水問題、印パ対話の糸口か イムラン・カリッド氏
国際問題コラムニスト
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD230P10T21C24A1000000/
『2024年11月30日 2:00 [会員限定記事]
パキスタンが10月に主催した上海協力機構(SCO)首脳会議にインドのジャイシャンカル外相が参加した。このことは両国の関係正常化の可能性について多くの問いを引き起こした。演説ではSCOにおけるパキスタンの重要性を認めつつ、同国から広がるテロ、分離主義、過激主義を批判した。
Imran Khalid パキスタンのカラチを拠点とする地政学アナリスト。フリーランスのライター。国際関係でカラチ大修士
南アジアに存在する根深い亀裂の最大のものは、両国の国境係争地カシミール地方を巡る対立だ。2019年にインドが北部ジャム・カシミール州の自治権を剝奪し、連邦直轄地としたことでさらに問題が複雑になった。
もうひとつの慢性的な問題も両国間で熱を帯びてきた。1960年に結んだインダス水利条約(IWT)の改定、修正だ。
インドは8月30日、パキスタンに64年前の条約の「再検討と修正」を求める2度目の正式通知を行った。条約発効以降の人口増加、農業用水の必要、水の利用状況の変化をその理由に挙げている。インドは今回の通知で、インダス川とその支流の利用を規定する水利条約の再交渉を迫っている。
この問題の核心にあるのは、ジャム・カシミール州におけるキシャンガンガとラトルという2つの水力発電プロジェクトだ。(川の水量が減ることを恐れる)パキスタンはいずれもIWT違反だと繰り返し主張している。
パキスタンはインドからの通知に正式に回答していないが、現在の政府はインドとの関係改善に意欲的であり、分別ある方法で対応する可能性が高い。パキスタンは両国間のコミュニケーション再開の好機ととらえるかもしれない。
インドが条約から一方的に離脱するようなことがあれば国際的な反発は必至だ。バングラデシュやネパールといった他の近隣国とも同様の条約を結んでいるからだ。
パキスタンは2023年の「世界の水の安全保障アセスメント」で、水に関して最も不安定な国のひとつに分類された。人口の急増が水不足をさらに悪化させ、同国の河川が間もなく干上がってしまうのではないかという懸念を呼んでいる。農業用かんがい用水のほぼ80%をインダス川とその支流に依存している。
インドでは自国が河川の上流域にあり、優位であると強調する論調が主流だ。水に不安を抱いているパキスタンに対して、もっと強硬な姿勢をとるべきだという声も一部で聞かれる。
モディ首相は「血と水は一緒に流すことはできない」と述べた。(編集注・パキスタンが関連するとみたテロ攻撃などを受け、水の安定供給を保証しないことを示唆したとされる言葉)。こうしたインド指導者の発言は、この問題の感情的な性質を映し出す。純粋な対話を難しくする敵対的な雰囲気をあおっている。
それでもパキスタンの現政権が対話に応じる姿勢を示していることから、現実的な姿勢への転換がみられるかもしれない。
条約の改定プロセスが実現すれば、水問題を超えたより幅広い対話のチャネルが開かれ、建設的な枠組みを提供するだろう。IWTは歴史的に他の問題ではみられないような形で複数回にわたって両国間のコミュニケーションを促してきた。共通の環境問題、災害管理、貿易に関する実り多い議論につながる可能性がある。
「水外交」は両国の関係をより現実的な基盤の上に再構築する可能性を秘めている。
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「水の安全保障」の難題
インドにはインダス川、ガンジス川などヒマラヤ山脈を源流とする4つの国際河川が流れる。流域国のパキスタン、バングラ、ネパール、中国との間の水資源を巡るいさかいを解決するため、条約や覚書を交わして利害を調整してきた。世界銀行の仲介で64年も前に締結したインダス水利条約はそのなかで最も古く、他の国との合意のひな型となった。
ただインドは何年も前から、パキスタンに水利用の配分見直しを迫っている。前者は14億人超、後者も2.4億人の巨大人口を抱え、水需要も拡大の一途をたどる。異常気象あるいは水力発電用ダム建設による人為的な水量の変化が、両国の対立の拍車をかける。国民の生存に欠かせない「水の安全保障」が事の本質だけに、資源ナショナリズムに直結し得る難題といえる。
(編集委員 高橋徹)』