ウクライナの将来、欧州に迫る決断 鶴岡路人氏
慶応義塾大学准教授
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD2713L0X20C25A1000000/
『2025年2月7日 5:00 [会員限定記事]
ポイント
○米国がGDP比で5%の国防支出を要求
○国防支出は国の安全保障の真剣度を反映
○ウクライナと運命共同体の覚悟はあるか
欧州の安全保障が揺らいでいる。しかも原因が同時に複数存在し、互いに連関していることが問題を複雑にしている。短期的にみれば揺らぎの震源は米国のトランプ政権の再登場だが、それをきっかけに欧州安保は重大な岐路に立たされている。米欧関係の基本的構図、対ロシアの本気度、そしてウクライナ…
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『とはいえ、欧州のみの責任でもないことが議論を複雑にする。欧州に決定的に欠けるものの一つとしてよく指摘されるのは、大規模作戦の指揮統制機能である。そして欧州がこうした能力を持つことを長年にわたり妨げてきたのは米国だった。欧州での主導権や影響力を維持したかったからで、米国もいわば「共犯」だったということだ。
結局、米国は特別な大国としての主導権を失いたくなく、欧州はその体制下で安全保障に関する責任を逃れてきた。それは双方の利益に合致していたために長く続いた。第1期トランプ政権はそれを抜本的に変えるかと思われたが、現実には継続性のほうが目立った。時間が足りなかったのも事実だが、米国が結局「普通の国」になれなかったということでもある。
職場の飲み会を想像すれば分かりやすい。上司のおごりなら、店やメニューを勝手に決められたり、うんちくが続いたりしても許容されるかもしれない。しかし、割り勘であれば拒否反応は強まる。
同盟も同じだ。米国が多くを負担しているのであれば、欧州は様々な局面で米国に従わざるをえない。しかし対等な負担を求められれば米国に従う道理は低下する。欧州の姿勢が問われると同時に、米国のあり方が問われるゆえんである。』
『今日、トランプ氏の求める5%はさすがに無理だという声が支配的だ。しかし10年前は多くの国で2%も無理だと思われていた。日本でもそうだった。何が不可能で何が現実的かは、いつでも変化する。
欧州諸国は、世界のなかではいまだに豊かな国々である。国防支出を大幅に増やさなければ国民が多数犠牲になる切迫した状況になったとき、見殺しにする選択肢はない。日本も同様だろう。それゆえに国防支出の水準は可能や不可能の話ではなく、安全保障への真剣度の物差しなのである。』
『そのうえで欧州安全保障の将来に関連して、欧州がそろそろ腹を決める必要のある問題がウクライナの将来である。NATOや欧州連合(EU)への加盟問題はロシアとの交渉次第という側面があり、ボールはロシア側にあるかのような議論も欧州では少なくない。しかしロシアの出方にかかわらず、欧州としての覚悟を定めなければならない時期が迫っている。
そこで鍵となるのは、ウクライナを欧州に迎え入れることのリスクと、入れないこと、つまり欧州とロシアとの間に「中ぶらりん」にしておくリスクのどちらが欧州の安全保障にとって大きいのかである。』
『ロシアによる再侵略を許すことは、欧州にも巨大な打撃になる。この観点ではウクライナをNATOに入れた方が欧州の安定につながり、NATO加盟国にも利益になるという計算が成立する余地がある。これはウクライナが侵略されたのは、同国がNATOに加盟しようとしていたからではなく、NATOに加盟できていなかったからだ、という理解ともつながる。
ウクライナの停戦議論が今後どのように進められるかは不透明である。一部で報じられる欧州諸国による停戦監視・平和維持のための部隊派遣案は、NATO加盟の代替策とみられている。実現には、ウクライナと一蓮托生(いちれんたくしょう)の運命共同体になる覚悟が求められる。ウクライナのためではなく、自らの利益のためにこれに踏み切れるかが問われているのである。』