ピークアウトする中国 「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界 (文春新書)

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ピークアウトする中国 「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界 (文春新書)
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『「楽観」と「悲観」の中国経済を読み解く

不動産バブルが崩壊し、今世紀最大の分岐点を迎えた中国経済。
このまま衰退へと向かうのか、それとも、持ち前の粘り強さを発揮するのか?
『幸福な監視国家・中国』で知られる気鋭の経済学者とジャーナリストが、ディープすぎる現地ルポと経済学の視点を通し、世界を翻弄する大国の「宿痾」を解き明かす。

◎「はじめに」より

中国経済に関する書籍はしばしば、楽観論もしくは悲観論、どちらかに大きく偏りがちである。

そうした中で本書の特徴は、不動産市場の低迷による需要の落ち込みと、EVをはじめとする新興産業の快進撃と生産過剰という二つの異なる問題を、中国経済が抱えている課題のいわばコインの裏と表としてとらえる点にある。

なぜなら、これら二つの問題はいずれも「供給能力が過剰で、消費需要が不足しがちである」という中国経済の宿痾とも言うべき性質に起因しており、それが異なる形で顕在化したものにほかならないからだ。

「光」と「影」は同じ問題から発しているのだ。

◎本書の内容

●1999年の着工以来、四半世紀も未完成のマンション
●陸の孤島にそびえ立つ巨大幽霊タワマン
●不動産危機によるチャイニーズドリームの終焉
●コロナ以降の金融・財政政策のチグハグさ
●バブルはなぜこれまで崩壊しなかったのか?
●「合理的バブル」が中国経済にもたらした歪み
●楽観ムードが消え、人々は借金返済と貯蓄に邁進
●スタバからコンビニコーヒーへ…消費ダウングレードが加速
●国家公務員は倍率87倍の狭き門に
●竹中平蔵が中国経済のキーパーソン?
●EV普及の裏にある「墓場」の存在
ほか 』

『 θ
5つ星のうち5.0 供給過剰、需要不足の中国経済
2025年2月23日に日本でレビュー済み

本書は、不動産バブル崩壊危機が叫ばれる中国経済の状況を論じた本である。
著者らはどちらかというと中国経済に好意的な論調(中国経済の危険性に対して否定的な議論)が多かったが、そうした著者らも中国経済の限界を指摘する状況に至っているともいえる。

冒頭のタワマンゴーストタウンレポから、なかなか面白い。郊外の誰もいない巨大タワマン団地(農地規制から郊外でも建物を広げにくく上に伸ばす傾向:p34)はグロテスクですらある。未完成物件は購買委縮を起こすから、中国政府は「未完成物件を完成させろ」と大号令を発し、誰も欲しくないタワマンが工事再開されたりしている(p28)。中国は低密度中小都市を多数作ろうとしているが、市民が欲しいのは北京や上海といった一線都市、あるいは各省の中心の二線都市の環境である。このギャップが地方のゴーストタウンを作り上げている(p66-68)。

不動産人気について、成長率が利子より高い場合に生じる「合理的バブル」による説明がなされている(第4章)。ただ、いつまでも高成長率が続くことはないと考えるのであれば、これもやはりバブルの一種ともレビュワーには思える。ただ、背景事情として弱い社会保障・社会保険制度の存在と「安心な老後」のための不動産獲得があるという点は重要であろう(p90-91)。

中国では、例えばコロナ化の支援も支払いの延期減免措置中心、産業政策中心と、供給サイドへの刺激がもっぱらであった(p49)。それ以前から一般に、中国は財政規律を優先して金融政策ばかりで財政政策をとらず、負債は専ら民間サイドに偏っている。金融政策による資金が不動産に流れ込んでバブルに転じた(p52)。

地方ー中央関係でも、財源(税)だけ中央が吸い上げて行政サービスは地方政府にさせるという歪な状況があり、地方政府は財源不足で、そのため不動産売却・転売を財源としてきた(p122-123)。中国の経済政策は、竹中平蔵に倣った供給サイドの改革(p141)と共同富裕=「自発的」な寄付による平等化(p151)で、レビュワーには新自由主義・リバタリアニズムの世界に接近しているように見える。

近年のEV攻勢は、不動産低迷の裏表だという。中国政府の産業政策(他国と比べて大きい。ただし著者らはそこまで重視していない:p185-190)とブームへ殺到する企業(p201-202)がEV輸出を作り出しているが、これは供給過剰と需要不足の別の側面である。一帯一路も、債務の罠による支配ではなくこうした供給過剰のはけ口だとしている(第8章)。

ただ、これは二者択一ではなく、政治的な支配の狙いと、供給過剰のはけ口はともに存在していて一帯一路が動かされたとみてもおかしくはないとレビュワーは感じる。

その他興味深い記述

・中国の家計資産の70%は不動産(p21)
・中国不動産は予約販売方式なので、建設中止に陥ると物件はないのにローンを払わないといけない事態が生じる(p26)
・中国の「低速EV」は、ミニ四駆のようにモーター系統にボディを載せたものが売られている(p183)

中国経済の記述として需要の弱さにフォーカスしていて面白い。ただ、その側面のみで語ろうとしているので、その他の側面(他の方も指摘するような国家ぐるみの技術漏洩から、安価な労働者(その裏面の権利軽視)まで)は語られていない点には注意が必要である。また金融融資の過剰についても認識は軽めの印象である(これを厳しく評価する本として「世界の終わり」の地政学)。

ともあれ、中国経済の構造と今後の展望を考えるうえで、本書は重要な示唆を与えてくれるだろう。』

『 美しい夏

5つ星のうち4.0 不動産市場の危機と新興産業の快進撃。
2025年2月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入

一、あれこれ

◯現在中国の経済に関する本である。
梶谷氏は中国経済が専門の経済学者、高口氏は現代中国が専門ジャーナリストで、お二人の共著である。
◯現在中国経済には、不動産市場の危機という「影」の部分と、EV(電気自動車)をはじめとする新興産業の快進撃という「光」の部分が存在するが、「影」も「光」も同じ問題、「供給能力が過剰で、消費需要が不足」という中国経済の根本的問題から発している、ということを論証する本である。
◯題名がちょっと難しい。ピークアウトは最盛期を越えたという意味かな。「合理的バブル」は中国不動産価格の長期にわたる上昇のからくりのキーワードとして、「殺到する経済」は新興市場の拡大の産業政策と「ブームに殺到する企業」の組み合わせによって一気に生産能力が拡大する現象のキーワードとして使われている。
◯第1章から第4章までが中国不動産業の危機で、第1章が未完成建築、巨大幽霊タワマン等の現地ルポで高口氏が担当、第2章がポストコロナの短期不動産リスク(未完成マンション等)、第3章が2010代の新型都市化政策の中期不動産リスク(巨大幽霊タワマン)、第4章は長期にわたる不動産価格上昇のからくり(合理的バブル)の解明である。
◯第5章が不動産危機による中国社会での悲観論の広がりのルポで高口氏が担当。
◯第6章が不動産危機により顕在化した地方政府の財政難。
◯第7章が新興産業の快進撃、中でもEV産業の台頭の背景と要因。殺到する経済。第2節のEVの墓場は高口氏が担当。
◯第8章は「供給能力が過剰で、消費需要が不足」と中国経済の根本課題の解析で、不動産市場の危機という「影」の部分と、EV(電気自動車)をはじめとする新興産業の快進撃という「光」の部分をつなぐ。

二、私的感想など

◯難しくてわかりにくいところもあったが、類似の主張が繰り返されること、各章の最後に小括があり、論点がまとめられていることから、先に進むことができ、最後まで読めた。よく知らなかったことが多く、勉強になった。
◯第1章と第5章と第7章2節が現地ルポの形になっていて、未完成建築や幽霊タワマン、空きテナント、飲み屋の客の節約志向、EVの墓場などの取材情報が記述されているのが興味深い。
◯中国政府はEV産業等の供給サイドの拡大・効率化には熱心であるが、総需要の拡大には消極的であることが繰り返し述べられ、著者は、総需要の拡大のための積極財政政策が今後の中国経済の回復にとって必要不可欠と主張する。この点、第六章の小括では「現時点ではその(積極財政への転換の)きざしは見られない」となっていたが、240頁には「これらの一連の政策パッケージが次々と打ち出されたのを見る限り、現政権は現在の経済低迷の原因の一つが需要不足にあり、その解消のために積極的な金融・財政政策を行う必要性があることを十分に認識しているものと思われる」とある。さて、この先、どうなるのだろう。』