米選挙に妨害と混乱の影 民主主義は守られるか

米選挙に妨害と混乱の影 民主主義は守られるか
本社コメンテーター 西村博之
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD2344V0T21C24A0000000/

『2024年10月28日 10:00 [会員限定記事]
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今村卓池上彰

各地で期日前投票が始まっている(16日、米ジョージア州アトランタ)=ロイター
「トランプ支持の不法移民か」。とがった声に振り向くと2人の10代の白人少年がいた。激戦州アリゾナでトランプ前大統領の選挙集会を取材した帰りのことだ。

筆者に言ったのか、通りでトランプグッズを売る南米系の露天商に言ったのかは分からない。いずれにせよ超接戦の大統領選を前に米国には不穏な空気が漂う。

深まる「感情的分極化」
「カマラ、お前は最悪のクソ副大統領だ。クビだ。うせろ」。ペンシルベニア州の集会でトランプ氏はハリス副大統領をそう罵り、聴衆も「クソだ!」と応じた。

大統領選は平穏に行われるのだろうか。米クイニピアック大の調査では選挙後の政治的暴力を危惧する人々は7割超。米国では政策や価値観の分断が高じ、2つの陣営がいがみ合う「感情的分極化」が深まるだけに予断は許さない。

2020年の大統領選で負けたトランプ氏は選挙を「八百長」と呼び、翌年1月の連邦議事堂襲撃を招いた。今回も「私が負けたら不正のせいだ」とけん制し、選挙日に「狂った極左勢力」を制する軍の動員まで求めた。暴力を予言し、むしろ自らの支持者に行動を促す「犬笛」ともとれる。

21年1月にはトランプ氏支持者が連邦議事堂に乱入する騒ぎが起きた=ロイター
今月、米国土安全保障省と米連邦捜査局は共同で、大統領選に絡んだ「暴力的な国内過激派からの脅威」を警告した。政治的信条や私憤に根ざす攻撃の脅威は物理面にとどまらず、少なくとも25年1月の大統領就任まで続くとした。

その間、法廷闘争やネットを通じた選挙妨害も予想され、対応は前回より格段に難しくなる可能性がある。

投票制限など狙う訴訟相次ぐ
トランプ陣営は20年の選挙結果に挑み、司法に阻まれたが、今回は周到に手を打ってきた。激戦州などで訴訟を連発し、選挙の信頼をくじく種をまいたのだ。

たとえばアリゾナ州では同氏に近い保守系団体が9月、有権者名簿に米国籍のない人々が多く含まれていると主張し提訴した。投票者や投票所の職員への嫌がらせを防ぐ規則にも「表現の自由」を盾に反対し訴訟を起こした。

ジョージア州では保守派主導の選挙管理委員会が9月、手作業で票を確認せよとの新規則を決めた。民主党は選挙結果の認定を遅らせる企てだと反対し、州の裁判所も差し止めを命じたが、共和党は上訴している。ペンシルベニア州などでも民主党支持者が多く使う郵便投票の制限を狙った訴訟が、共和党から相次いでいる。

トランプ氏が負ければ支持者は係争を理由に選挙結果を否定し、その一部は連邦裁判所に持ち込まれるだろう。これに伴う選挙確定の遅れや政治の混乱は、不当な選挙妨害への格好の口実になる。

当局はデモが暴動に発展し、選挙施設への攻撃、職員への圧力や投票箱の略奪を招く事態を警戒する。狙撃、放火、爆破予告、不審物の送付による混乱誘発も想定している。民主主義の前提となる公正な投票を妨げる蛮行だ。

偽情報やハッキングのリスクも
ネット経由の選挙インフラへの攻撃も見逃せない。典型例は大量のデータ送信でサーバーをパンクさせるDDoS攻撃で、投票情報の閲覧や投票所の運営を妨げる。ハッキングによる選挙情報の書き換えなども懸念される。

より重大なのは有権者名簿のデータ改ざん・消去など投票への直接の妨害行為だ。危険は小さいとされるが、電子投票・集計システムに侵入を許せば結果に影響しかねない。実際の被害がなくても選挙の正当性に疑念が生じる。

偽情報の危険も侮れない。架空のテロ情報で有権者を家に留め置く、選挙不正のデマで怒りを誘う、などは序の口。やっかいなのは人工知能(AI)の悪用だ。

候補者の失言、側近の暴露、著名人による支持表明……。そんな精巧な偽動画が選挙直前に拡散したら、否定する間もなく得票を左右する。公的機関や報道機関のサイトを乗っ取る形で発信された情報なら影響はなお大きい。

偽情報の問題が今とりわけ深刻なのはX(旧ツイッター)などを率いる起業家のイーロン・マスク氏が、トランプ氏へ異例の選挙支援を始めたからだ。激戦州で支持者の選挙登録を促すため、選挙日までの18日間、抽選で毎日100万ドルを贈る運動だ。

選挙法に触れかねない金権的な手法はそれ自体が選挙への信頼を損なう。同時にそうもトランプ氏に執心するマスク氏がXを選挙の武器としてどう動員するかも目は離せない。移民票をめぐる陰謀論に加担し、20年の大統領選の結果も否定する同氏は、今回の大統領選が「最後の自由な選挙になる」と危機感をあおっている。

マスク氏がトランプ氏とともに登壇したペンシルベニア州の共和党集会(6日)=ロイター
民主主義の存亡うらなう局面に
米当局は各州と連携し、攻撃にもろい「ソフトターゲット」を洗い出すなど備えている。だがネット上も含む混乱が複合的に生じ共鳴すれば対応は一筋縄に行かない。当局の過度な反応は逆効果になりかねずバランスも難しい。

「最悪、バイデン政権は戒厳令を敷き、軍を介入させうる」。米外交問題評議会(CFR)は物騒なシナリオを示しつつ「それは米民主主義の存亡にかかわり、自由世界の指導者たる米国の地位は実質的に終わる」とも警告する。

杞憂(きゆう)に終われば何よりだ。だが「公平で透明な選挙」「政治的な暴力の不在」「円滑な政権移行」はカントリーリスクの重要な尺度だ。それらに疑念が生じている時点で、世界の模範たる米国の地位は揺らいでいるとも言える。今、むしろ憂うべきは、米国が「専制国家の手本」と化した時の世界の混沌かもしれない。

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