ロシアのウクライナ侵攻直後と変わった点、変わらなかった点
意識高い系の退潮が間違いなく影響する停戦協議の行方
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/85770
『漂い始めた紛争の出口らしき気配
残りわずかの2024年に続き2025年ともなれば、ロシア・ウクライナ紛争の勃発から丸3年に近付く。
そして、この紛争にも出口らしき気配が漂ってきた。
年明けの1月に米国ではD.トランプ政権が発足する。
現政権のJ.バイデン大統領がウクライナに肩入れしてきたこの紛争が、新政権によってようやく終止符を打たれるという予想が広まり、ロシア、ウクライナ、その他の関係諸国は皆その対応に動き始めている。
停戦が予想されるのは、このトランプ新政権の登場だけが理由ではない。ウクライナの継戦能力に限りなく赤に近い黄信号が灯り、青色にはもう戻れないのでは、と多くに思われつつある。
2023年の反転攻勢の失敗以来、ウクライナ軍が東部や南部でロシア軍を押し戻せない戦況が続いている。
北部で2024年8月に敢行したロシア領クルスク州への侵攻も、精鋭部隊を投入したと喧伝されたにしては短期間でその前進が止められてしまい、今ではロシア軍の逆攻勢に晒されている。
国力で勝るロシアを相手に、武器と兵員の不足が顕著になったことが、戦局利あらずの直接の原因のようだ。
欧米のウクライナへの武器援助は必ずしも計画通りには運ばず、同国内での新規徴兵もうまくは行っていない。
戦局好転の見通しが立たず将来の絵姿が描けなくなれば、当然ウクライナ国民の士気も落ちてくる。
徴兵忌避や戦線での逃亡兵増加はもはや隠しようがなくなり、報道によれば対露和平交渉に進むべきと考える国民の割合も5割を超えた。
この状況を見れば、これまでウクライナを兵器や資金で支えてきた欧州諸国も、対露戦勝利はもはや夢物語で、代わりに現実的な停戦とその後の安保体制構築に向けて動くしかないと考えて当然なのだろう。
その中でウクライナ勝利への悲観論を決定付けたのは、上述のウクライナ軍によるロシア領クルスク州への侵攻作戦だったように思われる。
この作戦については当初から、何の意味があるのかと問う指摘が西側諸国からも多々出ていた。
それに対して、ロシアに東部戦線の兵力分散・転戦を余儀なくさせてその攻勢を弱める、あるいは停戦を見込んで奪われた東部・南部の領土との引き換え交渉に持ち込む材料つくり、といった解説がウクライナや西側の論者から出された。
しかし、いずれの理由付けも、どこかすんなり納得できないものが残る。』
『支持率急低下がゼレンスキーの手足縛る
そしてその意図がどうあれ、ロシアはウクライナの見込み通りには動かず、逆にウクライナ軍は東部戦線での増強を怠ったことで、ロシア軍の快進撃を招いてしまった。
この作戦の立案者が誰で、ウクライナのV.ゼレンスキー大統領や米国がどこまで深く関わったのかは不明だ。
しかし、結果を見たことで、ウクライナが物量面での劣勢のみならず、戦術・戦略の立案・実施の面でもまともに戦えていない、という評価を西側内部に生んでしまったのではないか。
そうなると、ゼレンスキー大統領以下が米欧に対してどれだけ「勝利計画」(ウクライナのNATO加盟や対ロシア攻撃および抑止力構築などが主眼)を口説いて回っても、不発に終わるしかない。
この計画を引っ提げて、グローバル・サウス諸国他160か国のウクライナ応援団結成を目論んだものの、その舞台となるはずの「平和会議」は開催されることがなく、事実上その案が潰れた状態のようだ。
国内での支持率が大きく下がってきたゼレンスキー大統領は追い詰められる。
最近ではメディアに対して、NATO(北大西洋条約機構)加盟が即叶うならロシアの占領地域の奪還は武力によってではなく外交で、と表明せざるを得なくなっていた。
領土奪還への戦闘継続の旗を、取りあえず、であろうと降ろさざるを得なくなったのだ。
では、停戦に向けてこれからどのような動きになるのか。
トランプ次期大統領はロシアのV.プーチン大統領との会談を行う意向を示し、プーチン氏も「望むところだ」というサインを送っている。
両者が会うとなれば、ウクライナにとって有利な条件で話が運ぶとは予想されていないから、危機感を持ったウクライナや1月20日までは政権の座にあるバイデン大統領が、残されたわずかの日々で何かを新たに仕掛ける可能性はまだ残っている。
だが、長距離ミサイルをロシア領内部へ撃ち込んでも、ドローンでの攻撃を多発させても、あるいはロシア要人へのテロ行為を繰り返しても、トランプの大統領就任までに戦局を一変させることはまず見込めないだろう。
一部の米誌やそれを受けた日本のメディアは、ウクライナ軍のミサイルやドローンによる攻撃での成果を、映像を交えて頻繁に伝えている。
ロシア敗北の可能性がまだ残ると言わんばかりだ。
しかし、全戦線でウクライナ軍が押されている中では、負けが込んできても自国軍が果敢に戦う姿を伝えていた1944年のドイツや日本の週間ニュース映画を改めて見せられているかのように思えてしまう。
とは言え、敗色濃厚のウクライナが脇に置かれた格好で米露首脳会談が開かれたとしても、簡単に停戦というわけにはいくまい。』
『トランプ新政権にできること
トランプ氏との会談を望むプーチン氏も、ロシアの要求やその趣旨をトランプ氏がすぐに認めると予想するほどナイーブでもなく、トランプ氏や米国を信用するから会談するということでもない。
口で何を言おうと、トランプ第1期政権時代の対ロシア外交での実績(対露経済制裁他)を思い返せば、彼の判断だけで米国の政治を切り盛りできるものではないことがはっきりしている。
そして、トランプ大統領の要求は戦いを止めろということであって、決してロシアの対ウクライナ侵攻を肯定するものでもない。
さらに、トランプであろうとなかろうと誰がトップに立っても、今の米国はその国内政治の仕組みそのものが過度に不安定なものとなっており、その治癒にはかなりの時間が必要だ、とプーチン大統領は見ている。
仮にトランプ氏と意気投合できたとしても、4年後以降にまた民主党政権に代わり、緊迫した両国関係へ逆戻りとなるかもしれない。
しかしそれでも、全く話し合う余地が見えない現バイデン政権の原理主義的な立場に比べれば、トランプ氏の方がまだマシということなのだ。
彼を相手に、物事を少しずつでも解決に向かわせる協議や妥協の積み重ねは可能なのではないかと踏んでいるのだろう。
そのプーチン側から出されるであろう要求には、既占領地域(クリミアと東部・南部の4州)のロシアへの併合承認と、ウクライナのNATO非加盟および軍備の制限を伴う中立化や、ウクライナ領内の非武装地帯の設定がまず挙げられる。
その上で、欧州を巻き込んだより広範囲の新たな安保体制構築とそれへの米国の関わり方についてプーチン大統領は論じ合うことを考えているはずである。
一方、返り咲きのトランプ新大統領が、停戦に向けて実際にどのような方針を選択するのかはいまだはっきりしない。
これまでに彼や副大統領となるJ.ヴァンス他の顧問たちが断片的に述べてきたことから推測すれば、まずは停戦を求め、ロシア軍が支配するウクライナ領を当面ロシアの占領下に置くことを認め、ウクライナのNATO加盟をすぐには認めない、という線が濃厚のようにも見える。
これらはいずれもロシア側の主張を受け入れたかのように聞こえる。しかし、議論が具体的な取り進め方に入ればそうとも言えなくなる。
ロシア軍の占領地域へのロシア支配を当面認めるとは、それがロシア領となったことを正式に認めるものではあり得ない。
ロシア軍を占領地域から追い出せないという事実を追認するだけであり、本来のウクライナ領であることを否定するものではない。
ではどうするのかだが、過去の世界の領土問題解決例を見れば、5年なり10年なりの期間を置いて、住民投票で当該地域の帰属を決める形に持って行くしかないのだろう。
その間は、ロシアの占領は国際法に反するがやむを得ない、という扱いになる。』
『欧州やウクライナから手を引けない米国
停戦の時点までにウクライナ東部・南部の4州の行政区域すべてをロシアが制圧していなかったなら、実際の戦線でロシアの事実上の支配領域を決めることになる。
トランプ大統領も、区切りが良いからとてこれらの地域の未制圧部分までロシアに渡すほど人は良くあるまい。
その未制圧部分からウクライナ軍を撤退させるか否かは、交渉で何らかの妥協点を探っていくしかない。
次に、ウクライナのNATO加盟を延期するとして、どれだけ延期するのか、その間のウクライナの安全保障を誰がどのような形で行うか、である。
そのためには、今後の中長期にわたる欧州・ウクライナとロシアとの間の安全保障の枠組みを停戦と同時に構築し始めねばならない。
停戦が単なる弥縫策で終わるならその意味はない、とプーチンも述べてきている。
だが、その通りだからこそ、これがロシアと米国・欧州との交渉で最大の難関となる。
その交渉には米露のみならず、ウクライナや関係する欧州諸国は当然として、場合によっては国連や第三国の参画も必要となるかもしれない。
集団討議ともなれば船頭の数は増え、二国間での協議に比べて話をまとめるにははるかに多大な時間が必要となる。
そして議論の行方は、トランプ政権の今後の対欧州(NATO)・対露外交方針の基幹部分にも関わってくる。
ロシアはウクライナのNATO非加盟のみならず、その非武装中立に近い形を要求している。ウクライナを丸裸にせよ、である。
それは3年近くもロシアと干戈(けんか)を交えてきたウクライナにしてみれば、もちろん受けられる話ではない。
ロシアが停戦合意を破っていつまた攻め込んでくるか分からないという疑念や恐怖は、その妥当性の有無にかかわらず、簡単に拭えるものではない。
欧州諸国の為政者の中にも、ロシアがウクライナだけでは満足せず、さらに西に向かって侵攻を仕掛けてくると固く信じる向きもいる。
ウクライナと同様に、ロシアに対して掻き消すことができない恐怖と憎悪の結果から生まれた立場である。
トランプ大統領も、こうした今や欧州全体に広がった極度の対ロシア警戒感を無視することはできまい。
だが、そうであれば米国が欧州の騒動から手を引くということは不可能になるだろう。ロシア抑止の最後の拠り所が結局は米露の核均衡に行き着いてしまうからだ。』
『欧州とロシアの国内事情が及ぼす影響
NATOへの加盟に代わり、欧州の有力国が個別にウクライナと安全保障条約を締結し、それらの国からウクライナへ駐留軍を派遣すると言うなら、ロシアは百歩譲ってそれを認める見返りにウクライナの軍備制限、特に長距離兵器を保有させない形を最後まで要求するだろう。
それでは欧州・ウクライナにとっての軍事バランスが保てない、となれば、米国がウクライナと安全保障条約を結ぶしか対抗策がなくなり、トランプ大統領がそれをどう判断するかである。
この問題の決着に時間がかかると読めば、ウクライナは停戦前に欧州各国からの駐留軍派遣を画策するだろう。
それを止めるべく、ロシアは欧州への威嚇戦術の程度をさらに引き上げるかもしれない。その新たな緊張関係の緩和にも、結局は米国が引っ張り出される羽目になる。
欧州からウクライナへの駐留軍派遣は、停戦後の協定順守を監視するための平和維持軍の配置とも議論が重なってくる。
欧州勢のみからなる平和維持軍は恐らくロシアの認めるところではない。米国がそれに加わっていないとしても、である。
ロシアもウクライナが停戦協定を破って領土奪回戦に再度乗り出して来ることを警戒しているからだ。
平和維持軍が西側だけで構成されるなら、ウクライナが不穏な動きに出ても見て見ぬ振りをしかねない。
そうなると、国連の指揮の下で平和維持軍を送るか。
だが、国連安保理が真面に機能していない状況の下でその派遣に現実味が有るのか、それが無理なら非欧州国からも派遣するのか、ならばその費用は誰が負担するのか、等々の話にまで発展して行きかねない。
あれやこれやで議論の種は尽きない。
欧州とロシアとの間の妥協は、欧州各国の経済や内政での問題がより深刻化し、ロシアも戦時経済を継続することへの不具合が顕在化する、といった双方の国内事情が、交渉のマラソンレースに終止符を打つ時まで待つしかないのかもしれない。
最後に、ロシアが要求する西側の経済制裁解除は、西側も簡単にはそれに応じられないし、応じてはならない。
原理原則の問題が絡むからである。
どのような経緯・背景があるにせよ、先に正規軍を相手国に侵攻させたのは間違いなくロシアであり、武力による国境侵犯を行ったことへの罰は下されねばならない。
結果として、それが露中関係のさらなる緊密化を招いたとしても、これは曲げてはならない鉄則なのだ。』
『「おまいう」の風潮と停戦への道のり
西側が返り血を浴びる類の制裁はその解除に向かうかもしれないが、少なくともロシアが占領しているウクライナ領の帰属が最終的に決まるまでは、ロシアの軍事力に貢献しかねない技術や製品の取引は、その再開を欧州のみならず米国も拒むだろう。
ソ連時代のCOCOM(対共産圏輸出統制委員会)規制の再来である。
また、疲弊し破壊されたウクライナ国土の再建に当たっては、必要とされる資金として、ロシアがどう反対しようと西側で凍結されているロシアの資金は当面返還されることなく、様々な形を通じて援助の名目でウクライナに流し込まれることになるだろう。
以上が現時点で考えられる予測である。
予測はしょせん予測でしかないが、それが、この紛争が始まった3年近く前にこのコラムで書いた内容(「“米国の罠に嵌った”ロシアが今後背負う十字架 『窮鼠猫を嚙む』最悪の事態に発展の可能性も」)とさほど変わらないことにいささか呆れている。
これから先、その幾分かでも現実化するなら、多くの人命が犠牲となった過去3年近くという時間は一体何だったのかを思わざるを得ない。
開戦から長らく、停戦への主張はこのコラムも含めて全くの少数派だった。
多くは、国際法蹂躙の咎は絶対に許容できず、ロシア討つべし、であり、それがメディアでも論評でも「常識」となり、その上で状況・戦況分析が進められてきた。
そうした言わば「正義論」の前提には、ロシアを敗北させ得る、という見通しが明示・暗黙を問わずに置かれていたようだ。
2022年にロシア軍が攻め込んだキーウ近郊やハリキウ州から撤退したことが、多くの論者に「弱いロシア軍」という思いを植え付けてしまったことも影響していよう。
今問われるのは、そのような、断固戦え、という見方が客観的な事実や分析に支えられたものだったのかである。
それは、さよう論じた面々がどこまでロシアとウクライナの意図なり国力なりを見ていたのか、の知見に関わってくる問題でもある。
ウクライナの抗戦の大義名分が国際正義や、世界の自由と民主主義を守るため、とされたことに、なぜ途中から世界の支持が萎えて行ったのか。
それを考えると、11月の米大統領選で民主党とK.ハリスが大敗を喫したことや、予想外の結果となった兵庫県知事再選挙での「オールド・メディア」に似通うものを感じる。
ポリティカル・コレクトネスを振り回し、それに賛同しない向きを侮蔑する権力エリートたちとそれに協賛する主流メディア、寄って集って1人の容疑者を私刑の餌食に祭り上げんばかりのメディア。
SNSに集まる人々はそこに胡散臭さ、いや悪臭すらを感じ取ったのではないか。
ロシアも、中国も、力を増している欧州の右派も、そしてグローバル・サウス諸国も、理想論での自由や民主主義そのものを否定はしていない。
それでも彼らが欧米やウクライナへの同調意欲を失ったのは、いわゆる「おまいう」からなのだろう。
正義論はごもっとも、だがそれを振り回す連中に対して、「お前にそんなこと言う資格があるのか」を突き付けたということなのだ。』
『W.C.のプロフィール
大手商社でロシアを長年担当する。 』