ロジカルシンキングの通用しない課題を普通の人でも解けるようになる熟断思考とは?
https://diamond.jp/articles/-/82123


『2015.11.26 5:03
ロジカルシンキングは、ビジネススキルとして不可欠です。
しかし、それだけでは解決できない場面にぶち当たった経験はありませんか。
ビジネスには、ロジカルシンキングで解決できない課題が確かに存在します。そうした課題をどう見極めて、どのように解決に当たればよいのか。130社、1万3000人に意思決定の技法を授けてきたディシジョン・アドバイザーの籠屋邦夫さんに聞きました。
ロジカルシンキングには限界がある
みなさんの周りに、ビジネスに関連する問題や課題は山積していると思います。
籠屋邦夫(こもりや・くにお)
1978年東京大学大学院化学工学科修了、84年スタンフォード大学大学院エンジニアリング・エコノミック・システムズ学科修了。スタンフォード大学にてロナルド・A・ハワード教授より意思決定理論の手ほどきを受ける。三菱化学を経てマッキンゼー東京事務所にて、エンゲージメント・マネジャー/ディレクター・オブ・リサーチとして企業ビジョンの策定・全社組織改革などのコンサルティングに携わる。90年渡米し、ハワード教授らが創立したストラテジック・ディシジョンズ・グループ(SDG)に参画。SDGにてパートナー/日本企業グループ代表。2000年に帰国し、A.T.カーニーでヴァイスプレジデントとして経営課題に対するコンサルティングに取り組む。現在は、企業やビジネスパーソンの戦略スキルや意思決定力向上を支援するエデュサルティング活動に力を入れている。著書に『意思決定の理論と技法』(ダイヤモンド社)、『スタンフォード・マッキンゼーで学んできた 熟断思考』(クロスメディア・パブリッシング)など。
解決するにあたって、SWOT分析や3C分析といったロジカルシンキングのフレームワークは大変有効です。様々なフレームで情報を集めて、仮説をつくり、さらに情報を集めて、検証する…。混沌とした考えを整理する道具として非常に便利だし、思考のヌケをつぶすときに役にたちます。
この方法で解決策が出てくるのは、これがベストだ!とか、理想だ!という“あるべき姿”があって、それと現状との間にギャップがある「問題」の場合でしょう。
たとえば、ある事業部門の赤字を黒字化するとか、あるサービスへのクレーム急増に対してサービス内容やクレーム対応体制を見直すといった場合です。どれも、解決方法が複数考えられるとしても、割とストレートに皆の納得がえられるかたちで正解が見つかります。
一方、ロジカルシンキングで検討してみても、解決策が見えないときがありませんか。それは、みなが共有できる唯一解としての“あるべき姿”がなく、選択肢や不確実要因、価値判断尺度で悩むような「課題」の場合です。
あるべき姿といっても、抽象的なレベルでよければ周囲の理解も得られます。たとえば、中期目標として「時代の変化を先取りし、顧客を満足させ、競合に継続的に打ち勝つようなスキルを持って、事業を成長させましょう」…どうですか。むろん、漠とした方向性に反論の余地はありません。しかし、それを検証可能なかたちで具体化していくとなると途端に混迷するはずです。
こうした課題については、いくつか考えられる解の中から、自分が“こうありたい”と思う理想の姿を選びだして、実現するための具体策を講じることになります。
たとえば出版社の未来について考えてみましょう。
雑誌や書籍の販売減やインターネットの台頭により苦しむなか、今後成長していくには、どのような事業体を目指せばよいのでしょう。
“なりたい姿”と得意分野は出版社によってさまざまですから、当然にして講談社と文藝春秋とダイヤモンド社では“解”が異なるはずです。
そこには「こうなりたい」という各社の意思、パッションが強く反映されるはずだからです。
前段としてロジカルシンキングによる現状認識や世の中のトレンド分析は不可欠であり、その時点で各社の見方に大きな差はでないでしょうが、それだけで解は導き出されないのです。
単にロジカルシンキングを使いこなせていない場合も散見されますが、ロジカルシンキングにこうした「限界」があることも知っておくべきでしょう。』
『唯一解がない課題を解くための熟断思考法
ロジカルシンキングだけで最終結論が出ないのは、別の見方をすれば「PDCAの高速回転アプローチ」が効かないケースです。
PDCAというのは、計画(Plan)・実行(Do)・評価(Check)・改善(Action)をサイクルしていく事業管理手法ですよね。
これが有効でないというのは、次のような「課題」の場合といえます。
(1)PDCAの1サイクルの実行に時間がかかる
(2)多額の経営資源が必要
(3)うまくいかなかったときの影響が甚大
(4)解を作り上げ実行するのに様々な人たちの知恵とスキルが必要
逆にこれらの要素のどれもあてはまらない場合は、ロジカルシンキングで「うん、これなら行けそうだ」という取りあえずの解が見つかったら、号令一下、直ちにPDCAの実行と軌道修正モードに入れば良いのです。
では、ロジカルシンキングで解けない課題を解く場合は、どうすればよいのでしょうか。
繰り返しになりますが、唯一の正しい解はありませんから、自分がこうありたい、と思う姿を心に定める作業が必要です。それも、自分たちの組織の遂行力で実現できる姿でなければ意味がありません。それも、単にえいやっと勢いで決めるのではなく、様々な可能性を検討したうえで意思をもって決めるという意思決定が必要です。
私は、そうした意思決定を造語で「熟断思考」と呼んでいます。
熟断というのは熟慮断行の略です。
天才ではない普通の人たち(チーム)が知恵を結集して、あっちかこっちか賢く迷い、意思決定するまでの思考を指します。
近年、ビジネスにおける意思決定のスピードや即断即決の重要性が強調されてきましたが、「スピードがすべて」「速ければ速いほどいい」というのは明らかに行き過ぎだと私は思っています。その風潮に一石を投じたく、熟断思考を提唱してきました。
こうした課題については、明快に理由を説明し「こうする!」と力強く意思決定できる、カリスマ的リーダーでなければ解けないのではないか、と不安を感じる方もいると思います。
しかし、それは大いなる誤解です。私の師の一人でもある有名コンサルタントの大前研一さんのように、パッと一足飛びに課題設定から素晴らしい解決策までひねり出せる人はごく稀ですし、常人には真似のできない芸当です。
でも、普通の人でも、ある程度方法論を学んで訓練を通じて身につけ、パッションを持って考えれば、そこそこの天才ぐらいは越えられるというのが私の持論です。』
『ここで熟断思考の具体的なステップを紹介していきます。
■第1ステップ:タイムリミットの設定
まず、決断のタイムリミットを設定すること。熟慮といってもダラダラ考えていていいということではない。期限の決め方には大きくふたつある。ひとつは、「この期限を過ぎると、いま俎上に乗せられる選択肢の価値が大きく下がってしまう」というぎりぎりの時間まで考える。もうひとつは、思考の質がこれ以上は上がる余地がないと判断されるところまで考える。
■第2ステップ:課題のフレーミング(枠組み設定)
次に、課題をフレーミングする。個人であれ組織であれ「いつ頃、どうなったらうれしいか」を考えて、それに向けた打ち手や懸念事項をリストアップし整理することで、課題の全体像をつかむ。この時「うれしい姿」は複数あって構わないし、実際そういうケースが多い。
■第3ステップ:検討要素の抽出
さらに、「そうなったらうれしい、という姿を実現するために何をすればいいか」という具体的な選択肢を洗いだす。
さらに、「その選択肢を選んだ場合、どのぐらいの確率でそうなるか」という不確実性を考える。
さらに、「自分にとってそれは本当にうれしいことなのか」という価値判断尺度をはっきりさせていき、選択肢と不確実性のシナリオごとに、相対的なうれしさを価値判断尺度に照らして測定していく。
それらを全て鑑みて、最終的な決断を下す。検討はここまでで、最後は自分の心にしたがって選ぶしかない。
熟断思考で新国立競技場の建設問題を考えてみよう
たとえば、この方法論にしたがって、今年の6月から7月にかけて世論が沸騰していた新国立競技場の建設問題を考えてみました。論点が多いので、それをまず整理します(図1)。
意思決定の基本的な3要素(意思決定事項、不確実要素、価値判断基準)について、政策レベル、戦略レベル、戦術レベルに分けて考えていきます(図1)。
すると、4つの意思決定事項(デザイン、屋根のタイプ、目標完成時期、建設費用メド)のオプションの組み合わせとして、次の3つの選択肢を検討すればよいことがわかります。
・豪華な「ザハ現行案」
・予算を押さえつつもイベントにも使える質素な「マルチユース型」
・マルチユース型よりさらに予算を押さえた「スポーツ特化型」
上記3案を検討する際に、ひとつの重要な価値判断尺度としてトータルライフサイクルコスト(TLC)があります。
これは建設を始めてから30年間使用した際にかかる費用と収益の合算です。TLCを計算する際のメンテナンス費用やイベント収益などは、スプレッドシートモデルを作っていくらでも詳細に分析できるのですが、大まかに検討して出た結論が図2です。
収支面と初期投資の面ではスポーツ特化型が優勢
まず、お金に関する価値判断尺度においては、不確実要因の振れがあっても、ザハ現行案が最適戦略となることはない、というのが分かります。
したがって「デザインに対する国民の夢」や「ラグビーW杯での利用」といった定性的価値判断尺度をよほど重視するのでない限り、ザハ案は白紙撤回すべし、という結論になります。
それ以外の2つの案で比較すると、ほとんどの不確実シナリオでスポーツ特化型が最適選択肢となります。この表からは読み取りにくいのですが、唯一、年間イベント収益が上振れする場合にはマルチユース型が優位となり悩ましい、ということになります。
これらから導き出される結論は次のとおりです。』
『「マルチユースで設定した1500億円を上限として、マルチユースかスポーツ特化かは限定せず、提案者に委ねる。メンテナンス費用低減とイベント収益増大策もワンセットにした、2020年2月までに完成する案を再度募集する」。
国家予算で作りますから、最終判断を下すのは首相です。国民の意思をできるだけ汲みとったうえで、国家百年の計でみて良いと思える結論を下してもらうことになります。政府の実際の検討がどのようになされたかわかりませんが、本来は決断に向けてこうした意思決定プロセスを踏まえてほしいものです。
なお、上記は熟断思考による結論部分を簡単にご紹介しましたが、実際の検討では、様々なツールを活用しましたので、一例を挙げておきます。
〇フォースフィールド・ダイアグラム:議論の対象となっている構想(今回の場合だと、ザハ現行案でこのまま進むべきか否か)について、推進の論点と反対の論点を洗い出すツール
〇ストラテジー・テーブル:将来の嬉しさに大きな影響を与える重要意思決定事項(この場合だと、デザイン/屋根のタイプ/目標完成時期/建設費用メドの4項目)を横に並べ、その下に各意思決定事項における複数オプションをリストアップした上で、各意思決定事項のオプションを横に整合性をもって繋げていくことで、複数の包括的な選択肢を作り上げるツール
〇トルネード・チャート:将来の嬉しさに大きな影響を与えそうな不確実要因(この場合だと、TLCに影響を与える年間メンテナンス費用、年間イベント収益、実際の建設費用、ザハ氏への補償金額など)について、上振れ・下振れした場合のインパクトを感度分析し、それをチャート化したツール。チャートが竜巻の形に見えるので、トルネード・チャート(=竜巻図)と呼ぶ)
意思決定の質を左右する6つの要素とは?
さて、熟断思考の3ステップを紹介してきたので、意思決定の質を左右する6つの要素にも触れておきます。(詳しくは拙著『意思決定の理論と技法』をご覧になってみてください。)
・的確な考え方の枠組み
・創造的かつ実行可能な戦略代替案
・有用かつ信頼性の高い情報
・明確な価値判断基準
・明快かつ正しいロジック
・実行への関係者全体のコミットメント(やる気・覚悟・決意)
これら6つの要素のうち、もっとも弱い部分が意思決定の質を左右します。どれも欠けてはならず、バランスが重要です。上記の熟断思考の3ステップと合わせて、質の高い意思決定をするのに役立てて下さい。(続きは後編へ。11/27公開) 』