レバノン、モザイク国家の悲劇 統治破綻でヒズボラ台頭
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『2024年9月27日 4:24
イスラエルの空爆を受けたレバノン南部の都市=ロイター
【カイロ=岐部秀光】イスラエルが隣国レバノンのシーア派民兵組織ヒズボラを狙った大規模な空爆に踏み切った。血みどろの内戦を戦った「モザイク国家」は、再び悲惨な戦場に転じつつある。分裂や統治の崩壊を放置した国際社会にも責任の一端がある。
「敵はレバノンの国家と国民と抵抗勢力に圧力をかけている」。ヒズボラの指導者ナスララ師は最近の演説でこんな発言をした。一見すると複雑ないいまわしにみえる。
外国の勢力が国内で通信機器を一斉爆破し、要人を暗殺し、大規模な空爆をしかけてきたとき、国民や財産を守るのはふつう国軍の役割だろう。しかしレバノンでは非国家主体であるヒズボラが正規兵を上回る数の戦闘員を抱え、防衛に名のりをあげている。
どうして非国家主体がこれほどの存在感を示せるのか。その理由はレバノンという小国の独特の性質に関わっている。
新潟県ほどの面積におよそ500万人が暮らすレバノンはスンニ派、シーア派、キリスト教マロン派など公式だけで18の宗派を抱える複雑な国だ。内戦の反省から大統領をキリスト教徒、首相をスンニ派、国会議長をシーア派から選出するなど固定的な権力配分の仕組みを生み出した。
権力の固定は、腐敗と官僚主義をひろげ深刻な統治の機能不全を引き起こした。かつて「中東のスイス」にたとえられた金融システムの安定は、非現実的な高金利で銀行が資本を呼び込む「ネズミ講」に毒され、完全に破綻した。中央銀行総裁の地位にあったリアド・サラメ氏が今月逮捕され、国家ぐるみで進められたとみられる犯罪の一端が明らかになる可能性がある。
ヒズボラは政府に代わり南部やベカー高原で雇用を提供し、教育や福祉支援をおこなって支持を広げた。パレスチナで自治政府に代わり福祉活動を通じて支持を広げたイスラム教スンニ派組織ハマスの姿にも重なる。
ヒズボラは内戦さなかのイスラエルによるレバノン侵攻に対抗する目的でイランの後押しを受け1980年代初めに生まれた組織だ。ヒズボラにくわしい米ワシントン研究所のマシュー・レビット氏は「国家から独立したグループでありながら国家の一部でもあるヒズボラは、両方の長所を兼ね備えている」と指摘する。
閣僚を輩出し国会議席を持つことによる権威を手にしながら、違法な資金の調達もおこない、説明責任の負担を回避し、みずからに都合のいい思想や教育を広げることができる。
伝統的に密接な隣国シリア、旧宗主国のフランス、シーア派のイラン、スンニ派のサウジ、トルコなど外国勢力が介入し、レバノンは、しばしば覇権争いの舞台となった。困難な統治機構の改革を本気で後押ししようとする国はあらわれなかった。
人々のイスラエルへの憎悪は深い。一方でイスラエルを挑発し空爆を呼び込んだヒズボラに対する感情も複雑だろう。おもてだってヒズボラを批判すれば「裏切り者」として報復されかねない。
レバノンの戦線拡大は、宗派対立という封じ込めたはずの中東の古傷を開いてしまうかもしれない。問題を棚上げにし放置したツケが跳ね返る構図はガザの危機とも共通する。
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