トランプ再臨で“損切り”される韓国… 焦って中国側に走るのか
https://www.dailyshincho.jp/article/2024/11261701/?all=1
『2024年11月26日
トランプ(Donald Trump)政権の復活で韓国は大騒ぎだ。米国はロシアや北朝鮮との関係改善に動く一方、中国との対決姿勢を鮮明にするからだ。対ロ・対北強硬策と米中二股を外交の基軸に据えてきた韓国は困惑するほかない。韓国観察者の鈴置高史氏は「尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は結局、中国側ににじり寄る」と読む。
四面楚歌に陥る韓国
鈴置:左派系紙、ハンギョレが「トランプ政権の再登場を機に、対外政策を全面的に見直せ」と尹錫悦政権に迫っています。
トランプ当選が明らかになると、ただちに社説「トランプ再選、韓国も国益のため『柔軟な外交』に方向転換を」(11月7日、日本語版)を掲げ、以下のように主張しました。
・米国の対外政策も、価値観を共有する同盟国を糾合して中国とロシアに対抗するという「価値観外交」から、自国の利益を排他的に掲げる「一方主義外交」へと修正される可能性が高まった。韓国政府も「トランプリスク」を最小化するために、コミュニケーションを強化しつつも、「価値観」より「国益」を前面に掲げる柔軟な外交への方向転換を模索すべきだ。
・韓国は今、バイデン政権と歩調を合わせて推進してきた「価値観外交」で大きな外交的苦境に陥っている。南北関係は事実上「敵対的な二つの国家」へと変質し、冷戦終結から30数年ぶりに朝ロの戦略的接近を許した。(中略)朝鮮半島の戦争リスクはいつにも増して高まっている。
・このような危機の中、来年1月20日に任期がはじまる第2期トランプ政権までもが自国の国益ばかりを前面に押し出し、度を越した圧力を加えてきたら、韓国は「四面楚歌」の危機に陥ることになる。ウクライナに殺傷兵器を提供しうるとしてロシアと対決し、中国との対立を続けることは、何の国益にもならない。
保守政権でも日本との溝はなぜ広がる?世界最悪の人口減少をなぜ放置?…韓国を観察して40年余り“朝鮮半島「先読みのプロ」”による韓国論の決定版
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北への空爆は困難に
ロシアのウクライナ侵略の後、韓ロ関係は急速に悪化しました。韓国は米国の求めに応じて155ミリ砲弾をウクライナに供給したため、ロシアを激怒させました。供与は米国経由の形をとりましたが、韓国製砲弾を撃ち込まれるロシアにとっては同じこと。韓国に対し激しい言葉で警告を繰り返しています。
ロシアの外貨準備凍結など経済制裁に加わった日本も「ロシアとの敵対」は同様ですが、韓国の危機感は比べようもなく大きい。安全保障上のリスクが急速に高まったのです。
ロシアと北朝鮮は軍事同盟を結び、北の兵士1万人強がウクライナとの戦争に参加しました。見返りに北はロシアから食糧支援を受けています。韓国の専門家はドローン攻撃など最新鋭の軍事技術・戦術の移転も警戒しています。もっとも懸念すべきは戦略バランスの変化です。
北朝鮮の核問題解決に向け、米国には奥の手がありました。米空軍機による北の核関連施設の破壊です。もちろん、同時に金正恩(キム・ジョンウン)総書記を空爆で暗殺し体制も倒します。
ところが、ロ朝同盟の締結により米国は空爆に躊躇せざるを得なくなりました。ロシアの参戦・反撃を考慮する必要が出てきたからです。
――空爆なんて簡単にできるのでしょうか。
鈴置:「いざとなれば空爆できる」ことが重要なのです。トランプ政権1期目では「空爆するぞ」と脅し、金正恩総書記を対話に引き出した経緯があります。対話実現のためにも「空爆カード」が武器になるのです。ロシアとの軍事同盟を結んだ北朝鮮は強気になり、今後は対話に応じても簡単に譲歩しないでしょう。』
『2期目に在韓米軍を全面撤収
韓国は戦略的な状況の悪化に直面しています。そんな時に「ウクライナでの戦争を直ちに終わらせる」と公約したトランプ氏が当選したのです。
もし、何らかの形でウクライナ戦争が終息すれば、韓国は悲惨な状況に陥ります。ロシアは砲弾を供与した韓国への恨みを持ち続ける。北朝鮮はロシアとの軍事同盟を得たまま。韓国は1990年の韓ソ国交正常化により勝ちとった戦略的な優位を一気に失います。朝鮮半島での冷戦の復活です。
冷戦期の米国は韓国を全面的にバックアップしてくれましたが「トランプの米国」は同盟国に冷たい。ことに韓国は粗略に扱われる可能性が高い。第1期政権の末期、防衛分担費を出し渋る韓国に怒ったトランプ大統領は「2期目になったら真っ先にすべての在韓米軍を撤収する」と語っています。
詳しくは「『ハマス奇襲』を見て韓国が慌てだした 『融和策が“北朝鮮奇襲”を呼ぶ』VS『“力による平和”こそ危険』の対立」をご覧ください。
中国との関係も悪化する可能性が高い。トランプ氏は「中国製品の関税は60%に引き上げる」などと、第2期政権は中国にはより強い姿勢をとると表明しています。韓国がそれに逆らうことは難しい。ハンギョレの社説が「四面楚歌に陥る」と悲鳴をあげたのも当然です。
韓国は蚊帳の外に
――トランプ氏は1期目と同様に、北朝鮮との対話に乗り出すのでしょうか?
鈴置:それは分かりません。1期目がスタートした時は北朝鮮の核・ミサイル開発が米国にとって最大かつ緊急の課題でした。しかし2期目を目前にした今は、ウクライナと中東で戦争が起きていて、北朝鮮の核問題は優先順位が低い。ノーベル平和賞が欲しいトランプ氏は、まずはウクライナで手柄を挙げようとするでしょう。
ただ、米朝対話再開の可能性が無くなったわけではありません。金正恩総書記も対話を期待するかの発言をし始めています。それに足並みをそろえ、韓国の左派も「トランプ政権が北との対話を進めたら、我が国は孤立する」と尹錫悦政権を攻撃し始めました。11月13日、文在寅(ムン・ジェイン)前大統領が主張しました。
ハンギョレはそれを受け、社説「『第2次トランプ政権』朝米対話に備え、韓国は対北朝鮮政策を全面修正すべき」(11月14日、日本語版)を載せました。骨子は以下です。
・尹錫悦政権はこの2年半の間、相手の立場をまったく考慮しない「吸収統一」構想を掲げ、「対北朝鮮ビラ・ごみ風船事態」への対応に失敗し、南北関係を破綻へと導いた。
・このような状況の中でトランプ前大統領が改めて朝米対話をはじめれば、朝鮮半島の運命を決める重要な意思決定過程から韓国のみが排除される可能性がある。尹錫悦大統領は今からでも外交・安保ラインを全面刷新するとともに、北朝鮮との直接対話が可能な環境を作るために最善を尽くすべきだ。
米朝結託を防いだ安倍首相
「韓国蚊帳の外」論です。米朝対話の中で北朝鮮は米国に届くICBM(大陸間弾道弾)だけは持たないと約束し、短距離ミサイルと核弾頭の保有は認めろ――と言い出す可能性が大です。トランプ次期政権はこれを認めたうえ、韓国や日本に対し「米国の核の傘を提供し続けるから我慢しろ」と言い出しかねない。
北がICBMを持たない以上、米国はワシントンやニューヨークへの核報復攻撃を恐れずに済むので核の傘は劣化しない――との理屈です。ハンギョレ社説も、このリスクを訴えています。
・韓国が対話から外れることになれば「朝鮮半島の非核化」という目標は消え去り、北朝鮮の核を認めた状態で米国を脅かす大陸間弾道ミサイル(ICBM)だけを除去するという、容認しがたい妥協がなされる可能性もある。
1期目政権の米朝対話でもこのリスクがありました。ただ、この時はトランプ大統領と世界でもっとも深い信頼関係を結んだ安倍晋三首相が健在でした。北朝鮮に安易な妥協をしないよう、トランプ大統領にクギを刺していました。
でも、今や日本の首相は「中国も参加するアジア版NATO」が持論の石破茂氏です(「『韓国が納得するまで謝る』イシバは“第2のハトヤマ政権”だ… 尹錫悦が期待する根拠」)。トランプ次期大統領が「第2のハトヤマ」の言うことに耳を傾けるはずがありません。
――安倍首相が活躍した時、韓国はどう動いたのですか?
鈴置:当時の韓国は反米親北の文在寅政権。トランプ大統領から嫌われていて、仮にその意図があっても米国に対し完全な非核化を要求できなかったでしょう。
韓国メディアは「米朝首脳会談は文在寅政権が仕切った」と自らの外交力を誇っていました。しかし実際は、韓国は北朝鮮の使い走りに過ぎず、トランプ政権もそう見切っていました。
2019年6月30日に板門店で3回目の米朝首脳会談が開かれた際、韓国の参加を米国は阻止しました。米朝両首脳の会談に割り込もうとした文在寅大統領の鼻先で、米警備陣は文字通りドアをぴしゃりと閉めたのです。』
『「Quad参加はお断り」
――尹錫悦大統領がトランプ大統領に直訴すれば……。
鈴置:石破首相よりはトランプ氏との相性はましでしょうが、尹錫悦政権も「従中」と米国から見切られています。2022年8月、ペロシ(Nancy Pelosi)米下院議長が台湾訪問後に日韓を訪れた際、尹錫悦大統領は夏季休暇中を理由に面談を断りました。もちろん、中国の怒りを恐れたのです。
保守系紙から批判されたので急遽、電話で会話しましたが、却って中国への忖度が目立つ結果となりました。同じソウルに居ながら会わずに電話で話したのですから。
このエピソードは『韓国消滅』第3章第2節「従中を生む『底の浅い民主主義』」で詳述しています。「米下院議長から逃げた尹錫悦」という小見出しのくだりです。
――保守の尹錫悦政権も米国は信用していないのですね。
鈴置:その通りです。2024年4月10日に尹錫悦政権はQuad(日米豪印戦略対話)とAUKUS(米英豪の安全保障の枠組み)への参加を表明したのですが、米国からやんわりと断られています。
いずれの枠組みも中国を牽制するのが目的で、韓国は中国の怒りを恐れて参加には消極的でした。しかし、Quadの創業メンバーである日本がAUKUSの準メンバーになることまでが決まったため、さすがにまずいと思ったのでしょう。
ただ、保守政権さえペロシ議長から「逃げた」韓国は信用されません。下手に対中包囲網の枠組に韓国を入れれば、機密情報が中国に駄々漏れになると米国が懸念するのは当然です。
「Quadへの参加拒否」は韓国でも日本でもきちんと報じられていませんが、日本の安全保障を考えるうえで決して見落とせない事実です。『韓国消滅』第3章第2節の小見出し「Quad参加はお断り」の項を参照下さい。
韓中は利害が一致
――韓国はトランプ由来の「四面楚歌」をどう打開するのでしょうか?
鈴置:ハンギョレはトランプ再執権を中国と手を組むチャンスにしよう、と訴えました。社説「朝鮮半島の安保のために、韓国は『中国レバレッジ』を積極活用すべき」(11月17日、日本語版)です。
・北朝鮮とロシアの軍事協力について、韓国と中国に温度差があるのは確かだ。しかし、朝鮮半島の緊張の高まりを望んでいないのは中国も同じだ。
・トランプの復帰と、それに伴う「関税爆弾」とデカップリングの脅威の中、中国も韓国との協力の必要性を感じざるを得ない。このような状況を積極的に活用して接点を増やしていく必要がある。
・韓国は、トランプ2期目で予想される米国の対中圧力状況を、むしろ韓中関係改善の契機とする妙を発揮しなければならない。
要は、トランプ政権のデカップリング政策により、サプライチェーンが分断されるのは韓中共に迷惑だ。韓国は中国と手を携えて米国に反対すればよい。ロ朝の急接近は中国も不快に思っている。この点も韓国と一致する。対北・対ロ牽制で韓国は中国と組めばよい――との主張です。
――そんなにうまく行くものでしょうか。
鈴置:この主張は「絵に描いた餅」的なところがあります。例えば、次期トランプ政権は半導体の分野でも中国包囲網を強化する可能性が強い。
半導体やその製造装置の対中輸出はさらに厳しく規制し、韓国に対しても当然、同調しろと命じるでしょう。その際、韓国は「我が国の半導体産業は中国と完全に一体化しているので、命令には応じかねます」と拒絶できるのでしょうか。
もっとも、米国の要求を受け入れるのもつらいのは事実です。半導体は韓国の基軸産業であり、輸出の2割前後を占めます。その過半が中国向けです。』
『尹大統領の微妙な発言
外交を軌道修正するのか、注目が集まる時に尹錫悦大統領が微妙な発言をしました。11月18日、G20首脳会議出席のため訪問したブラジルで、同国メディアの書面での質問に「韓国にとって米国と中国は二者択一の問題ではない」と回答したのです。
日本や米国から見れば尹錫悦政権は米中二股ですから、この発言はニュースでも何でもない。ただ、韓国では「尹錫悦政権は米国にオール・インした」ことになっている。朴槿恵(パク・クネ)、文在寅と保守、左派に関係なく、2代続いて「従中」政権だったので、韓国内ではそう見えるのです。
そこで韓国各紙は尹錫悦政権は親米路線を軌道修正し、中国との関係改善に乗り出すと一斉に報じたのです。興味深いことに保守系紙も「中国傾斜」への修正に好意的でした。
東亜日報の社説「尹『米中は二者択一ではない』…“超不確実性”に対応するには変化が不可避」(11月20日、韓国語版)のポイントを要約します。
・これまで尹錫悦政権は自由や人権といった理念的な価値を掲げ、韓米同盟と韓米日協力、自由陣営との連帯に集中する鮮明な外交を推進してきた。
・そんな尹大統領が改めて中国と米国を同列に置き関係改善を強調したのだから「価値外交」の基調が変わるかとの解説が出るのも不思議ではない。
・世界秩序を主導する米国の政権交代を前に情勢が急変している。トランプ第2期政権は2つの戦争の早期終結、米中競争の激化、朝米直取引を予告している。
・このような超不確実性を前に対外政策も調整が避けられない。一方にだけ没頭したがために、無視あるいは白眼視してきたもう一方を見直すのは当然のことだ。
保守系紙も「中国傾斜」を支持
中央日報も社説「尹大統領『米中は選択の問題でない』…実用外交を生かすべき」(11月20日、日本語版)で「米国一辺倒外交」の修正を支持しました。ポイントを引用します。
・米国優先主義、孤立主義、関税戦争を予告したトランプ政権2期目を控えて国際情勢が揺れ動く中、韓国と中国にも相当な波紋が押し寄せてくるはずだ。
・韓国は中国と競争しながらも、北核問題などの安全保障と半導体などの経済分野で相互協力する分野が多い。こうした状況で尹大統領が価値と理念よりも実利と実用を重視する方向に外交基調を調整、管理すればプラスの効果が期待される。
なお、保守本流を自任する朝鮮日報は11月26日に至るまで「二者択一ではない」発言に関する社説は掲載していません。
――保守も中国回帰に賛成なのですね。
鈴置:それが韓国の本質なのです。日本と決定的に異なるのは、韓国人は中国と戦おうとしないことです。21世紀に入った頃、親しい韓国の知識人に「なぜ、中国の言いなりになるのか」と聞いてみたことがあります。答えは「日本と異なり、中国との戦争で勝ったことがないから」でした。
底の浅い民主主義が生む外交迷走
――歴史的な経緯はともかく、今や韓国は民主主義国家です。
鈴置:いい質問です。多くの日本人がそこに首を傾げます。最近では米国人や欧州の人々からも聞かれます。「韓国人はなぜ、権威主義的な体制に引き寄せられるのか。民主化したのではないのか」と。
――そこが不思議です。
鈴置:私の答は簡単です。「韓国に民主主義は根付いていないから」です。確かに1987年、韓国は形の上では民主化しました。言論の自由は保障され、大統領は5年の任期が終われば退陣します。「日本以上に民主主義が発達した国」と多くの韓国人は信じています。
でも、いざとなると「地」が出ます。ロシアがウクライナを侵攻した際、米国が叱りつけるまで対ロ経済制裁に韓国は加わろうとしませんでした。
即座に対ロ制裁に参加したうえ、ウクライナからの避難民を受け入れた日本を見て、韓国メディアの東京特派員は一斉に「日本には何らかの下心がある」とも書きました。
彼らは「直接的に得になることがない限り、権威主義国家に侵略された民主主義国家を助ける必要はない」と考えていることを無意識のうちに告白してしまったのです。
韓国の民主主義は底が浅く、外交にも大いに影響します。この問題は『韓国消滅』第2章と第3章でじっくりと掘り下げています。
鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『韓国消滅』『韓国民主政治の自壊』『米韓同盟消滅』(ともに新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
デイリー新潮編集部 』