<ハリス陣営最後の賭け>トランプ「危険な資質」徹底攻撃は奏効するか
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/35611
『2024年11月2日
「ファシストの大統領が返り咲けば、米国民主主主義は崩壊する」――。米大統領選の最終盤に入り、ハリス陣営は、無党派層向けにトランプ候補の「危険な資質」を徹底攻撃する大胆な賭けに出た。しかし、「経済」「移民」問題での劣勢挽回につながるかどうか、きわめて微妙だ。
大統領選終盤、ハリス陣営は大きな賭けに出た(AP/アフロ)
ハリス支持が伸びなかった3つのハードル
今回の大統領選でハリス候補は、選挙資金力、運動員の動員力、メディア露出、弁舌、人格的資質、人柄、年齢、バイタリティ、新鮮さなどいずれの面でもトランプ候補より優位な立場のはずだった。これといったスキャンダルや失態に見舞われることもなかった。
だが、投票日直前での世論動向調査では、トランプ氏がわずかながら優位かほぼ横並びの状態から抜け出せなかった。
なぜ、ハリス候補への支持は、陣営が当初期待したほど伸びなかったのか。立ちはだかったのが、「3つのハードル」だった。
すなわち、女性であり、黒人であり、さらにバイデン氏に代わり急遽、正式な大統領候補となってからの選挙期間がわずか3カ月の余裕しかなかったという事実だ。
まず、「女性大統領」誕生の壁の厚さを示した好例が、2016年大統領選挙だった。
ヒラリー・クリントン民主党候補はトランプ候補相手に大接戦を演じ、総得票数ではトランプ候補に300万票余の差をつけたものの、ミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシンなどの重要州の大統領選挙人獲得レースで敗れ、辛酸をなめた。
その際の、両候補の男性有権者、女性有権者投票率を見ると、女性有権者ではクリントン候補(54%)がトランプ候補(41%)に大差をつけたが、男性有権者では逆に、トランプ候補(52%)がクリントン候補(41%)を引き離した。男性の間での対女性評価の低さを裏付ける結果となった。
さらに、有権者全体の40%近くを占める白人女性有権者投票動向を振り返ると、クリントン候補に対する投票率は43%にとどまっており、女性の間でさえも、「女性大統領」誕生に対するある種の抵抗感があったことを示している。
今回選挙においても、女性ゆえのハリス氏のハンディキャップはぬぐえない。投票日直前の支持率調査を見ると、ハリス氏に対する女性の支持率は53%を占めたが、男性支持率は36%にとどまった(ニューヨーク・タイムズ紙/シエナ・カレッジ調査)。
これまでの選挙戦通じ、トランプ候補のみならず、J.D.バンス副大統領候補も、女性としてのハリス候補侮蔑発言をたびたび繰り返してきたこと自体、こうした世論調査結果をある程度踏まえたものであることは間違いない。』
『「黒人候補」であることも、ハリス氏にとって不利な戦いを強いられる要因となった。
09年、米国史上初の黒人大統領となったバラク・オバマ氏の場合、前年11月大統領選で投票総数の53%を獲得、ジョン・マケイン共和党候補に8%の差をつけ勝利したが、白人票に限定した場合、マケイン候補(55%)がオバマ候補(43%)に12%もの大差をつける結果となった。
オバマ氏が再選を果たした12年大統領選においても、同氏に対する白人男性の投票率35%、白人女性投票率も42%にとどまった。
今回選挙での白人有権者動向について、ロイター通信の最新調査によると、男女合わせた白人支持率は、トランプ候補50%に対し、ハリス候補40%となっている。このうち、白人男性の場合、トランプ候補54%、ハリス候補36%と、大差がついている。
ハリス候補の第三のハンディキャップである時間的準備不足についても明らかだ。
トランプ氏は20年大統領選で敗退以来、再起を期して着々と態勢を整えてきた。あり余る時間を使い、さまざまな戦略構築、選挙スタッフの人選、資金集め、メディア対策に余念がなかった。
一方のハリス氏の場合、去る7月21日、バイデン大統領が再選めざした選挙戦からの突如の撤退を受け、いわば“代打”の形でのドタバタの出馬となった。本格的な選挙戦の態勢が固まったのは、8月に入ってからだった。
しかも、バイデン政権下の現職副大統領としての立場上、いきなり斬新な”ハリス色“を打ち出すわけにいかなかった。政策面でも不人気だったバイデン氏と異なる独自の政治理念をマスコミ向けにアピールする時間的余裕もなかった。
実際に、記者会見などの場で、「有権者にどんな候補者なのかのメッセージが伝わっていない」との批判にさらされ続けたが、無理からぬ事情があったことも事実だ。
ハリス陣営の突破口となった“爆弾発言”
しかし、こうした“逆境”の中、選挙戦終盤に入り、ようやくハリス陣営が攻勢に出始めた。 それが、トランプ候補の「危険体質」についての徹底攻撃だった。
その引き金となったのが、トランプ政権下で“首相”の立場にある大統領首席補佐官だったジョン・ケリー元海兵隊大将の“爆弾告白”だった。
首席補佐官就任前まで国土安全保障長官、大統領補佐官(国家安全保障担当)としてもトランプ大統領の信頼が厚かったケリー氏は去る10月21日、ニューヨーク・タイムズ紙との単独会見で「間違った人物を米国の最高ポストに就かせるのは非常に危険だ」として、在任中毎日のように身近に接触してきたトランプ氏の「人物評」について、次のような点を大胆に指摘した:
「彼はファシストだと思う。『ファシズム』の定義は、極右権威主義的であり、独裁的指導者に特徴づけられる超国家主義的イデオロギーと運動であり、中央集権化した専制体制、軍国主義、反対勢力の強圧的封殺だとすれば、まさに彼はそれに合致する。私の(彼との)接触経験から言えば、彼はそうした政府の在り様が国家統治の最善策と信じ込んでおり、彼は最右翼に位置し、全体主義者であり、実際に独裁者であるプーチンや金正恩を称賛している」
「彼は政治の在り方について、政府ではなく独裁体制がより好ましいと考えている。彼は、自分が世界最強のパワー保持者でないという事実を決して受け入れることはなく、そのパワーの意味するところは、あらゆることがいついかなる時でも自分の思い通りになることを指している。これまで自分のビジネスでやってきた通り、相手は自分の命じた通りに動き、思い通りに事が進むと信じており、命じたことが法に触れるかどうかなどは一切気に掛けることはない」』
『「彼は最近、自分の意思に従わない人物たちを“内なる敵enemy within”と呼び、軍隊を投じてでも対処する旨の発言をしたが、自らの政治目的達成のために国内での軍隊使用は極めて危険極まりない。それがたとえ政治的発言だとしても、そのこと自体あってはならないことだ。大統領在任中、我々側近たちから何度も、米国市民に対する軍隊使用はあってはならないことを伝えられたが、彼は納得がいかず、自分にはそうする権限があると頑固に主張してきた。そして今日またもや、軍隊使用を口にし始めていること自体、懸念すべきことだ」
「彼は、アメリカ民主主義の根本的価値に対する基礎的理解を欠いている。私が首席補佐官に就任後の最初の数日間、彼に対し、大統領は執務上、合衆国憲法への誓約を行い、それが個人的忠誠の上位にあることを何回にもわたって説明したが、彼はその何たるかを理解できず、法の支配についてすらも納得いかなかった。つまり、私的忠誠こそがすべてだと信じてきた。四軍の将軍たちに対しても普段から『わが大将(my general)』と呼んで私物化し、彼らが大統領の使用人ではなく憲法に対する従僕であることを理解できなかった…彼は何度か、ヒトラーを評価する言葉を口にした。彼は歴史への理解を欠いており、私はそのたびに諫言したが、『ヒトラーは良いこともした』などと反論された」
これらのケリー証言はただちに、他のメディアでも大きく取り上げられ、トランプ陣営はただちに火消しに追われた。
ここで“わが意得たり”とばかり、ハリス陣営が新たな動きに出た。
まず、ハリス氏自らがニューヨーク・タイムズ紙報道の翌日の23日、副大統領公邸執務室から、トランプ氏を酷評する以下のような異例のコメントを発表した:
「もし、トランプが再選されたら、もうホワイトハウスにはケリー首席補佐官のようなモノ言う人物がいなくなり、極めて危険な状況になる。彼は、憲法に忠誠を尽くす軍人を求めておらず、自分の個人的命令に従う軍人のみを必要としている。ユダヤ人600万人、そして数十万人のわが米国人たちを殺害したヒトラーを評価することは恐るべきことであり、彼はファシストの範疇に入る人物だ。私たちは彼が何を欲しているかを知っている。それは無制限の権力だ。問題は、大統領選の投票日まで残された13日間で、米国民が何を求めるかだ」
続いてハリス氏は同日夕、ペンシルベニア州フィラデルフィア近郊の市民会館で開かれた「タウンミーティング」に出席した際も、経済、移民問題などについてのひと通りの所感を述べた中で、トランプ氏個人の資質問題に数回にわたり言及、「トランプ大統領返り咲き」の危険性を聴衆に訴えた。
「トランプ候補はファシストと思うか」との質問にも、即座に「そう思う」と答えた。
覚悟を決めたハリス陣営
こうした動きに関連して、AP通信は同25日、「ハリス候補、投票日直前にトランプ個人に照準」の見出し記事を発信、「前大統領に対する恐怖感によってハリス支持者や態度未定有権者を少しでも自陣に引き寄せようとする賭けであり、アメリカン・デモクラシーという哲学的問題を一般市民の日常的関心事に結びつけようとする挑戦を意味している」との解説を加えている。
実際に、土壇場でのこのようなハリス陣営によるトランプ個人攻撃がどれほど票に結びつくかは未定だが、同28日付けのニューヨーク・タイムズ紙取材担当者共同執筆による詳細な分析記事は、「ハリス陣営側近者たちの間では、勝利の公算について『慎重な楽観論』が広がりつつある」として、以下のように伝えている:
「民主党のトップ・ストラテジストたちは、トランプ前大統領を『ファシスト』と位置付ける選対本部の企てが、接戦諸州への作戦拡大および妊娠中絶問題で意気盛んな女性有権者たちのパワーと相まって、ハリス候補を薄氷ながら勝利に導くことになるとして、これまで以上に気を良くしつつある。トランプ側近の何人かさえ、ヒトラーをたたえるトランプ候補に“新進の独裁者”のレッテルを張ろうとする動きによって、わずかだが(勝敗上)意味ある人数の有権者が投票態度を動かされることを心配している」
』
『「民主党当事者たちの間で、近代の大統領選挙の中でも今回ほど、投票日目前まで多くの州で大接戦となった例はないことを疑う人はほとんどいない。接戦諸州でのさまざまな世論調査結果でも、優劣は誤差の範囲内であり、1ポイントか0.5ポイントの違いが勝敗を決することを示している。しかし、最近の数週間こそ、両陣営の戦況が著しく拮抗するにつれて、民主党内で不安が高まった時期もあったが、今では『控えめな自信tempered confidence』が台頭している。そして、ハリス氏個人や党リーダーたちも、選挙戦開始以来の『ハリスは劣勢』だとしてきた自重気味の警戒感さえ破棄し始めた」
「民主党系政治献金団体の一部に異論があるものの、ハリス氏側近たちは、トランプ候補をファシズムと結びつける論陣が共和党穏健派を自陣に引き寄せつつあると信じている。民主党関係者たちも、(トランプ氏が当選した)16年大統領選挙以降、様々な議会選挙などを通じ、彼を『国家分断主義者』と形容することで勝利を得て来たことに自信を深めている。この点で、トランプ氏がヒトラーを評価してきたことや、ファシスト的思想の持主であることを暴露したケリー前大統領補首席補佐官の発言によって、態度未定のユダヤ系有権者が動かされることをトランプ側近の何人かも心配している」
国家分断との決別を呼びかけ
さらに、ハリス候補自身も、こうした「トランプの恐怖」に焦点を当てた個人攻撃に手ごたえを感じたのか、投開票まで残り1週間となった去る29日、ワシントンのホワイトハウス前広場の大規模集会で、これまでの選挙戦を総括する最後の重要演説を行った。
30分にわたる演説の中で、「トランプは国民を分断し、市民同士を恐れさせ続けるために10年間を費やしてきた」「彼はこの集会の場所に4年前に立ち、(バイデン氏を当選させた)民意を覆すために暴徒を議会に送り込んだ。今回の選挙は私たちに、わが国を自由の国にするのか、混乱と分裂の国にするのかの選択を求めている」などとして、集まった7万5000人近くの聴衆を前に、国家分断との決別を熱烈に呼びかけた。
演説はTVを通じ、全米に実況中継された。
果たして、こうしたハリス陣営の最後の切り札ともいうべき作戦が期待通りの成果につながるかどうかは、誰にも分らない。』