アメリカの持ち家、遠のくドリーム 価格10年で2倍
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『2024年11月24日 5:00 [会員限定記事]
アメリカンドリームの象徴だったはずの持ち家が中間層の手に届かない高根の花になりつつある。全米の住宅価格の中央値は過去10年でおよそ2倍に上昇し、手頃さを示す指数は約20年ぶりの低水準となった。慢性的な住宅不足やローン金利の高止まりによるゆがみがもたらす「住宅危機」はトランプ次期米政権が引き継ぐ課題となる。
「生活は厳しい。家賃の捻出すらままならないのに買うなんて無理だ」(20代後半の男性)
「経済が減速しているのに住宅価格が下がらないのはおかしい」(30代前半の女性)
5日の米大統領選で激戦州の一つとなった南部ジョージア州では、有権者から政権の住宅政策への不満が聞かれた。
全米不動産協会によると、米住宅取引の8割を占める中古住宅の価格(中央値)は9月時点で40万4500ドル(約6250万円)と2014年9月に比べ93%上昇した。米商務省によると、新築住宅も同63%高い42万6300ドルとなった。
インターネット不動産仲介の米レッドフィンは平均的な価格の住宅を購入する場合、住宅ローンの金利負担などを考慮すると少なくとも11万5000ドルの年収が必要となると分析する。全米の世帯収入の中央値はおよそ8万ドル。中間層の多くにとってマイホームは遠い存在になりつつある。
住宅バブル期並みの水準
アトランタ連銀は世帯収入の変化と住宅価格、ローン金利などの水準をもとに全米の「持ち家手頃さ指数」を算出している。23年半ば以降の同指数は直近の24年8月まで70近辺で推移し、米住宅バブルの末期だった07年半ば以来の低水準だ。
住宅市場で同時進行するきしみが価格高騰をもたらした。
ひとつが新築住宅の慢性的な供給不足だ。住宅バブル崩壊に伴い急減した戸建て住宅の着工件数は09年に底入れしたが、建設業界の人手不足や資材不足の影響から足元の着工件数は最盛期だった06年の6割ほどにとどまる。
中古住宅は金融引き締めの後遺症が残る。新型コロナウイルス禍に伴う物価高対策として米連邦準備理事会(FRB)は22年3月から急ピッチの利上げを開始した。政策金利は23年7月に5.25〜5.5%をつけ、24年9月に利下げに転じるまで続いた。
21年1月に1.6%だった30年固定型の住宅ローン金利は22年10月のピーク時に12.8%まで上昇し、足元は6%近辺で推移する。
低金利時代にローンで購入した持ち家を売り、ローンを組み直して別の住宅に住み替えると月々の返済負担が跳ね上がる。このため住宅の売り渋りが生じ、中古住宅の在庫が払底した。需給の引き締まりから物件価格に急激な上昇圧力がかかった。
ローン金利が低下局面になってからも住宅の売り渋りは続いている。アトランタに住むページ・エデンフィールドさんは「家を買った時のローン金利は2〜3%だった。借り換え後の返済負担がもっと減らなくては売るに売れない」と話す。
供給不足、大統領選でも争点に
住宅相場は地域的な差も大きい。住宅価格が年収の何倍にあたるかを主要都市ごとに集計したハーバード大住宅研究共同センターの「年収比倍率データ」によると、価格が相対的に高いエリアは東部ニューヨーク州や西部カリフォルニア州といった沿岸部に加え、南部地域でも増えている。
フロリダ、アリゾナ、テキサス、ジョージア各州など「サンベルト」と呼ばれる南部一帯は生活費の高い大都市圏から移住する人々の受け皿になってきた。新型コロナ禍で進んだ在宅勤務の流れも加わり、南部の住宅需要を高めた。米国勢調査局によると、南部の人口は23年に140万人あまり増加し、全米の人口増のおよそ9割を占めた。
住宅不足は米大統領選の争点にもなった。民主党候補のハリス副大統領は住宅政策を公約に据え、新築住宅を4年で300万戸供給すると主張した。
だが現政権の経済かじ取りに不満を募らせていた有権者は共和党候補のトランプ前大統領を選んだ。トランプ氏は住宅開発に関わる規制の緩和や不法移民の国外退去によって住宅の需給逼迫に対処する考えを示したが、実効性は見通せない。
住宅購入は家具や家電、自家用車など関連消費への波及効果が大きい。04年のピーク時に69%だった米国の持ち家比率は足元65%程度で推移している。価格高騰と供給不足によってマイホームを持たないライフスタイルが広がれば、米国の個人消費のかたちが変わる可能性もある。
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〈Review 記者から〉建設業界、構造的な人手不足
米国の住宅不足の要因となっているのが住宅建設業界の人手不足だ。全米の住建部門の就労者数は約96万人と2000年代後半の米住宅バブルの頃とほぼ変わらない。問題は熟練職人の少なさだ。
信用力の低い個人向け住宅融資サブプライムローンの焦げ付きによって07年に住宅バブルが崩壊し、100万人ほどいた住建従業員は11年にかけて4割超減った。その後は増加に転じたものの20年には新型コロナ危機が直撃した。
2度の大きな雇用減を経験したことで、家づくりに欠かせない基礎工事や内外装、配管などの職人技術の継承が滞った。住宅建設の工期も延び、みずほリサーチ&テクノロジーズによると12年に6.7カ月だった平均工期は23年に10.1カ月と1976年からの統計上最長となっている。
米国建設業協会(AGC)が7〜8月に実施した住建業者のアンケート調査では、建設作業の遅れの理由として5割以上が「労働者の不足」と答えた。人手が足りない理由としては「労働者の技能不足」「新人が入社してもすぐに辞める」などが挙がった。
雇用が戻っても人材が定着しなければ職人は育たない。ハリス副大統領は住宅の供給拡大を訴えたが、米国の住宅危機は需要があっても建てられないという供給側の事情が大きい。米国の人口はなお増え続けており、政府推計では50年に3.6億人に達する。需給ギャップが埋まらなければマイホームの夢はさらに遠のく。
(ニューヨーク=竹内弘文)
持ち家手頃さ指数(Affordability Index)
住宅ローンの支払いや税金、保険料の支払いなど住宅購入にかかる諸費用の総額が、一般的な世帯収入に比して手頃かどうかを定量的に示す指数。住宅価格と世帯年収のそれぞれ中央値を用いて、アトランタ連銀が毎月集計している。
同指数が100以上であれば、住宅関連の費用総額が年収の3割以下に収まり「住宅購入が手頃である」ことを示す。2008年の金融危機以降は低金利が続いたこともあって、同指数が100を超える期間の方が多かった。
21年春以降は住宅価格の上昇に加え、ローン金利の負担も重くなり急速に悪化した。直近24年8月は71にまで低下している。』