【解説】シリア・アサド政権崩壊の3つの要因

【解説】シリア・アサド政権崩壊の3つの要因、ロシアに逃げたアサド大統領、高笑いしている2人の権力者は誰か?
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『2024年12月10日

シリアのアサド独裁政権の崩壊は世界の意表を突くものだった。反体制派が進撃を開始してからわずか10日余りの急展開で、アサド大統領はロシアに亡命した。だが、そうした中で今回の政変を仕掛けたとみられているのがトルコのエルドアン大統領だ。権力の空白が生まれたシリアの利権をめぐる新たな“グレートゲーム”が始まった。

シリアのアサド政権が崩壊。アサド大統領(左)はロシアに亡命した(代表撮影/AP/アフロ)
「アラブの春」の最終章
 シリアは半世紀以上、アサド一族に私物化されてきた。1970年、無血クーデターでハフェズ・アサド国防相が権力を握って以来、国民への厳しい監視と弾圧政治で苛烈な統治が続いてきた。次男のバッシャール・アサド氏が父親の死去を受けて大統領に就任してからも親族や側近、軍部によるネポティズム支配は変わらなかった。

 筆者が通信社の特派員時代に定宿にしていた首都ダマスカスの中心部にあったメリディアンにも宿泊客を監視する情報機関員があちこちで目を光らせ、外出時には必ず追尾された。シリアにはペルシャ湾岸諸国ほど豊富な石油も産出されず、これといった産業もない。経済はサウジアラビアなどの援助に大きく依存するものだった。

 湾岸諸国がなぜシリアにカネを出したのか。それはシリアがアラブの代表として敵国のイスラエルと対峙する前線国家であり、イスラエルから守る“用心棒代”を経済援助の名目でもらっていたということだ。援助の一部は国家の運営費に充てられ、一部はアサド一族のポケットに入った。

 この構図はアラブ世界のイスラエルへの敵対意識が薄れ、中東の独裁政権が次々に倒れていった「アラブの春」の出現で一変した。シリアでもアサド独裁政権に対する反体制派が蜂起したが、かつては味方だったサウジなど湾岸諸国はアサド一族を見限り、反体制派を支援した。

 その理由はアサド一族がイスラム教シーア派の流れをくむアラウイ派に属し、反体制派はサウジなどと同じスンニ派という宗教的な側面が大きかった。アサド政権は一時、反体制派の攻勢で窮地に陥ったが、シーア派の盟主イランと、シリアに海軍基地を保有していたロシアが本格的に軍事支援し、反体制派を逆にシリア北西部に押し返した。

 だが結局今回、政権はアッという間に崩壊した。「アラブの春」の最終章が遅れてやってきた、と言えるだろう。』

『他国に依存した末路
 政権崩壊の直接の要因は3つある。第1に、イランが見限ったことだ。イランの最優先の戦略はイランから、イラク、シリア、レバノンという地中海までの「シーア派ベルト」を死守することだ。

 だからイランは経済的な苦境の中、アサド政権を支え、膨大な武器を与えた。反体制派と激戦を展開したのはイランが育てたレバノンのシーア派組織ヒズボラの戦闘員だった。

 だが、ヒズボラはガザ戦争のあおりを食って、イスラエル軍の猛爆撃で指導者も殺害された。シリアに戦闘員を出せる余裕はなかった。

 イランは土壇場でアラグチ外相らがダマスカス入りし、対応を重ねた。イラクにシリアへ支援部隊を出すよう要請したが、拒否された。アサド政権を見捨てざるを得なかった。

 第2に、ロシアもウクライナ戦争に手一杯でシリアにまでは手が回らなかった。すでにシリア派遣部隊をウクライナ戦の前線に配置換えするなどしており、反体制派に対する形だけの空爆を行ったにすぎなかった。ここに至っては、ロシアの関心は地中海沿岸に保有する海軍基地をいかに維持するかだろう。

 第3に、イランのアラグチ外相が不満を述べたように「シリア軍のあまりの無能さ」だ。戦闘を他人任せにしてきたツケが一気に回ってきた。反体制派がシリア最大の商業都市アレッポやハマを制圧すると、シリア軍兵士は軍服を脱ぎ捨て、われ先に逃亡した。戦いを他国任せにした末路だった。

 アサド一族はじめ、一族に群がって旨い汁を吸った特権階級や、反体制派を拷問して数千人を殺害したとされる治安機関の工作員らはレバノン国境などから必死でシリア脱出を図っているとされる。特に特権階級はスイスなどの海外銀行に多額の不正蓄財をしており、流出した資金の返還が今後焦点になる。

反体制派の「正体」
 アサド政権を崩壊させた反体制派とはどんな人たちなのか。主導したのは「シリア解放機構」(HTS)という組織だ。

 同組織は国際テロ組織「アルカイダ」が前身で、国連や米国からテロ組織指定を受ける過激派だ。指導者のジャウラニはイラクのアルカイダに加わり、その後シリアで「ヌスラ戦線」を創設。2016年にアルカイダと分かれ、穏健派に変身したという。米国は穏健化を懐疑的にみている。約3万人の戦闘員がいる。』

『ジャウラニは政権陥落後、ダマスカス中心部で演説し「新たな歴史をつくった」と勝利宣言した。40を超える武装組織を統合した「シリア国民軍」(SNA)も反体制派の一翼だ。トルコから強力な支援を受ける組織で、トルコ軍の命令を受け、リビアやアゼルバイジャンなどの海外の戦闘にも派遣されたと報じられている。

 シリアにはこの他、北東部を拠点とするクルド人勢力「シリア民主軍」という強力な組織がある。米軍の先兵として過激派イスラム国(IS)を掃討した。そのISも依然、千人規模の勢力が活動し、米駐留部隊が監視している。

 今後のシリアがジャウラニ体制で固まるのかなど統治形態は不透明。HTSとSNAが統治をめぐって主導権を争い、内戦状態が再燃する恐れもある。懸念されるのは西部に地盤を持ち、アサド一族を支えてきたアラウイ派の動向だ。スンニ派の反体制勢力と宗教的に対立し、衝突しかねない。

最大の勝者はエルドアン
 今回の政変劇ではっきりしているのはトルコのエルドアン大統領が最大の勝者ということだ。内戦は20年、トルコとロシアが停戦で合意し、膠着状態となってきたが、ロシアがウクライナ戦争で、イランがガザ・レバノン戦争で身動きが取れないスキに「反体制派に進撃の青信号を出した」(ベイルート筋)。

 エルドアン氏のアサド政権打倒の狙いは短期的には敵視するクルド人の自治区の増大阻止やシリア難民の300万人の帰還促進だ。だが、長期的には中東における覇権やシリアの将来に対する発言権を拡大することだろう。対照的にイランはシリアを失い、レバノンのヒズボラへの武器輸送ルートを断たれ、敗者となった。

 もう一人高笑いしているのがイスラエルのネタニヤフ首相だ。アサド政権の崩壊は「イランとヒズボラにイスラエルが打撃を与えた結果だ」と軍事作戦の成果を誇示した。だが、砂漠の風紋のように情勢が転変する中東でいつまで笑うことができるのか。米露も含めさまざまな思惑が交錯する中、シリアをめぐるグレートゲームの幕が上がろうとしている。

佐々木伸 (ささき・しん)

 星槎大学大学院教授
共同通信社客員論説委員。ベイルートやカイロ支局長を経て外信部副部長、ニュースセンター長、編集局長などを歴任。』