【なぜ韓国で戒厳令?】尹大統領、相次ぐ弾劾で追い詰められ暴走か…政敵の排除狙うも自滅
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/85285
『2024.12.4(水)平井 敏晴
韓国が“一夜限り”の戒厳令宣布で大混乱に陥っている。いったい、何が起きたのか。尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は最大野党代表の“排除”を狙ったとの報道もある。野党勢力は尹政権に対して弾劾(だんがい)攻勢を仕掛けており、追い詰められた尹大統領は「暴走」したのか。尹政権はこのまま自滅しかねない。
(平井 敏晴:韓国・漢陽女子大学助教授)
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そのとき、ソウル市内の状況は…
その大事件を知ったのは、ソウルの中心部、旧市街の光化門で会食していたときだった。同席していたメディア関係者が一本の電話を受け取り、こう告げた。
「すみません。先ほど来たばかりなのですが、すぐに局に戻ります。これは、ヤバい。大統領が記者会見で戒厳令を出しているんです」
戒厳令を発布する尹大統領(提供:South Korea Unification Ministry/AP/アフロ)
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それまでの歓談の雰囲気は一転した。韓国の戒厳令などずいぶん昔の出来事だと誰もが思っていたが、それがこの今になって発令されたのだ。まさに寝耳に水だ。
すぐにスマートフォンで韓国の報道を確認すると、「尹大統領が非常戒厳を宣布」という見出しの報道が出始めていた。韓国の戒厳令には「警備戒厳」と、より厳しい措置がとれる「非常戒厳」の2つがある。非常戒厳が出されたのは、1980年の民主化運動のとき以来、44年ぶりという。
印象的だったのが「従北勢力・反国家勢力を一挙に剔抉(てっけつ)する」という言葉だった。「剔抉」とは抉り(えぐり)出すという意味で、「従北勢力」とは北朝鮮に従い政府の転覆をくわだてる勢力ということだ。
「これは国民に対する戦争です。大変なことになりました」
同席していた韓国人は、深刻そうな表情を浮かべてそう話した。
戒厳令発令後の韓国・国会議事堂前(写真:AP/アフロ)
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私も慌てて家に帰った。帰路、ソウルの街はいつものように平穏で、戒厳令という雰囲気はまったくなかった。違いがあるとすれば、44年ぶりの戒厳令を受けて、「歴史的瞬間」と笑いながら話す人の姿があったくらいだろう。
大騒ぎになったのは、飲んでいた地点から5キロほど南西に位置する国会議事堂だった。家に着いてテレビをつけると、国会議事堂に軍隊が投入されている映像が映し出された。その規模は数十人程度とみられ、3台のヘリが国会の敷地内にも着陸したとも報じられていた。
日が変わって4日午前1時ごろ、国会では戒厳令の解除要求が可決された。解除要求に賛成票を投じたのは、そのとき国会に集まることができた国会議員全員の190人。そのなかには与党の党員も相当数いるという。
国会の投入された軍隊(写真:YONHAP NEWS/アフロ)
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野党が反発するのは当然だが、与党・国民の力の韓東勲(ハン・ドンフン)代表も「違法・違憲」だと批判声明を発した。つまり、与野党が誰一人として大統領に追随していなかった。
そして可決から約30分後には、投入されていた軍隊が粛々と国会の敷地から出ていく様子が映し出された。これを受けて尹大統領は発令から約6時間後に戒厳令を解除した。
韓国メディアでは、戒厳令が宣布された経緯と、その理由について盛んに議論されている。報道から、その内容を見てみよう。』
『なぜ今、韓国で戒厳令?
今回の戒厳令は、与党の関係者どころか、韓国軍の参謀たちに対しても、事前に知らされていなかった。同盟国であるアメリカのホワイトハウスへも何ら打診がなかったという。そうした状況から、誰も予想できなかったという報道が続々と上がっている。
国会は戒厳令解除要求を全会一致で可決。写真中央は与党・国民の力の韓東勲(ハン・ドンフン)代表(写真:YONHAP NEWS/アフロ)
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戒厳令発令とはいえ、軍隊投入の規模は数十人規模でしかなく、国会を封鎖することもなかった。結果的に一夜のショーのように終わった。これについて、TV朝鮮の報道番組に出演した高麗大学法学専門大学院のジャン・ヨンス教授は「(尹大統領は)政治経験のないアマチュアだからなのか」と困惑を隠さなかった。
尹大統領に“標的”にされたとされる、最大野党・共に民主党の李在明代表(写真:AP/アフロ)
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とはいえ、最大野党である共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表が標的にされたとの見方も浮上している。投入された軍隊が代表室に乱入する様子がCCTVにより確認されており、李代表を逮捕、拘束しようとしていたという主張が共に民主党からなされている。
これまでアメリカとの関係を重視してきた尹大統領にとって、国内で対立する野党は従北勢力として映る。従って、今回の戒厳令発令は李代表の排除が目的だったというわけだ。』
『尹政権、崩壊へ自滅か
今年4月の国会議員選挙で与党・国民の力は大敗した。それ以降、尹大統領の政権運営は岩礁に乗り上げている。
これまで多数の政府官僚に対して弾劾訴追が発議されており、検事やその他政府の重要ポストにいる人物も弾劾の標的となっている。予算案も可決できない事態に陥っており、尹大統領は戒厳令宣布の会見で、正当な国家機関を混乱させていると野党側を非難した。
尹大統領を非難する野党・祖国革新党の曺国氏(写真:REX/アフロ )
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尹政権の支持率は20%前後と低水準で推移している。背景には、韓国経済の停滞がある。先月末には2024年と25年の経済成長率の見通しがともに下方修正されたばかりだ。停滞する経済への国民の不満を背景に、野党側は尹政権批判を激化させてきた。追い詰められた尹大統領は暴走したのか。
こうした状況のなか、尹大統領が野党による政府批判が国家運営を混乱させているという「大義名分」を挙げたとしても、そもそも尹大統領への不満がくすぶる状況で国民が今回の戒厳令に納得するとは思えない。
韓国大統領、非常戒厳を宣言し解除 尹氏への退陣圧力強まる(写真:ロイター/アフロ)
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私も戒厳令宣布の一報を確認したとき、「こんなことをして政権はもつのか」という思いが真っ先に脳裏をよぎった。実際、帰宅の途中、「李在明が大統領になればいいじゃないか」という声がそこかしこから聞こえてきた。
共に民主党をはじめとする野党は、尹大統領が辞任しなければ「軍隊動員の内乱罪」を根拠に大統領に対する弾劾を早期に実現すると息巻いている。弾劾投票によって民意を問うには、国会で3分の2を超える賛成が必要となる。現在の国会は、総議席数300のうち野党勢力は192に留まっている。3分の2に、あと一歩足りない。
尹大統領の退陣を求めるデモも起きている(写真:AP/アフロ)
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今回、戒厳令の解除要求には与党・国民の力も含め、国会に集まったすべての議員が賛成している。戒厳令の発令を批判した国民の力の韓東勲代表は、弾劾を求める動きにどう対応するのか。それによって尹政権の運命が大きく変わってくる。
平井 敏晴(ひらい・としはる)
1969年、栃木県足利市生まれ。金沢大学理学部卒業後、東京都立大学大学院でドイツ文学を研究し、韓国に渡る。専門は、日韓を中心とする東アジアの文化精神史。漢陽女子大学助教授。』