昨日のCNNのプレジデンシャル・ディベートを副音声無しでライヴ視聴させてもらった。
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『昨日のCNNのプレジデンシャル・ディベートを副音声無しでライヴ視聴させてもらった。
トランプはプー之介と三代目の名前は挙げられたが熊プーの名前が思い出せなかったのじゃないかと私には聞こえたが、聞き違えだろうか。
バイデンは「バイザウェイ」を使いすぎる。またあの聴き取りにくい老人性のボソボソ声は、90分も集中しているとさすがにうんざりした。ダブル司会の滑舌が抜群だったゆえ、トランプの口八丁とのあまりな落差が厭でもきわだって全米の視聴者には印象されたのではないか。
クラウゼヴィッツは『戦争論』の中で、どうして人の戦いが完全勝利のはるか手前で妥協的に終了するのかを考え続けた。
今年の米大統領選挙戦を見ていると、人は後からふりかえって「あそこまででで止めときゃよかった」と思える「栄光の途中駅」では、絶対に事業から降りられはしないのだと痛感させられる。
一方のリーダーを神輿にかついでいる取り巻きたちの「マシーン」を、途中で一から組み直すことが、エネルギー効率上、不可能だからだ。
人間集団の「マシーン」は、リーダーが壊れるところまで行って壊れるしかないのであろう。』