中ロが喜ぶ第4の戦争 トランプ人事、政治内戦の恐れ
本社コメンテーター 秋田浩之
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『2024年11月27日 10:00 [会員限定記事]
左からトランプ次期米大統領、ロシア軍に向けて発砲するウクライナ軍兵士(いずれもロイター)
11月22〜24日、カナダ東部のノバスコシア州でハリファクス国際安全保障フォーラムが開かれた。米欧などの軍首脳や閣僚、識者らが一堂に会し、世界情勢を討論する会議だ。
最大の焦点になったのが、トランプ次期政権下、米国と同盟国がどう連携を保ち、世界の課題に対応していくか。公開の討論では、軍事協力を深める中ロや北朝鮮、イランに対抗するため、緊密な協力を確認する声が相次いだ。
なかでも注目を集めたのが、米上院で外交委員長に就く予定の米共和党、ジェームス・リッシュ議員の発言だ。北大西洋条約機構(NATO)について「最強で、最も成功した最高の軍事同盟だ」と称賛。ウクライナ支援を続け、ロシアへの勝利をめざすと訴えた。
トランプ氏はNATOを重視せず、ウクライナ支援にも後ろ向きだ。共和党の有力議員ながら、リッシュ氏はこうしたトランプ氏の立場と一線を画し、超党派で協力する姿勢を示した格好だ。
官僚に阻まれた1期目の怒り
ただ、トランプ次期政権が発足する2025年1月以降、ワシントンで新たな政治内戦が勃発し、米外交に影を落とす恐れがある。そう予感させるのが、トランプ氏による閣僚人事だ。
人事からはワシントンの官僚機構を攻撃し、骨抜きにしようとする明白な意図がうかがえる。1期目に官僚に阻まれ、やりたい政策を実現できなかった、とトランプ氏は怒っている。
同じ轍(てつ)は踏むまいと、2期目は言いなりになる人物を枢要な閣僚ポストに配し、各省庁に強く介入する構えだ。
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世界はウクライナでの戦争、中東紛争、そしてアジアの緊張に覆われている。最悪の場合、そこにワシントンの政治内戦が加わり、世界は4正面の「戦争」に向き合うことになりかねない。
ハリファクス国際安保フォーラムでも、非公開のセッションやコーヒーブレークの場で、トランプ次期政権への不安の声が相次いだ。とりわけ懸念の声が多いのが、国家情報長官にトゥルシー・ギャバード氏をあてる決定だ。
主要閣僚にくすぶる懸念
同長官は中央情報局(CIA)など十数の米スパイ機関を束ね、活動を率いなければならない。ところが、彼女はロシアのプーチン大統領やシリアのアサド大統領の主張に理解を示し、ウクライナ侵略でもロシアに同調する発言をしてきた。ウクライナで米国が生物兵器研究所を運営しているとも示唆している。
長年、安保政策に携わってきた共和党系の元米高官はこう指摘する。「ギャバード氏が国家情報長官になれば、同盟各国は彼女からロシアなどに情報が漏れると恐れ、機微な重要情報を米側と共有しなくなってしまう」
トランプ氏はそれでも構わないと考えている。米情報機関を敵とみなしているからだ。1期目、彼はプーチン氏や北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記と親しい関係を築き、外交取引を進めようとした。
ところが米情報機関から十分な協力を得られなかったとして、「今でも深く根に持っている」(トランプ氏の元側近)。そこで親ロシア的なギャバード氏を通じ、情報機関を抑え込もうという意図が透ける。
元軍人で、米FOXニュースの司会を務めたピート・ヘグセス氏を国防長官に充てる人事も、問題が多い。彼は安保戦略を切り盛りした経験はなく、性的暴行の疑いも取りざたされる。トランプ氏と親交があり、極右的な思想の持ち主ともいわれる。
トランプ氏がそんなヘグセス氏を選んだのは米軍を動員し、不法移民を強制送還するうえで適役だと判断したからだろう。ヘグセス氏は米軍が進めてきた女性登用にも、あからさまに反対している。
同氏の起用は「米軍や国防総省内の衝突を招き、肝心の安保政策が置き去りにされる恐れがある」(元米国防総省高官)。
政敵には法的報復を示唆
司法長官には、前フロリダ州司法長官のパム・ボンディ氏が選ばれた。大統領だったトランプ氏の弾劾訴追で、弁護団の一員を務めた「身内」である。
トランプ氏はさまざまな政敵に対し、法的な報復をすると示唆している。司法省をそのための手足に使おうとし、官僚側と敵対することが予想される。
閣僚の就任には、米上院の承認が必要になる。共和党が過半数を押さえたとはいえ、承認がすんなりいくかどうかはわからない。
だが、トランプ氏は官僚機構の掌握を大事な政策の一つにすえており、簡単にあきらめるとは思えない。閣僚候補が上院に拒否されても、再び似たような人物を指名するにちがいない。
パム・ボンディ氏=ロイター
西側の同盟国は対策を
最も危ないシナリオは、米国が政治内戦に追われている間に中ロや北朝鮮、イランが足元を見透かし、同時に強気の行動に走ることだ。世界各地で緊張がさらに高まってしまう。
そうならないよう、米同盟国は今から対策を練っておく必要がある。それぞれ国務長官と大統領補佐官(国家安全保障担当)に抜てきされるマルコ・ルビオ上院議員、マイク・ウォルツ下院議員は政策通だ。まずこの2人との連携がカギを握る。
いざという事態になったとき、すばやく対処できるよう、米国と同盟国の軍同士の連携も一層、大事になる。米内政の混乱によって西側諸国の行動力が鈍れば、中ロや北朝鮮を喜ばせるだけだ。
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秋田 浩之
秋田 浩之
長年、外交・安全保障を取材してきた。東京を拠点に北京とワシントンの駐在経験も。国際情勢の分析、論評コラムなどで2018年度ボーン・上田記念国際記者賞。著書に「暗流 米中日外交三国志」「乱流 米中日安全保障三国志」。
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