迫る米大統領選、ウクライナ戦争で30年ぶり脚光の票田
編集委員 永沢毅
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『2024年11月4日 5:00 [会員限定記事]
米大統領選の投開票が5日に迫った。ウクライナ戦争が始まってから初めて迎える今回の選挙戦で、冷戦期以来の注目を集める、とある票田がある。複数の激戦州で勝敗を左右するとみて、両陣営が三十数年ぶりに支持取り付けに力を入れる。こうした異例の展開は、揺らぐ国際秩序における米国の影響力の低下を映す。
民主党のハリス副大統領は、トランプ前大統領の復権阻止をポーランド系米国人へ訴えている=ロイター
「ドナルド・トランプは同盟国を攻撃するようプーチンをけしかけている」。民主党候補ハリス副大統領の陣営は9月半ばから、こんな広告をSNSで流し始めた。ターゲットはポーランド系の有権者だ。13世紀にポーランドが外敵に襲撃された故事を持ち出し、脅威に備えるべきだと警告した。
ハリス氏は9月10日に東部ペンシルベニア州フィラデルフィアで開かれた大統領選の討論会でも「ここペンシルベニアにいる80万人のポーランド系米国人のみなさん」と呼びかけた。共和党のトランプ前大統領がホワイトハウスに返り咲けば、ロシアのプーチン大統領はウクライナの次にポーランドを標的にすると明言した。
共和党のトランプ前大統領は「自分が大統領ならウクライナ戦争はなかった」と吹聴するが…=ロイター
トランプ氏も負けていない。「私が大統領である限り、ポーランドはずっと安全だ。ロシアがウクライナを侵略することもなかった」。10月中旬、ポーランド系米国人のイベントにこんなメッセージを寄せた。ポーランドメディアのインタビューにも個別に応じている。
なぜポーランドなのか。ウィスコンシン大学のドナルド・ピエンコス教授らの推計によると、ポーランド系住民がペンシルベニアには州人口の5%にあたる75万人、中西部ミシガン州は同8%の78万人、同ウィスコンシン州は同8%の48万人ほど住む。
いずれもラストベルト(さびた工業地帯)の激戦州で、数千、数万の票の行方が結果を左右する。ペンシルベニアにはおよそ12万人のウクライナ系もいるが、ポーランド系はそれを大きく上回る。チェコやバルト3国などと比べても最大規模の移民コミュニティーを形成する。
共和党のフォード大統領はポーランドなど東欧への旧ソ連の影響力を巡る失言が一因で再選を逃した=AP
冷戦期の大統領選では、ポーランド系を含む中東欧移民の票田が選挙戦に影響を与えるケースがあった。一例は1976年だ。冷戦下の当時、東欧諸国がソ連の衛星国だったのは周知の事実だった。
それにもかかわらず、共和党の現職フォード大統領は討論会で「ポーランドがソ連に支配されているとは思わない」などと発言した。中東欧系の移民の失望を招き、民主党のカーター氏の勝利に一役買ったと言われる。
共和党のレーガン大統領も再選をめざした84年の大統領選で、ペンシルベニアで開かれたポーランド系移民の祭典に出席した。旧ソ連への強硬姿勢をアピールし、その歓心を買おうとする活動は珍しくはなかった。
「冷戦が終わると、ポーランド系米国人が票田として注目されることはなくなった」。ポーランド国際問題研究所ワシントン事務所のパヴェル・マルキエヴィッチ事務局長はこう話す。それから30年あまりが経過した今回の選挙戦で両陣営が活発な働きかけを再開したのは、2022年2月に始まったウクライナ戦争が状況を一変させたからにほかならない。
ポーランドは歴史上、ソ連時代を含めてロシアの侵略や支配を何度も受けてきた。ソ連崩壊後は北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、親米欧路線を明確にした。ウクライナ戦争でロシアへの警戒を改めて強め、隣国ウクライナから最も多くの避難民を受け入れている。ポーランド系米国人にとっても、どちらの大統領候補がルーツであるポーランドの安全保障に資するかは大きな関心事だ。
マルキエヴィッチ氏によると、ソ連や共産主義の支配といった記憶が残る高齢者の世代には、ロシアの脅威に備えるべきだとのハリス氏の訴えが響く可能性がある。
半面、多くは中絶に否定的なカトリックでもある。このため、女性が中絶を選ぶ権利を擁護するハリス氏よりもトランプ氏に共鳴する面がある。「世代によって優先するテーマが大きく違う。経済や移民を重視する人たちもいる」(同氏)
今回の大統領選は中東危機も影を落とし、イスラム系住民の多いミシガンでハリス氏の集票の足かせとなっている。イスラエルのネタニヤフ首相はバイデン政権が主導するパレスチナ自治区ガザの停戦合意に応じようとせず、むしろ事態の悪化に拍車をかけることで結果的にトランプ氏を側面支援している。
パレスチナ自治区ガザの衝突はハリス副大統領に打撃を与えている=ロイター
米大統領選は人種や民族の観点でみた場合、人口構成比で大きな割合を占める黒人やヒスパニックを狙った活動が主軸なのは変わらない。今回はイスラム系や中東欧系といった小さなグループまで目配りしなければ勝利はおぼつかない。
バイデン政権がより早い段階で欧州や中東での危機収束にこぎ着けられていれば、選挙戦が違った展開をたどっていた可能性は否定できない。激戦州でこれらの小集団がキャスチングボートを握っている現実は、「世界の警察官」役を降りた超大国の落日を浮かび上がらせる。
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