停戦交渉で虚無感広がるウクライナ国民、米国の支援ないと戦えない…トランプ・プーチン交渉で〝居場所〟失うゼレンスキー

停戦交渉で虚無感広がるウクライナ国民、米国の支援ないと戦えない…トランプ・プーチン交渉で〝居場所〟失うゼレンスキー
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『トランプ・プーチン交渉で〝居場所〟失うゼレンスキー

佐藤俊介( 経済ジャーナリスト)

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 米国のトランプ政権が強行するロシア寄りの停戦交渉の進展に、ウクライナの人々が強い虚無感に襲われている。十倍の戦力差があるとされたロシアの猛攻に3年もの間耐えたウクライナだが、欧州全体に匹敵する軍事支援を提供した米国が支援を放棄し、ドローン兵器を操ってきたスターリンクによるインターネット網が遮断されれば、ロシアに抵抗し続けられる術はない。

(~UserGI15632523/gettyimages・dvids)

 トランプ氏の主張とは異なり、人々のゼレンスキーに対する支持は依然高いとされるが、前線で脱走が相次ぐ中、さらなる士気の低下は必至だ。ウクライナ国内では、バイデン政権下の対ウクライナ協調が「幻想であった」との声が上がっている。

私たちは夢を見ていた

 「バイデン政権は、米国はウクライナを必要なだけ助けると言い続けた。その言葉は甘美だった。しかし、現実はすべてが異なっていたのだ。そして私たちは、そのような甘い言葉に騙され続けることを甘んじて受け入れていたのも事実だった」

 トランプ政権のマルコ・ルビオ国務長官とロシアのラブロフ外相が2月18日、サウジアラビアの首都リヤドで直接協議を行った直後、あるウクライナの旧知の大学教授はSNSにそう書き記した。事態を正しく分析する彼の言葉だけに、その響きは痛切だった。

 彼は続けた。

 「ゼレンスキーやその周辺の政権幹部らが今回のような事態に陥った〝理由〟だったのではない。彼らは、私たちのそのような意識が生み出した〝結果〟だったのだ。責任は彼にではなく、私たちすべてにある」

 今回の侵攻に、ロシアに非があることは言うまでもない。ただ、その帰結として現在起きている事象を彼は、淡々と説明していた。

 「私たちは3年間もの間、世界が私たちを支援してくれ、それが永続するという幻想の中に生きてきた。しかし、残酷な現実を突きつけられる時は近づいている」』

『ウクライナ抜きで進む一方的な交渉

 トランプ政権はすでにその発足以前から、プーチン政権に水面下でアプローチし、「政権発足から24時間以内にロシアとウクライナの停戦を実現させる」との目標に向け動いていたことは間違いない。政権幹部となる人物らは昨秋ごろには、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟を「一定期間凍結させる」との内容をロシア側に打診していたとみられる。ただ、ロシアのプーチン政権は「10年NATO加盟が凍結されることが、何の差を生むのか」と一蹴した。

 そのため当初の計画は崩れたが、大統領となったトランプ氏には、対露交渉を緩める考えはなかった。2月上旬に、ロシアで懲役中だった米国人教師が釈放されたことを「重要な一歩」だと位置付けて、一気に交渉を加速。12日にプーチン氏と電話会談し、18日には、欧州やウクライナを無視する格好でサウジアラビアの首都リヤドでロシアのラブロフ外相と米国のルビオ国務長官がウクライナ、欧州連合(EU)抜きで会談し、高官級による交渉を加速することで合意した。

 トランプ政権は一方で、ウクライナに対し、同国の5000億ドル規模のレアアース(希土類)の開発利権を支援の対価として要求し、交渉を開始。見返りとなる安全保障供与が示されなかったことから、ウクライナ側は拒否したが、ゼレンスキー大統領が28日に訪米し交渉を進めるもようだ。

 トランプ政権はまた、紛争終結後に欧州がウクライナに駐留軍を出すことには反対しないとした。ウクライナの戦後の安全保障を、欧州側に一方的に押し付けた格好だ。

 米側の提案をゼレンスキー氏が拒否する姿勢を示すと、今度は同氏を「選挙によって選ばれていない独裁者だ」と断じ、根拠もなく「彼の支持率は4%に落ち込んでいる」と言い切った。さらにゼレンスキー氏こそが「和平交渉を困難にしている」とし、ロシアが望めば「ウクライナ全土を占領できるだろう」と断言した。

嘘と矛盾

 トランプ氏の一連の発言には当然、多くの嘘と矛盾が含まれている。

 言うまでもなく、2022年2月24日にウクライナに全面攻撃を仕掛け、多くの民間人を殺し、おびただしい惨劇を引き起こしてきたのはロシアだ。さらに戦争は、実質的には14年3月のロシアによるウクライナ南部クリミア半島の併合と、同国東部への、あからさまな軍事介入、不安定化のプロセスから始まっている。その後、東部では戦闘が激化し多くの民間人が双方の攻撃の犠牲となったが、その引き金を引いたのはロシアであることは疑いようがない。

 さらに、ゼレンスキー氏の支持率が4%というのも明らかに嘘だ。キーウ国際社会学研究所(KIIS)が今年2月4~9日に実施した、被占領地域を除くウクライナ全土の1000人に対して実施した電話調査の結果では、ゼレンスキー氏の行動を「信頼する」と答えた回答は全体の57%にのぼった。』

『同氏の支持率は戦争開始直後に9割あり、その値は減少していたものの、依然として多くの人々が同氏を支持しているのが事実だ。ウクライナ国内では、仮に今大統領選挙を実施すれば、国民的に人気が高いザルジニー元ウクライナ軍総司令官が出馬しない限り、ゼレンスキー氏が再選するとの見方が強い。トランプ氏が主張する4%という数字は、根拠がないのが実情だ。

矛盾した構図

 しかし、重要なのは彼の発言の細部が正しいかどうかではない。決定的なのは、そもそもウクライナがロシアに対抗することにおいて、米国からの支援を受け続けなければ戦闘を継続できないという、矛盾した構図にある。

 トランプ政権が発足した今年1月20日、米国務省はこれまでの対ウクライナ軍事支援を列挙した白書を発表した。そこには、22年2月以降のウクライナに対し、米国が総額659億ドルの軍事支援を提供したと明記され、さらに最新鋭の防空システムやミサイルなど、支援の内容が詳細にわたって列挙されていた。

 バイデン政権時に作成されたであろうこの白書は、「米国とその同盟国、パートナーは、ロシアによる許されがたい、言語道断のウクライナへの侵略に対し、団結して支援を提供する」と、強いトーンでウクライナ支援の重要性を強調している。しかし、逆に言えばそのような支援が失われれば、ウクライナが戦場で極めて困難な事態に陥る現実を示唆していた。

 欧州の調査によれば、開戦以降EUがウクライナに対し実施した軍事支援は総額約620億ユーロで、米国による支援の500億ユーロを上回った。しかし、その米国の支援が失われれば、ウクライナ軍がもたないのは明白だ。

 さらに米側は、ウクライナ側がレアアースの開発権益の供与などの米国の要求を受け入れなければ、ウクライナ軍を支えてきたドローン兵器をコントロールする衛星通信サービス「スターリンク」の提供を止めると警告したとも報じられている。ウクライナは、軍事面で手足を縛られた格好だ。

交渉へ前のめりのロシア

 そのような状況を、ロシア側は千載一遇のチャンスとして小躍りして受け止めている。メドベージェフ元首相は、ゼレンスキー氏を「独裁者」と形容したトランプ氏の言動を「3カ月前には考えられなかったことだ。トランプ氏は200%正しい」とほめそやした。メドベージェフ氏は特に強行的な発言で知られるが、それはプーチン政権内での役割を演じているだけで、彼の発言は実質的にプーチン氏の考えを強く反映している。

 ロシアには、戦争終結を急ぎたい実情もある。ロシア軍の死傷者数は、昨年は約43万人に達し、23年の25万人からほぼ倍増したとみられている。

 ロシア軍が前線で展開する〝肉ひき機〟などと揶揄される大量の歩兵を使った人海戦術が死傷者数の急増を招いているためだ。死傷者の増大が止まらない中、ロシア当局は報酬をつり上げ「志願兵」と呼ばれる契約軍人の採用を強化しているが、実態は素人同然の兵士も少なくなく、金に困った中高年層が徴兵に応じ、多数が死亡している実態があきらかになっている。』

『このような状況はまた、ロシア国内の労働力不足を一層深刻化させている。各国の経済制裁にもかかわらずロシアが高成長を続けているのは、旧ソ連時代に匹敵する規模の支出を国防費に振り分けており、それによって国内景気が活性化している実態がある。

 人件費の高騰などを背景にインフレは加速し、さらにそのインフレを抑え込むために、政策金利は実に20%超という高水準となっている。ロシア企業がまともに活動することは困難な水準だといえる。

背後で進むロシアの工作

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、SNS上では欧州各国の指導者との電話会談を重ねている状況や、米国のケロッグ特使と会談した後には「希望を取り戻した」と発言するなど、努めて冷静な対応を続けている。ただ、トランプ政権がロシアとの交渉をさらに本格化すれば、バイデン政権の支援で政権を維持してきたゼレンスキー氏の出番はなくなるのが実情で、早晩政権を去らなければならないときが来るのは否定できない。

 ただ、トランプ政権が思うように、ロシアが停戦に応じ、米国が望む形で事態が決着すると考えることはあまりにもナイーブだ。

 ロシアは東部戦線で攻勢を続けるだけでなく、米国内でも、バイデン氏など歴代政権が続けてきた対外援助機関をめぐるフェイクニュースを多数展開している事実がウクライナなどの調査報道で明らかになっている。プーチン氏は開戦以前から、ウクライナとロシアの〝歴史的一体性〟を主張しており、同国全土を手中に収めることをあきらめてはいない。

 米国がここで手を引き、仮にいったんは停戦が実現しても、ロシアが国力を回復した後に再びウクライナを侵略することは明らかだ。そのような状況に陥れば、ロシアの攻勢を止めるために米国が仲介できる可能性はさらに低下する。

 高齢で、4年後に政権を去る可能性が高いトランプ氏は、第一期政権で達成しなかった政策課題を、一気に片付けようとしている。しかし、そのような短期的な視点でロシアと相対することは、あまりにも危険と言わざるを得ない。』