日本人の長寿の秘密、遺伝子から探る　百寿者にみる差
科学で迫る日本人　病との戦い（中）
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG256GJ0V20C24A9000000/

『2024年10月5日 2:00

日本人は世界でもトップレベルの長寿を誇る。その背景に遺伝的な要因はあるのだろうか。生活習慣や医療体制など環境要因の影響が大きい中、長寿に関わる遺伝要因を探る大規模な研究がいくつも進んでいる。わずかな違いまで見つかってきている。

そもそも長寿を左右する要因は何だろう。「現代人全体でみると、高血圧が最も寿命を縮める原因になっている」。大阪大学などの研究チームが日欧の約70万人のゲノム（全遺伝情報）などのデータを解析して指摘している。

研究では肥満や高血圧、高コレステロールなど33項目の健康リスクについて調べた。最も寿命への影響が顕著に出た高血圧は、心筋梗塞や脳卒中など、死因の上位を占める循環器疾患につながる。

日本人の特徴はあるのか。地域差を探すと、欧州の人は日本人よりも肥満の影響が大きかった。詳しい理由は不明だが、もともと日本人の方が肥満になりにくいことは知られている。阪大の岡田随象教授は「日本人は太るよりも腎臓が悪くなったり糖尿病になったりしてしまう」と指摘する。

血糖値を下げるホルモン「インスリン」を出す能力が白人の半分程度しかない点が一因といわれる。インスリンが多く出る人は、高カロリーの食事でも多くの血糖を体に取り込み、脂肪などの形でため込める。一方、あまりインスリンの出ない日本人では、脂肪がつきにくい代わりに血糖値が下がりにくい。こうした体質の違いが寿命に影響しているのかもしれない。

100歳以上の「百寿者」のゲノムからも長寿に関わるポイントが見つかった。慶応義塾大学の新井康通教授らは国内の百寿者を1000人規模で調べた。「認知症や糖尿病、循環器疾患になりにくい遺伝的な背景を持つ人が日本人一般よりも多かった」と佐々木貴史専任講師は話す。

この3つの病気になりにくい遺伝的特徴が長寿につながるのは、日本だけの特徴ではなく、世界の他の地域でも同じ傾向が報告されている。ただ一つずつ詳しく見ていくと違いもある。

例えば、認知症に関わる遺伝子では「APOE4」が注目されている。APOEには構造のわずかに異なる2、3、4型がある。4型にはアルツハイマー病の発症リスクがあり、両親の一方から4型を受け継いだ日本人の発症リスクは3〜4倍だという。

百寿者ではAPOE4の保有者が少なかった。日本人全体では約2割が持つといわれるが、調査した100〜104歳では約11%、110歳以上ではわずか3%で高齢のグループほど少なかった。「APOE4は認知症だけでなく長寿のリスク遺伝子でもあるだろう」（佐々木専任講師）

糖尿病については欧米の人との違いが報告されている。東京大学の山内敏正教授らが2型糖尿病の発症に関わるゲノムの領域を調べると、日本人にはインスリンの出にくくなる変異が発症リスクに強く関連していた。欧州人ではこの変異があっても発症リスクに変化はない。日本人はもともとインスリンの出る量が少ないが、この変異の影響でさらに出にくくなるとリスクが高まるのかもしれない。

循環器疾患のなりにくさについては、理化学研究所の研究チームが報告している。心臓に血液を送る「冠動脈」の病気に関わる遺伝子の特徴を探そうと、日欧の計60万人のゲノムデータを解析した。

欧州人にはなく一部の日本人だけにみられる特徴として「PCSK9」という遺伝子の変異が見つかった。遺伝子の働きが弱まり、血中のコレステロールが臓器などに取り込まれやすくなる。血中のコレステロール値が下がり、動脈硬化が起きにくくなる。日本人の冠動脈疾患のリスクを下げる「保護的な変異」だ。

日本人を守ってくれているようにもみえるが、1つの特徴の影響はわずかだ。反対にリスクを上げる変異も見つかっている。今回の解析では、日欧全体で冠動脈疾患のリスクに関わる遺伝子の場所は約180カ所もあった。理研の伊藤薫チームリーダーは「日欧のどちらが遺伝的な発症リスクが高いかはまだ不明だ」と釘を刺す。

もともと寿命を決める要因は、遺伝子よりも環境要因の方が大きいことは知られている。寿命に遺伝的な要因が影響する割合は10〜25%ともいわれる。病気のなりやすさには多くの変異が関わっており、一つの病気で数百、数千個に及ぶこともあり、影響を総じて測ることは難しい。遺伝子検査などで把握できることは限られるわけだ。

世界保健機関がまとめた2021年のデータによると、日本人の平均寿命は84.5歳と世界185の国・地域で最も長い。医療や福祉の貢献も明らかだろう。一人ひとりでみれば、生活の見直しなどで変えられることは多い。（尾崎達也）

【関連記事】

・がんに抗う人体の不思議　細胞が「壁」「競合」で防護？
・「疲労大国」日本、ウェルネス旅活況　沖縄で長寿の知恵
・100歳だってYouTuber 2050年、団塊の8%が｢百寿｣に　』