<トランプによる世界秩序変革5つのシナリオ>
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/36436
『岡崎研究所
2024年12月28日付のフィナンシャル・タイムズ紙で、同紙のギデオン・ラックマンは、米露中は夫々世界秩序に変革を求める修正主義国家となった、今後の新しい世界秩序は確言できないと、5つのシナリオを示している。
(AP/新華社/アフロ)
今や、米中露三国が夫々異なる形で現行世界秩序に変革を求める修正主義国家となった。中露は、驚くべきことではないが、不可解で深刻な影響を及ぼすのは、米国の修正主義だ。
米国が本気で国際的なコミットメントを見直すのであれば、世界は適応する他ない。これに最も脅威を感じている国々は、米国の伝統的同盟国(英国、日本、カナダ、韓国、ドイツ、欧州連合〈EU〉諸国等)である。
英国(対米赤字)は、関税からの免除を期待する。日本は、トランプ関税の標的になるだろうが、対米報復はしないだろうし、安全保障が交渉の駒になることは避けるだろう。
安全保障では、ロシアと中国が最も危険な修正主義者だ。彼らは、新しい世界秩序の中心は西側の力の衰退だとする。
プーチンと習近平には具体的な領土要求がある。ロシアはウクライナの独立を事実上終わらせ、親露的な政府をウクライナに樹立しようとしている。ウクライナでロシアが勝利すれば、世界、特に中国のアジアでの修正主義的な野心追求に勇気を与える。習近平は軍に2027年までに台湾征服の準備を整えるよう指示したという。
これらのことを考えると、今後の世界秩序について確言は出来ない。出来るのはシナリオだけだ。以下5つの可能性がある。
第一は、新たな大国間の取引である。米露中が夫々の地域での勢力圏を事実上認める。米国は、自国の地域での支配を主張し、メキシコやカナダに圧力をかけ、パナマ運河の奪還やグリーンランドの支配を目指す。
トランプは、ウクライナに和平合意を強制するが、安全保障は保証しない。対ロシア制裁は緩和される。米国は中国への技術制限や関税を緩和し、中国は米国製品を購入し、テスラ等米国企業に特別待遇を与える。
第二のシナリオは、偶発戦争である。ウクライナ停戦は合意されるが、ロシアの戦闘再開の恐怖が欧州全体に広がる。トランプは同盟国防衛への疑念を拡散する。
西側の混乱を利用して、中国、ロシア、北朝鮮が単独又は共同で、アジアや欧州で軍事行動を始める。彼らは誤算し、アジアや欧州の民主主義国が反撃し、米国は二度の世界大戦のように紛争に巻き込まれる。』
『第三は、リーダー不在のアナキー(無秩序)である。トランプの「アメリカ第一」政策により、世界でリーダー不在の真空が出来る。貿易戦争で経済が停滞し、スーダンやミャンマー等で内戦が激化する。地域の大国が紛争を煽る。ハイチ等が無秩序に陥り、西側諸国への難民流入が増大しポピュリスト政党が伸長する。
第四は、米国抜きのグローバリゼーションである。米国は関税で防壁を築き、世界貿易機関(WTO)を脱退する。米国内では物価が上昇し、商品の品質が低下する。
他国は経済相互依存を加速し、EUは中南米との貿易協定を批准し、印中とも新協定を結ぶ。欧州は、中国製電気自動車(EV)や環境技術を受け入れ、中国がEUに工場を建設する。グローバルサウスは中国との経済統合を深め、ドルの地位は低下する。
第五は、「米国第一主義」の成功である。投資が米国に集中し、米国は技術と金融の優位を拡大する。欧州や日本は、防衛費を大幅に増加し、それがロシアと中国の侵略を抑止する。
米国の関税政策が中国の成長を抑制し、中国の体制が危機に陥る。これからの4年間は、これらのシナリオの融合あるいは予測不能な新たな展開を含むものとなろう。
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今の危機は4年の問題
ラックマンによる刺激的な議論である。ラックマンは、①今や米中露三国が夫々世界秩序に変革を求める「修正主義国家」となった、②米国が本気であれば「世界は適応する他ない」、③トランプに最も脅威を感じている国は米国の伝統的同盟国である(英国、日本、カナダ、韓国、ドイツおよびEU)、④日本はトランプ関税の標的になる可能性が高いが対米報復の可能性は低い、安全保障が交渉の駒になるようなことは避けるだろう等と指摘する。その上で、五つのシナリオとして、①大国間の取引(勢力圏に合意)、②偶発戦争、③リーダー不在のアナキー、④米国抜きのグローバリゼーション、⑤米国第一主義の成功を挙げる。
ラックマンの5のシナリオのうち、①や②は悪いシナリオだが否定は出来ず、注意を要する。③や④は有り得る。④のシナリオでは、米国は本当に衰退国家になるだろう。
⑤の米国第一主義の成功は、可能性は低いのではないか。トランプの政策と手法が上手く行くようには思えない。
米中露三国は何れも今や修正主義国になったとのラックマンの指摘は、言い得て妙だ。しかし、米国の修正主義には中露のような必然性はなく、その理由はトランプが大統領になったからということでしかない。』
『今の世界の危機は、必然というよりも、指導者の危機であり、基本的には米国のアクシデントによる危機の側面が強いのではないか。第一次世界大戦や第二次世界大戦の後の危機とは違うのではないか。
今の危機を過小評価してはならないが、過大評価するのもどうか。かかる視座に立てば、対応も向こう4年の問題として対処するのが相当になる。
考えるべき第6のシナリオ
第6のシナリオはないか。向こう4年への対応に当たっては、リベラル秩序の価値と理想を大事にして、マドル・スルー(あれやこれやの手を打ち、何とか切り抜ける)する。
米国の同盟国は、トランプの悪影響を最小限にし、可能な範囲で米国のリーダーシップを助け、防衛など自分の責務や負担は増大していく。自由で開かれた貿易経済体制は必要に応じグローバル・ガバナンスを強化し維持していく。必要であれば、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)のように米国抜きの合意も作る。
戦後の国際協力体制やグローバリズムが崩壊すると世界はアナキーになってしまう。今、戦後の秩序が方向として間違っているとは思えないし、それ以上より良いシステムが見つかっている訳でもない。米国とて、トランプ旋風がこのまま続くようには思えない。
2年後には中間選挙もある。共和党内にも、正統派の良い人々は多く居る。国民にもトランプ疲労が出てくる。世界のカネや人材は常に米国に向かっている。
米国は、それをフルに利用して、有効な産業・経済政策を取って行くべきだろう。問題はこれからの4年である。』