:欧州軍は防空態勢をポーランドやルーマニアに配備されたイージス・システムや米国のパトリオット、THAAD等に大きく依存し、これらの支援なしにはロシアが超極音速ミサイルと称するキンジャールはもちろん、イスカンデル・ミサイルにも対処困難となろう。

 ③輸送その他の兵站装備:欧州軍は部隊運用に不可欠となる大型輸送機等の輸送能力を基本的に米国のC-17等に依存し、これらの支援なしには大規模な戦闘を継続することができない。

 ④軍事産業の生産能力:ウクライナへの武器支援で明らかになったように、欧州各国の兵器生産能力は現時点では持続的な全面戦争を戦うために必要な水準に達しておらず、これを引き上げるには何年も時間と資金を要する。

 ⑤核抑止力:欧州の核保有国たる英仏両国が保有するのは戦略核のみで、戦場での使用を想定した戦術核を保有せず、ロシアとの核戦争を想定した場合には運用の柔軟性を欠く。加えて特にフランスについては自国の核を欧州全体に対する拡大抑止のためと位置付けるべきかの政治判断が必要となる。

米国にとってもデメリットも

 他方、在欧米軍の削減はその規模や態様によっては米国の国益をも棄損するものとなりかねない。在欧米軍の削減がもたらす最大の問題は、大西洋同盟の結束の低下を示すものと映り、ロシアの長年の戦略である「米欧デカップリング」が成就する環境を作り出し、さらに中国の影響力浸透にも利用されることである。既にその兆候が見られる。

 また、在欧米軍は欧州の安全保障のためだけにある訳ではない。在独、在伊、在英米軍は米国の中東、アフリカにおける作戦支援のために不可欠であり、これらを削減することは同地域に対するロシアや中国の影響力の増大に繋がる。

 さらに、ウクライナの戦争を経て欧州における緊張はむしろ高まっているにも関わらず米軍が部分的であれ撤退することは、アジアをはじめとする他の米同盟国の米国に対する信頼性の低下に繋がり、国によっては核保有へのインセンティブを一層高めることになるだろう。 』