トンガ、噴火からの復興 借金膨張と気候変動の二重苦
シドニー支局 今橋瑠璃華
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM1616H0W4A910C2000000/
『2024年9月30日 0:00
2022年のトンガ沖海底噴火と津波が発生してから2年半あまりが経過した。住み慣れた島からの移転を余儀なくされ、人生が一変したケースもある。政府は多額の借金をして復興を進めるが、気候変動による災害のリスクが年々高まっていることもあり、返済負担が重荷になっている。
トンガの首都ヌクアロファから車で20分走ると、等間隔に新しい簡易住宅が20軒ほど並ぶ集落「アタタ・ジュニア」に着く。津波で大きな被害を受けたアタタ島民の移転先として国が整備した。
「新しい暮らしに慣れようとしているけれど、昔の生活が恋しい」。2年間のテント暮らしを経て、7月にようやくここに移り住んだパレフォウ・マアフさん(55)はうつむいた。
噴火にともなう津波がアタタ島へ押し寄せた22年1月15日、衝撃音と恐怖で泣き叫ぶ当時5歳と7歳の孫を抱え、命からがら木によじ登ったことが忘れられない。
パレフォウさんの新しい住まいは家具がなく、寄付された衣類だけが置かれていた
故郷の小さな島では17家族が支え合って暮らしていた。パレフォウさんは結婚を機に島に移り住み、18年間過ごした。食べ物は魚を中心に多くが海の恵みで、モノもお金もあまり必要なかった。家族はいつも一緒だった。
津波で島から移住 家族も分散
津波で島は壊滅して、生活は一変した。アタタ・ジュニアには一部しか電気が通っておらず、パレフォウさんは雨水と太陽光で充電する小型のライトに頼って暮らしている。シングルファザーの息子は生活を支えるため、1年の半分をオーストラリアで過ごし、ミカンの採取で得た収入を家族に送るようになった。
22年にトンガ沖で起きた海底火山「フンガ・トンガ―フンガ・ハアパイ」の噴火では、最大15メートルの津波が起こり、確認されただけで3人が死亡した。火山灰が広い範囲で建物や農地を覆い、人口の85%が何らかの被害を受けた。
カウバカさんは小さな車に6人家族を詰め込んで逃げ、難を逃れた(カノクポル)
首都のあるトンガタプ島にも津波が襲った。北西部ハアタフにある海沿いのホテルは跡形もなく押し流された。近くに住むカウバカ・カイベラタさんは小型車に家族6人を詰め込んで走り、難を逃れた。
カウバカさんはその後自宅に戻って暮らしているが、「地元では(新たな災害を恐れて)外国への移住を考える人が多くなった」と感じる。
船を修理 漁獲量減少にも悩む
トンガは経済が脆弱な国だ。気候変動などの影響が目立ち始めたところで、2年前の噴火と津波が発生した。国内唯一のマグロ漁業会社パシフィック・サンライズ・フィッシングでは津波で6隻のうち4隻の漁船が損傷した。
同社オーナーのエディ・パルさんは「漁業は自然災害のリスクが高いと言って、銀行が融資を渋るようになった」と話す。今回の被災に加え、気候変動の影響でサイクロンが頻発していることも影響しているという。「保険料も高くなっている。2年分払えば船の値段の半分くらいになるので、保険をかけるのは難しい」とこぼす。
漁獲量の減少や自然災害リスクもマグロ漁業会社の頭痛の種だ(ヌクアロファ)
漁獲量の減少も頭痛の種だ。気候変動が一因とみられ、この10年で半減した。燃料費や船員給与といったコストが上がっているのも、業績を圧迫する。
同社では、壊れた4隻のうち部品の交換で何とか2隻が再び操業できるようになった。「制御できないことは多いけれど、漁師らしく踏ん張って前を向くしかない。来年は今年より良くなるってね」。エディさんはそうほほ笑む。
相次ぐ災害を受けて、トンガの対外債務は膨らんだ。世界銀行によると、22年の対外債務は約2億1000万ドルと06年の2.3倍に増え、国内総生産(GDP)の5割に達した。23年時点の公的債務のうち災害復興向けが40%、災害対策が7%になっている。
高まる中国の存在感「返済負担重い」
南太平洋で米中の覇権争いが強まる中、経済支援をてこに島しょ国に接近しているのが中国だ。トンガでも、中国政府系の中国輸出入銀行が対外債務の6割を占める最大の債権者になった。06年に国内で起きた暴動で損害を受けた首都再建のため、中国に頼ったのがきっかけだった。財政が悪化したため返済開始を2度先延ばししてもらったが、今年からいよいよ返済が始まる。
首都ヌクアロファでは「中国援助」の看板が目につく
トンガは8月、太平洋島しょ国を中心に1000人超が参加する国際会議を主催した。その会場施設には「China Aid(中国援助)」の文字が掲げられている。宿泊施設の不足を補うために用意したプレハブ小屋の資材も中国から輸入した。ほかにも首都ヌクアロファを歩けば中国が関わる施設があちこちでみられる。
トンガ政府のエコノミスト、ビヌラ・セネヴィラトネ氏は「中国の台頭で(経済支援の)選択肢が増えた」と歓迎する。一方で「返済負担が重いため、これ以上の借金を抱えることはできない」と借り入れをさらに増やすことには否定的だ。
フアカバメイリク首相は日本経済新聞の取材に対して「災害などを乗り越えるためにお金を借りて復興したと思ったら、また新たな災害が起こる悪循環に陥っている」と嘆いた。気候変動による災害リスクの増大が将来の展望に暗い影を落としている。
』