ハリスとトランプの「勝ちパターン」激戦7州をどのようにとるのか?
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/35554
『2024年10月29日
10月下旬になったが、米国ではオクトーバーサプライズ(選挙結果に多大な影響を与える驚くべき出来事)が起きていない。南部を襲い甚大な被害をもたらした2つのハリケーンは、民主党のカマラ・ハリス副大統領(以下、初出以外敬称および官職名略)と共和党のドナルド・トランプ前大統領の支持率に顕著な変化をもたらさなかった。ハリケーンは決定的な要因にはならなかったのだ。
周知の通り、2021年1月6日、トランプ支持者は米連邦議会で行われた20年米大統領選挙における選挙人確認の作業を「政治的暴力」で阻止しようとした。「1月6日」は、民主主義に対する脅威として米史に残る衝撃的な事件となった。トランプは事件直前にエリプス(ホワイトハウスの南側にある公園)で演説を行い、その際、米連邦議会の方向を指さして、支持者を扇動した。
米連邦議会議事堂襲撃事件で、少なくとも7人が事件に関連して死亡した。内1人は、暴動の際に亡くなった議会警察官であった。にもかかわらず、選挙集会でトランプは、死亡したのはトランプ支持者の女性1人であったと嘘をついた。
また、トランプは集会で、トランプ支持者は銃を所持していなかったと主張した。しかし、事件が発生した当日、6人が銃を保持しており逮捕されている。トランプの銃に関する発言も嘘だ。
トランプは20年米大統領選挙の結果を覆そうとした罪など4件で、有罪の判決を受けた。特に、元不倫相手に対する口止め料に関して帳簿を改ざんした件では「重罪犯」となった。これには民事は含まれていない。
24年9月、ハリスとのテレビ討論会では、中西部オハイオ州スプリングフィールドのハイチの合法的移民がペットの犬と猫を食べていると公然と嘘をついた。この無責任な発言の影響は大きく、スプリングフィールド市内の小学校などに爆破予告が寄せらせ、子供たちなどが非難する騒ぎとなった。この虚偽の発言は、ハイチ国民に怒りや不快感を与え、ハイチ政府からの抗議もあった。
上記の事件、起訴および嘘にもかかわらず、オクトーバーになってもトランプの支持率は下がらず、支持者は彼から離れない。日本人の筆者には、これがサプライズだ。
投開票日は11月5日(現地時間、以下同様)で、10日を切っている。2024年米大統領選挙は、激戦7州で勝敗の決着がつくとみられている。それらは、中西部ウィスコンシンン州(選挙人10、以下同様)、ミシガン州(15)、東部ペンシルベニア州(19)、南部ノースカロライナ州(16)、ジョージア州(16)、西部アリゾナ州(11)およびネバダ州(6)である。
では、ハリスとトランプは、人口によって各州に割り当てられた選挙人の過半数270を、どのようにとろうとしているのか。まず、選挙情勢からみていく。
(Sinisa Vidic/gettyimages)
黒人男性とヒスパニック系
現在、ハリス陣営の激戦州の責任者であるダン・カニネン氏は、2008年米大統領選挙でオバマ選挙対策事務所の幹部を務め、共和党が圧倒的に強かった南部バージニア州に、オバマの勝利を導いた立役者である。そのカニエンが、民主党全国大会前の7月末に支持者に向けて、ハリスはアフリカ系、アジア系、女性、ヒスパニック系、若者の連合軍、いわゆる「異文化連合軍」で勝利を目指すと語った。
8月の民主党全国大会で大統領候補に指名された頃、ハリスは、すでに異文化連合軍の中で黒人とヒスパニック系の支持が充分得られていなかったが、選対ではまだ改善できる余地があると捉えていた。しかし、選挙戦の最終盤になっても、ハリスが黒人男性とヒスパニックの票を取り切れていないことが明確になり、ハリス陣営は、急遽、対策を打っている。
米CNNの出口調査によれば、2020年米大統領選挙で、ジョー・バイデン候補(当時)は黒人の87%、トランプは12%の票を獲得し、バイデンがトランプを75ポイントも上回った。ヒスパニック系ではこのパーセンテージは、バイデン65%、トランプ32%で33ポイントの差があった。
バイデンは、オバマ政権の副大統領として2期8年を務め、36年間の上院議員としてのキャリアを通じて得た知名度もハリスよりもはるかに高かった。その上、バイデンには男性であるという優位性が働いていたに違いない。
今回の大統領選挙では、世論調査で定評があるマリスト大学(東部ニューヨーク州)の全国世論調査(24年10月8~10日実施)によると、アフリカ系のハリス支持は75%、トランプ23%で52ポイント差である。バイデンと比較すると、ハリスのリードは23ポイントも低い。
ヒスパニック系に至っては、ハリス支持が54%、トランプ支持が45%で9ポイント差であった。こちらもバイデンと比べると、ハリスは24ポイント下回っている。
その理由は何か。経済やインフレが貧困層の多い黒人を直撃したという指摘があるが、加えて、黒人男性の黒人女性に対する支配の文化、蔑視や差別が根底に存在すると言われている。ハリスにとって人種内のジェンダーの問題が障壁となっているのだ。
ハリスが黒人男性票獲得で苦戦を強いられているのを知ったトランプは、選挙集会で「私は黒人男性が好きだ」と敢えて言い、黒人男性にアピールしている。また、「不法移民が黒人とヒスパニック系の人々の職を奪っている」とも訴えて、具体的なやり方を示さないまま、国内から大量の不法移民を強制送還させると約束した。
トランプの狙いは巧妙だ。合法的に市民権を得たヒスパニック系や米国で生まれたヒスパニック系の人々の利益を、不法に流入したヒスパニック系の人々が侵害しているとして、敵対心を植え付ける。その対立に、黒人も巻き込んで、敵対のレベルを一段高めて、「ハリスの移民政策の無能」の方向に導いている。』
『ハリスとオバマは黒人男性を説得できるのか?
これに対して、ハリス陣営は選挙集会で、ミュージシャンのスティービー・ワンダー氏や映画監督のスパイク・リー氏など有名な黒人男性を全面に出して、彼らに支持を求めている。また、10月24日に開催された南部ジョージア州のハリス陣営の選挙集会では、黒人のラファエル・ワーノック上院議員(民主党・同州)が演説を行い、「私は多くの黒人男性がドナルド・トランプに投票するとは思わない」「私たちは彼がどのような人物か知っている」「トランプは黒人の大統領(オバマ)が米国で生まれていないと言っていた」と述べて、ハリスかトランプかで揺れ動く黒人男性を引き戻そうとした。そして、トランプは米国を後退させ、ハリスは前進させると語気を強めて2人を比較した。
さらに、同選挙集会では、ハリスは初めてバラク・オバマ元大統領と一緒に舞台に上がり、黒人男性に投票を呼び掛けた。その際、オバマは演説の中で黒人男性に多い黒人女性に対する性差別を非難せずに、トランプの性格に焦点を当てた。
中でも注目に値するのが、オバマは、トランプの元大統領首席補佐官で海兵隊大将であったジョン・ケリー氏の発言を取り上げたことであった。オバマは、ケリーが米紙ニューヨーク・タイムズのインタビューの中で、トランプが「ヒトラーは良いこともした」と繰り返し称賛していたと明かしたことを聴衆に伝えた。ハリスも、ケリーが述べたトランプのヒトラーに関する発言に言及して、トランプを非難した。
筆者は歴史学者ではないが、異文化間コミュニケーション論を学んできた者として、トランプが今回の選挙期間中に、アドルフ・ヒトラーを想起させる言葉を幾度か使用してきたことを確認している。
例えば、トランプの公式のソーシャルメディアに「統一帝国」という言葉が登場した。また、トランプは「政敵は寄生虫」「(不法移民は)わが国の血を汚している」と比喩を用いて彼らに攻撃を加えた。
上記のようなトランプが有権者に向けて発信した発言を考えてみると、ホワイトハウスでトランプを身近にいたケリーの証言は信憑性が高いと思われる。
さらに、ハリスとオバマは、トランプが「内なる敵」という言葉を使い、敵は海外よりも国内に存在すると強く認識していると指摘した。ハリスは他の選挙集会でも、トランプの「国内の敵」に関する発言を批判している。「敵」はウラジーミル・プーチンロシア大統領などの外国勢力ではなく、米国内にいる反トランプのジャーナリスト、20年米大統領選挙で不正がなかったと主張する選挙管理委員会のスタッフ、トランプを起訴した判事などを指し、彼らはトランプの「敵のリスト」に入っていると言うのだ。
ハリスによれば、トランプは民主主義に反する権威主義的、独裁主義的な性格を帯びている。ハリスの分析が正しいとすれば、トランプが大統領に返り咲いた場合、権力に対する監視が効かなくなり、民主主義は大きく後退し、米国は弱体化する。故に、ミシェル・オバマはトランプを大統領にしないためにも、戸別訪問を実施し、電話による支持要請を行い、投票所に出向いてハリスに投票をするように強く促しているのだ―ー”Do something”と。
「性格攻撃」は有効か?
選挙戦が最終盤に入り、ハリスはトランプの性格と大統領としての不適格さに焦点を当てた攻撃を本格化させている。この戦略は有効であろうか。
米国の専門家の中には、トランプの性格に対する攻撃は機能しないと断言する者がいる。確かに、2016年米大統領選挙では、ヒラリー・クリントン元国務長官がトランプの性格を主要な争点に据えて戦ったが、逆にクリントンは公務に関わるメールに私的なサーバーを使用していた、いわゆる「メール問題」と彼女の性格を絡めたトランプの反撃に直面し、効果を上げることができなかった。
しかし、それから8年間が経過した。現在では、誰もが「トランプ」を知っている。多数の民主党支持者、無党派層および一部の共和党支持者は、トランプの分断を激化させる過激な発言、不正行為並びに無数の嘘に拒否反応を示し、大統領としての適性に強い疑問を抱いてきた。前のトランプ政権でトランプの側近を務めたケリーなどの「良識派」は、トランプが大統領として「不適格」という立場をとっている。
16年米大統領選挙と比較すれば、ハリスのトランプの性格と不適格を突いた攻撃は、一定の効果を上げ、票の上積みにつながると考えるのが妥当だ。』
『「マージンのゲーム」
10月26日、ハリスはミシェル・オバマと中西部ミシガン州での選挙集会に登場し、特に黒人女性に投票を促した。ハリス陣営は、女性票でトランプを大きく引き離したい考えだ。
ハリスは上記の選挙集会に加えて、ジョージ・W・ブッシュ政権の副大統領ディック・チェイニー氏の娘リズ・チェイニー前下院議員と一緒に、ウィスコンシン州、ミシガン州およびノースカロライナ州で演説を行った。リズ・チェイニーは、米連邦議会議事堂襲撃事件を調査する下院特別委員会の副議長を務め、2022年米中間選挙で落選したが、今も反トランプを貫き、自分を「保守派」だと主張している。
ハリスとチェイニーの遊説は、共和党予備選挙でトランプと戦った元国連大使ニッキー・ヘイリー氏の支持者の票獲得を狙ったものと言える。ヘイリー支持者には人工妊娠中絶容認とウクライナへの軍事支援に賛成する者が多いからだ。
カニネンによれば、激戦7州の内、特にペンシルベニア州の選挙は「マージンのゲーム」になる。ほんの僅かの票でも積み上げた方が勝利するという認識を示したのだ。ヘイリー票、黒人男性票およびヒスパニック票の積み上げは、トランプとの僅差の勝負には不可欠なのだ。
ハリス陣営の「投票率アップの戦略」
僅かな票の積み上げを狙うハリス陣営は、どのようにして投票率を高めようとしているのか。
10月10日に行われたペンシルベニア州のハリス陣営と支持者とのオンラインミーティングで、同陣営は戸別訪問が投票率を8%~10%高めると説明した後、支持者に対して、その場で投開票日までの戸別訪問の日程表に、自分が戸別訪問を実施できる時間帯にマークを入れるように促した。ハリス陣営の投票率アップの有効な戦略の柱は、激戦7州におけるボランティアの運動員による地上戦、即ち戸別訪問の強化だ。
また、同月14日のウィスコンシン州のハリス陣営と支持者とのオンラインミーティングで、同陣営は、すでに構築された人間関係のネットワークが投票率を高めると述べた。同陣営によると、有権者は政治広告よりも、家族や兄弟、友人、同僚の意見に耳を傾け信じる傾向があると言う。
ハリス陣営は、オンラインミーティングにおいて、2020年米連邦上院議員選挙でジョン・オソフ上院議員(民主党・ジョージア州)の陣営が、人間関係のネットワークを通じて、投票率を3.8%向上させた例を紹介した。また、同陣営は2018年の米コロンビア大学のデータ科学研究所の研究で、有権者が人間関係のネット―ワークを使えば、投票率が8.3%上がることを突き止めたと説明した。
さらに、ハリス陣営のスタッフは、2019年の非営利団体で無党派のターンアウト・ネーションの西部カリフォルニア州、コロラド州、東部コネチカット州および中西部オハイオ州を対象にした研究では、13.2%の投票率アップが見られたと述べた。陣営のスタッフが支持者をサポートすれば、さらに17.1%まで高まるとも説明した。
ハリス陣営は戸別訪問を核とした地上戦に加えて、人間関係のネットワークを通じて、確実に票を獲得する戦略を打っている。
』
『激戦7州を巡る攻防
トランプとハリスは、激戦7州をどのようにして獲得しようとしているのか。
トランプは、共和党が強い赤い州(赤は同党のカラー)に加えて、激戦7州の内、ジョージア州とノースカロライナ州の2州をとれば、ハリスに王手をかけることができる。赤い州とこの2州の選挙人の合計に、ペンシルベニア州の選挙人19を加えると、過半数の選挙人270になるからだ。
仮にそうなれば、アリゾナ州とネバダ州の勝敗は関係ないことになる。おそらくトランプは、この最短距離の「勝ちパターン」を最優先にしている。
一方、ハリスは民主党が強い青い州(青は同党のカラー)に、中西部ネブラスカ州第2選挙区の選挙人「1」(通称ブルー・ドット)と、ウィスコンシン州およびミシガン州をとれば、トランプに王手をかけることになる。それらの州の選挙人にペンシルベニア州の選挙人19を足すと、こちらも選挙人の合計が270になり、勝利するからだ。ハリスが最も重視しているのが、この「勝ちパターン」だ。
ということは、トランプとハリスの勝敗の鍵を握る共通の州はペンシルベニア州になり、同州が決定的な結果をもたらす可能性が高くなる。ハリスとトランプは選挙戦最後の演説をペンシルベニア州で行うかもしれない。
ハリスがノースカロライナかジョージアのどちらかの州で勝利すれば、流れはハリスに傾く。というのは、彼女に選択肢が生まれるからだ。ペンシルベニア州を落としても、ノースカロライナ州とネバダ州ないし、ジョージア州とネバダ州の組み合わせで補える。それぞれの選挙人の合計が22(16+6)になり、ペンシルベニア州の選挙人19を上回るからだ。
もちろん、ノースカロライナ州とアリゾナ州ないしジョージア州とアリゾナ州の組み合わせもあるのだが、目下のところ、ハリスはアリゾナ州よりもネバダ州で勝つ可能性が高い。
いずれにしても、トランプはジョージア州、ノースカロライナ州とペンシルベニア州、一方、ハリスはウィスコンシン州、ミシガン州とペンシルベニア州を獲得できるかが勝利の鍵となると言える。』