バイデン氏、自滅の90分で遠心力 記者が語る米大統領選

バイデン氏、自滅の90分で遠心力 記者が語る米大統領選
再戦2つの米国 消去法の選択 番外編
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN260GD0W4A620C2000000/

『2024年7月4日 5:00

声はかすれ、言葉に詰まり、目線が定まらない――。11月の米大統領選に向けた6月27日のテレビ討論会では、民主党のバイデン大統領の弱点である高齢不安が改めて浮き彫りになった。共和党のトランプ前大統領との選挙戦の行方はどうなるのか。米大統領選を取材する4人の記者に展望を聞いた。

「弱いリーダー」印象づけ

司会 今回の討論会をどう評価するか。

大越匡洋・ワシントン支局長 バイデン氏が1人で戦い、1人で…

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『大越匡洋・ワシントン支局長 バイデン氏が1人で戦い、1人で負けた。序盤に言葉に詰まり、「我々はついにメディケア(高齢者向け公的医療保険)を破壊する」と言い間違えた時点で敗北が決まった。今回の討論会は高齢不安がつきまとうバイデン氏が「強さ」を示さなければいけない場だったからだ。

一方、噓の交じった放談を続けるトランプ氏のスタイルは良くも悪くもいつも通りだった。相手候補が話すときにマイクの音声を切るというルールにも助けられ、秩序だって振る舞っているような印象を残した。

坂口幸裕記者 バイデン氏の自滅で結果的にトランプ氏が勝利した。虚偽を連発したトランプ氏が討論会後に「ジョー(・バイデン)のパフォーマンスの悪さばかりが目立ち、私の出来はあまり話題にならなかった」と漏らしたが、勝負どころとなるテレビ討論の怖さを実感した。

透明な板に文字を映し出すプロンプターを使う演説とは違い、メモを持ち込むのを禁じた討論会で「弱いリーダー」を印象づけた。ウクライナと中東で2つの戦争に関与する米国と足並みをそろえてきた同盟・有志国も不安を覚えたのではないか。

討論会でのバイデン氏の表情=ロイター

司会 トランプ氏が勝者ということか。

飛田臨太郎記者 端的にいうと敗者はいるが勝者はいないという印象だ。

バイデン氏は序盤の10分が衝撃的にひどかった。どこを見ているのか定かでなく、ろれつも回っていない感じがした。

米メディアは記者がネットのサイトに状況を逐次書き込んでいく「タイムライン」を配信している。最初の10分はCNNテレビ、FOXニュースなど複数のメディアで書き込みがなかった。あまりの驚きに筆がとまったのではないかと推測する。

一方、バイデン氏がこれだけ失敗したにもかかわらず、討論会後のトランプ氏の支持率は伸びなかったのもびっくりした。その意味ではトランプ氏も勝利していない。

トランプ嫌いは深い。バイデン氏がだめならトランプ氏にと簡単に割り切れる有権者は少ないのだろう。

芦塚智子記者 討論会後に両陣営の関係者が記者の質問に答え、候補の出来などについてメディアの認識を「スピン(誘導)」する「スピン・ルーム」を取材した。

トランプ陣営は終了直後から続々と側近や副大統領候補に名前が上がる面々が現れ、意気揚々と個別の取材に応じたのと対照的に、バイデン陣営はなかなか出てこなかった。

出てきた後も記者会見方式で個別の取材は受けず、懸命にバイデン氏を擁護していたがメディアからは「質問にも答えないのか」「こんな時こそきちんと対応すべきでは」と不満の声が上がっていた。バイデン陣営のうろたえぶりが浮き彫りになっているように感じた。

カメラ映りの差が選挙戦の流れを変えたとされる1960年のニクソン対ケネディの討論会のように、歴史に残る討論会になると思った。

「バイデン隠し」はご破算

司会 バイデン氏の衰弱ぶりは衝撃的で、尾を引きそうだ。

坂口記者 バイデン陣営は討論会中に風邪だと釈明したが、体調管理を含めて大一番で失敗した。上院議員や副大統領時代を含め50年近い政治経歴があるバイデン氏は数多くの討論会をこなしてきた。

それでも首都ワシントン郊外の大統領山荘「キャンプデービッド」に1週間こもって練習した今回の結果で世界最強の米軍の最高司令官としての資質、認知力に疑問符を突きつけられてもしかたない。

大越支局長 老いが目立つ展開を事前に予想はしていたものの、想定の範囲の中で最低の出来栄えだった。バイデン氏は台本なしの質疑が続く記者会見をめったに開かず、報道機関のインタビューを受けることも少ない。バイデン陣営はいわば「バイデン隠し」によって失点を防ぐことを戦略の柱としてきたが、今回、すべてご破算になった。

バイデン大統領(左から2人目)とジル夫人=AP

芦塚記者 討論会後に話を聞いた有権者は「バイデン氏は2020年の大統領選で後継者を育てると言っていたはずではなかったか」と憤っていた。バイデン氏を支持するつもりだったが、討論会での姿を見て「これは支持できない」と感じ「どうしたらいいのか」とため息をついていた。

ただ、多くの有権者は討論会をライブで見るわけではなく、その後の報道やソーシャルメディアが主な情報源だ。

討論会を見なかった米国人の友人は「そんなにひどかったの?大統領選までまだ何カ月もあるし、何が起きるか分からない」という反応だった。

メディアの報道と、一般有権者の受け止め方には温度差があるのかもしれない。

飛田記者 4年間再び、大統領を務める体力・知力はないと感じた米有権者は多い。

それでも万が一の時に期待の持てる副大統領であれば、バイデン氏に投じても良いかと思う人はいるのだろうが、ハリス氏はバイデン氏よりも人気がない。ここにきて改めてハリス氏の弱さに焦点があたっている。

トランプ氏に「ずる賢さ」

司会 トランプ大統領の可能性は高まったのか。

飛田記者 トランプ氏はやはり「ずる賢いな」と感じた90分間だった。2020年の討論会は相手の発言中に誹謗(ひぼう)中傷し、米メディアから「切れやすい不安定な人物という印象を視聴者に与えた」と評価された。選挙戦終盤で不利に働いたとも言われる。

今回はマイクが消音になるという「追い風」もあったが、少なくともテレビ画面上からはバイデン氏の発言中にやじをとばしているそぶりは見えなかった。二人の距離は近く、やじを飛ばして相手を怒らせるという手法もあったはずだが、採用しなかった。

討論会直前に「討論は何よりも態度だと思う」と語り、スタイルを変化させる兆しは見せていた。

明らかに真実と異なる発言を連発するのはいつも通りだったが、今回のトランプ陣営は戦略を練り、トランプ氏をうまく演出したと感じる。巧妙さが増す選挙戦略に、米有権者はどう答えるのか。世界の民主主義の未来を占うと思う。

坂口記者 米メディアによるとトランプ氏は討論中に30以上の虚偽の主張をした。

「民主党が多数派を握る複数の州で出生後の赤ん坊の処刑を認めている」「(在任中はイランによる)テロ組織への資金支援はなかった」などと語ったが、いずれも事実と異なる。

それでも自信たっぷりに語る表情や口調、しぐさなどはバイデン氏と3歳しか違わない78歳のトランプが実際の年齢以上の若々しさを演出できた。バイデン氏との対比が際立った。

トランプ氏は討論会で余裕の表情を見せた=ロイター

大越支局長 権力の座に返り咲いたときに「報復」すると誓っていることについて「私の報復はこの国を再び成功させることだ」と話し、どんな選挙結果でも受け入れるかと聞かれて「公正なら」と条件をつけた。バイデン陣営から「民主主義の脅威」「独裁者」と指弾されるトランプ氏の本質は何も変わっていなかった。

「我々は落ち目だ」と断言し、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席らの名前を挙げて、バイデン氏に対して「彼らに尊敬もされていないし、恐れられてもいない」と語った。

この「米国は衰退している」という世界観がまさにトランプ氏とその支持者に共通している認識だろう。大統領選の勝敗を決める無党派層に向けた政策をもっとアピールするかと思っていたが、そうでもなかった。

芦塚記者 保守系メディアが、討論会を主催したCNNテレビの司会者について「公平でよかった」と評していた。事前にはリベラル寄りとされるCNNが、討論会をバイデン氏に有利に運ぼうとするのではないか、といった疑念が保守派の間にあった。

ただ、明らかに虚偽や誇張と思われるトランプ氏の発言をただしたり、事実と照らし合わせて訂正したりしなかったCNNに批判の声もある。

バイデン氏の発言を遮ったりしなかったことが評価されているが、ルールを守るのは本来は当たり前のことだ。それでも視聴者に与える印象が重要なテレビ討論会で、20年の大統領選に比べるときちんと振る舞い、堂々とした態度をみせたトランプ氏の勝ちだったのは間違いない。

民主党には厳しい道のり

司会 これから4カ月、何が勝敗を分けるのか。

大越支局長 バイデン陣営が最も嫌がる展開は、大統領選の争点がバイデン氏の是非に集中する「バイデン氏に対する国民投票」になってしまうことだった。

高齢不安を拭えなかったどころか増幅した結果になってしまい、民主党を支持してきたリベラル層の間では大統領候補の差し替え論が公然と議論されるなど動揺が続いている。

バイデン氏が投票日を81歳で迎える前人未踏の高齢であることははじめから分かっていた話だ。

民主党は投票日の4カ月前になって「不都合な真実」を直視せざるをえなくなった。

民主党がこの混乱を乗り越えてなんとか「バイデン再選」へ結束を保ったとしても、6、7の激戦州の有権者がどう判断するかが勝敗を分ける。

坂口記者 酷評された討論会を受け、民主党は候補者の差し替え論も浮上するほど動揺している。

バイデン陣営は「1回の討論で3年半の大統領としての実績を評価すべきでない」と反論するが、9月10日に予定する2回目の討論会で巻き返せる保証はない。

かねて高齢不安や中東政策を巡って一枚岩になりきれていなかった民主支持層のきしみをどう修復し、足元を固めたうえで離反が指摘される若年層ら無党派層を取り込んでいくのか。

トランプ氏も課題である無党派に浸透し切れていない状況は変わっていない。

バイデン氏の「代替候補」の一人としてハリス副大統領の名前が挙がる=AP

芦塚記者 民主党支持の有権者の1人は討論会後、「バイデン氏の代替候補を立てても、選挙戦を一からやり直さなければならなくなる。どの道を選んでも民主党には厳しい」と悲観的だった。

連邦最高裁が1日にトランプ氏に刑事訴追からの免責を一部認める判断を下したことで、民主党は「これでトランプが大統領に返り咲いた場合の権力の歯止めがなくなった」と有権者の不安をあおる戦略に出た。

2022年の中間選挙では、中絶の権利を否定した最高裁の判決で民主党に追い風が吹いた。
中絶問題は、判決から2年が過ぎたいまも女性有権者を中心に関心が高い。バイデン陣営はこうした問題で有権者をどこまで動員できるかがカギになるのではないか。

飛田記者 候補者の差し替えはもちろん、争点を変えることができるような出来事が内外でおこりえないのか。残り4カ月、されど4カ月で、それなりに時間はある。

なぜこの二択なのか

司会 大統領選挙に何を期待するか。

芦塚記者 米国籍を持つ15歳の娘に尋ねたところ「若い候補者に立候補してほしい」と即答した。

両氏、両党とも、次世代の指導者を育てる努力を真剣にすべきだ。ある識者は「有権者が本当に熱狂した候補はオバマ元大統領が最後だった」と指摘していた。

両陣営とも互いの発言の揚げ足を取ったり、政策の極端な部分だけを取り上げて攻撃したりしている。

選挙戦では新しいことではないが、二極化したメディアやソーシャルメディアで増幅され、互いに聞く耳を持たない対立を生んでいる。

大半の有権者はうんざりしている。米国の分断をこれ以上深める選挙戦にはなってほしくない。人々に希望を与える前向きなビジョンを示してほしい。

坂口記者 世界最強の軍事力と経済力を持つ米国のリーダーが国際社会の安定にどのような国家像を描くのか。

7月下旬に予定する副大統領候補の討論会などの機会もとらえて「消去法」の選択でない選挙戦を展開してほしい。

潜在的な敵対国である中国、ロシア、北朝鮮、イランにどう対峙し、緊迫する中東情勢をいかに安定させていくのか。

バイデン氏もトランプ氏もそうした処方箋を示しながら争点を明確にしていく責務がある。このままでは互いを「米国の脅威だ」と罵り合うだけの選挙戦になりかねない。

討論会を見守るトランプ氏の支持者=AP

飛田記者 選挙戦・選挙結果はもちろん大事だが、選挙後も重要な局面を迎える。

これだけ分断が進んでしまった米国で、どちらが勝者になっても遺恨が残る可能性がある。2020年の大統領選挙後には連邦議会議事堂の襲撃事件が起きた。

国際情勢は4年前と比べようがないぐらい悪化した。中国、ロシア、北朝鮮、イランは選挙後に米国が混乱するか否かにも注目しているだろう。

「ノーサイド」とは簡単にはいかないだろうが、米国の底力に期待したい。

大越支局長 トランプ氏は嫌だが、バイデン氏もみたくないという「ダブルヘイター」が全体の4分の1を占める異例の大統領選だ。

米国人の友人たちと話していても、これだけ優秀な人材が集まる国で、なぜよりによって80歳前後の白人男性の再選をみなければいけないのか、といううんざりした声を聞くことが多い。

大統領選に期待するよりも、非難と中傷に終始する政治に嫌気し、投票にいかないことを選ぶ人が増えやしないかと懸念を抱いている。それこそ米国の民主主義の危機だろう。

米国の混乱はそのまま中ロなど権威主義国家にとってのチャンスになる。少しでも民主主義の復元力を示す選挙になってほしい。

【再戦2つの米国 消去法の選択】

㊤バイデン氏、若者支持が半減 「86歳の大統領」に不安
㊥トランプ氏、勝利へ「変心」 過激さ封印し無党派に接近
㊦第3の候補、米大統領選かく乱 若者「批判票」の受け皿に

【候補者の横顔】

㊤バイデン氏、妻の「大人になれ」に奮起 経歴50年の自負
㊥トランプ氏、名門大出身の不動産王 民主党所属の過去も
㊦米大統領選「第3の候補」乱立 名門出身・リバタリアン…

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上野泰也
みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト
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ひとこと解説 米大統領選の現場を取材している記者が抱いた印象など、記事の形でふだんはなかなか伝わってこない話が盛り込まれており、興味深い内容である。

事態を急変させた6月27日のテレビ討論会を視聴して「バイデン氏が1人で戦い、1人で負けた」と同様に感じたのは、筆者だけではあるまい。

その意味で「敗者はいるが勝者はいない」。失言などを防ぐために記者会見を減らすなど「バイデン隠し」をしてきた陣営の戦略が、大事な場で裏目に出たという見方には説得力がある。

一方で、討論会を見なかった一般有権者の意識はあまり変わっていないようだというエピソードがあり、世論調査でバイデン氏の支持率がさほど落ちていないことの謎解きになり得る。

2024年7月4日 7:18いいね
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