アメリカ大統領選、両候補の戦略 マーケティング理論で分析

アメリカ大統領選、両候補の戦略 マーケティング理論で分析
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『2024年10月14日 5:00

米大統領選は11月5日の投開票まで3週間あまりとなった。民主党のハリス副大統領と共和党のトランプ前大統領はそれぞれどのような戦略で勝とうとしているのか。モノやサービスを売る企業のマーケティング理論の視点から、最終盤の選挙戦を読み解いてみた。

有権者は「顧客」票田は「市場」

マーケティング理論は企業が売り上げや利益を増やすために自社の商品やサービスをいかに販売するかを考える。競争環境を分析したうえで市場を選んだり、製品や価格、流通経路を決めて広告や宣伝を打ったりする一連の包括的な戦略を指す。

実際の企業経営の事例をもとに様々な理論が生まれてきた。市場(票田)を選んで顧客(有権者)に商品(自分)を売り込む選挙はビジネスと似ている。本場の米国では「政治マーケティング」と呼ぶ学問も発展し、選挙に応用する動きが広がる。

強みと弱み…4項目で整理

まず「SWOT分析」と呼ばれる枠組みを使い、両候補にとって有利となる市場を探ってみた。内部要因である強み(Strengths)と弱み(Weaknesses)、外部要因の機会(Opportunities)と脅威(Threats)の4項目を整理する。

ハリス氏の強みは米国社会の「多様性」を体現する出自にある。ジャマイカとインドそれぞれの出身の両親を持つ移民2世で、白人のトランプ氏と対極に位置する。

元検事の経歴とともに打ち出す「正義感」は、4つの刑事事件で起訴されたトランプ氏との対比で目立つ。

トランプ氏の強みはMAGA(Make America Great Again)の標語に代表される米国第一主義だ。メッセージが明確で強いブランド力がある。在任時に築いた「強いリーダーシップ」のイメージも、指導力が未知数とされるハリス氏と比べ優位に立てる。

次に外部要因に目を向ける。クリーンエネルギーの推進や人工妊娠中絶の権利擁護を唱えるハリス氏にとって、環境や人権への意識の高まりは機会といえる。化石燃料の開発拡大を訴えたり在任時に中絶規制を後押ししたりしたトランプ氏には脅威だ。

インフレはトランプ氏にとって敵失を突く機会となる。バイデン政権の支持率が下がった要因でもあり、副大統領のハリス氏を追及しやすい。ウクライナや中東の戦争など国際情勢の悪化も、自国を優先するトランプ氏の追い風になっている。

無党派を細分化、標的定める

自らの競争上の優位性を見極めたところで、市場のどこを狙うべきか考えるのがSTPの枠組みだ。市場細分化(Segmentation)、標的設定(Targeting)、ポジショニング(Positioning)の3段階でどこにビジネスチャンスがあるか見定める。

英レッドフィールド・アンド・ウィルトン・ストラテジーズなどが9月27日?10月2日に実施した世論調査によると、投票先を決めていない人の割合は勝敗を左右する激戦7州の全てで5%以下にとどまる。限られた人たちをいかに説得するかが目下の焦点だ。

有権者は支持政党別に民主、共和、無党派に分けられる。さらに支持の強さや立ち位置によってそれぞれ3分類すると9つに細分化できる。

ではどこをターゲットにすべきか。上智大の前嶋和弘教授(米国政治)は「激戦州の無党派層のうち民主寄り、共和寄りの有権者をハリス氏、トランプ氏がいかに取り込むかが焦点だ」とみる。

無党派と自称する人でも、どちらかの政党に親近感を持つことが多い。例えばハリス氏なら民主寄りの無党派の有権者に投票所に足を運んでもらうことが大事になる。相手の党に近い無党派を引き寄せるのは難しく、費用対効果は下がる。

同時に政党支持者のうち無党派との境にいる「弱い支持者」を取りこぼさないようしっかり活動する必要がある。

投票にどのくらい行くかどうかもターゲティングの切り口になる。埼玉大の平林紀子名誉教授(政治コミュニケーション)は「たまに投票に行く層が、資源を集中投入すべきターゲットだ」と説く。

無党派でもいつも投票に行く人は最終盤で既に投票先を決めている可能性が高い。いつも投票に行かない人は説得しても効果が乏しい。相対的に伸びしろの大きい「たまに投票に行く人」に限りある資金や時間を費やすのが効率的といえる。

嗜好に合わせ自分を売り込み

あとは自らをどう売り込むか。製品(Product)、価格(Price)、流通経路(Place)、プロモーション(Promotion)の「4P」を標的である有権者の嗜好に合わせる作業が必要になる。

製品は政治マーケティングの世界で主に政策を指す。ハリス氏は中間所得層を取り込むため所得減税や住宅の購入支援を前面に出す。激戦州に集まる製造業の従事者を取り込みたいトランプ氏は国内生産を手掛ける企業にのみ法人税率を引き下げると訴えている。

価格は政策の実現可能性やリスクの程度に置き換えられる。9月の米紙調査でどちらの候補が「安全な選択」か「リスクがある選択」かとの問いはほとんど差がなかった。

流通経路は候補者が政策や理念を有権者に届ける手法を指す。両陣営とも激戦州で集会を開いたり戸別訪問したりする「地上戦」に加え、テレビやSNSの広告で「空中戦」を繰り広げる。

プロモーションは自身の強みと機会を踏まえて売り込むほか、競合相手にもレッテルを貼る。

ハリス氏は自身を「未来」、トランプ氏を「過去」と位置づけ、社会をこれから良くするという前向きなメッセージを出す。トランプ氏はハリス氏を「急進左派」「共産主義者」と呼び、米国の価値観にそぐわない人物だと印象づけようとしている。

両陣営は選挙戦の終盤で製品である政策の軌道修正にも動いている。ハリス氏は厳しい移民政策を打ち出し、不法移民に不満を持つ世論に応える。トランプ氏は中絶問題で各州の判断を尊重すると明言し、無党派の女性に秋波を送る。

前嶋氏は「選挙の最終盤では自分の党に近い浮動票を獲得するため候補者の主張は玉虫色になりやすい」と指摘する。顧客の好みに合わせすぎると、自身の強みがぼやけてブランド力が落ちるリスクがあるのは企業のマーケティング戦略と同じといえる。

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制作

児玉章吾、小林拓海、鎌田多恵子 』